第十五話 クロのところへ

「そうか。別にええで」

 あっけらかんと男は言い放った。

 拍子抜けな気もするが、おそらくこの男とって想定された未来の一つなのだろう。


「お前ら、銃を下げぇ。ワシから契約書出すわ」

「契約書?」

 男の指示と共に二人の男も銃を下げる。それと同じタイミングで目の前に一つのウィンドウが現れる。


 契約書と上部に記載されたそれは現実と同じようにつらつらと内容が記載されている。

 所持している陣地をジャック――この男たちに全て渡す。その後、二十四時間この陣地には手を出さない……。他は……。

 長い。異常なまでに長い契約書になっている。追い詰められている状況だと考えると読み切ることは出来ないだろうな。この男、こうなることまで読んでいたのか――?


 いや違う。


 契約書の文章をスワイプで流して、内容を確認してみたが、これを考えたのはこの男ではない。クロの「アカウント削除事件の犯人への宣戦布告」と「陣地獲りゲーム」の二つを事前に知っておかないとここまでの手際を発揮することはできないはずだ。


 ゆっくり考えている時間はない。が、念のために契約書の最後に一文を加えて、男に返す。


「これでいいか?」

 男の手元に契約書が出現する。男は契約書の内容を確認せずに、サインをした。


「それじゃ、クロはんのところまで案内したるわ。と、その前に」

 男はショルダーホルスターに入れていたグロックに似た銃の銃口を、後ろに向けて発砲した。カンと甲高い音が聞えたかと思うと、「ぐわっ」と断末魔の声が飛んできた。


 跳弾だ。それも全く見ずに仕留めた。このゲームに費やした時間が多いが故か、それとも現実で実際に人に向かって撃ったことがあるか、どっちだろうか。


「ワイの名前はジャックや。そこのエーケー持ちがだんご」

「どうも」

「スカー持ちがディーや」

「……よろしく」

 それぞれが銃口を空に向き直して、挨拶をする。


 服装からしてまるで特殊部隊さながら男達だ。だが、動きは素人臭い。こういうものが好きなコスプレイヤーと言ったところ。少なくともジャックほどの洗練されていない。


「俺の名前はギンヤだ。クロに宣戦布告のことについて聞きたくてここに来た」


 ジャックはグロックを再びホルスターの中に戻し、肩に掛けていたこのゲームのオリジナルデザインらしい近未来的な自動小銃を構える。


「へぇ、っていうことは……あんさんがアカウント削除事件の犯人……を追う奴か?」

「それは……から聞いていたのか?」

「まぁな。クロはんはだいぶ先まで分かってるっぽかったわ。このタイミングでこのゲームを始めるのは、犯人と野次馬……それと犯人を追いかける者やって言っとった。あんさんは警察の関係者か?」

「まぁ、そんなところだ」


 色々と繋がる。

 クロはこの状況を読んでいた。つまり、“勝てるから”宣戦布告をしたということか。


「ところジャック。クロから透明な蝶について何か聞いてたりしないか?」

「……なんやそれ。相手はそういうチートを使ってくるっちゅーことか?」


 透明な蝶を知らない? だが、犯人はここに来ることが分かっている?

 よく考えれば宣戦布告の時もそうだ。相手が人があることに確信を持っていた。俺はてっきり、透明な蝶はそういう性質があるんだと思っていたが……。


 ――もしかして、透明な蝶は、人がコントロールしている……?


 ジャックはポケットに入れていた替えのマガジンを入れながら、安全装置らしきものを外していた。

「さて、籠城戦やな。確か二十四時間経過しないと、クロはんが用意したゲームは終了しいひんはずや。ここは狙撃されへんとも限らんから、俺らのアジトに行くで。別にクロはんに会うのは後でもええやろ?」

「だめだ」


 ジャックが俺を睨みつけた。


「なんやて? どういうことや?」

「もしかしたら、犯人はこの世界じゃ止めらない可能性がある」

 透明な蝶がどういう存在か分からない。もしかすると、俺がまだ視ていない能力を持っているかもしれない。


「いたぞ!」

 と、声がすると同時に、続く銃声。ジャックの持っていた自動小銃から白煙が上がっている。


「チッ、見つかったな。相手がチート使ってくるくらいでクロはんは負けへんと思うんやけどな……敵はどういうやつなんや?」

「……犯人はこのゲーム外の未知の手段でアカウントを消している」

「それを証明できるもんは?」

というのが証拠だ。DLSで何かをした

「ホンマか?」

「ああ。目の前で男が消えるのを見たことがある。そいつはサーバー記録に残らないどころか、今までそこにいたという記録も消えていた」


 ジャックは考えことをしている。その最中にハッカーの声が届く。

『あなたの声だけ聞いてたけど、私も参加していいかしら?』

「ジャック、俺の知り合いともボイスを繋げてもらっていいか?」

「……ええで」


 メニューを開き、ハッカーとのボイスチャットにジャック、だんご、ディーの順に参加通知を送る。

「参加したで」


『どうも。私はハッカー。詳しい身分は明かすつもりはないけど、DLSの社員よ。で、そいつは探偵。私がアカウント削除事件の依頼をした探偵よ』


 ジャックは俺の顔を伺うように見つけてから、手を動かす。

 ジャックの手信号を見ただんごとディーが、小さく頷くと銃を構えたままビルの上から飛び降りていった。


「もしかしたら聞いてたかもんしれんが、ワイはジャックや。で、アカウント削除事件の情報が少ない理由は、この男ンの言った通りか?」

『そうよ被害者の記録が残らない。データに残らないから警察も調べが進んでないの……』

「……クロはんが予想してた通りっちゅーことか……」


 ビルの下から銃撃音が響く。


「……はぁー……。知り合いが何人もアカウント消されてん。何人もキレとったわ。……別にレアなアイテムが惜しいわけやない。ただ、あいつらと一緒にバカやった思い出が消されるのが辛抱たまらんかった」


 目の前に拳銃が一丁現れる。昔の警察官が使っていた回転式拳銃のニューナンブに見える。

「それ、護身用に持っとけ。引き金引くだけで撃てるはずや。つっても、使う機会なんてあらへんやろうけどな」


 ニューナンブを手に取る。警察学校時代の練習を思い出す。フレームからシリンダーを横に振り倒して弾丸の装填を確認。きっちりと六発入っている。シリンダーをフレームに戻し、ポケットの中に入れる。


「おい、お前ら。分かってるやろうけど、これからクロはんのところに行くで」

『了解』

「このおっさんとハッカーちゃんは信用できるわけやない。ホントはワイらの虎の尾踏みつけた犯人かも知れん……けど、クロはんと会わせれば何か分かるかもしれん。だから、連れていくで」


 ビルの下から聞こえていた銃声が止む。『クリア』と男の声が通話越しに聞こえてきた。


「それじゃ行くで、ギンヤ。紹介したるわ、ワイらの親友のことを」

 ジャックはビルから飛び降りた。

 俺もその後を追って、ビルの手擦りを飛び越える。

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