第十四話 王の逃亡 

『え? どういうこと……?』

 通話越しのハッカーの声が動揺を伺わせる。

「あの黒猫だ。俺にこの陣地を”渡しやがった”!」

 パラメーターの陣地の広さを確認する。……三十万平方キロメートル。なんて広さ……! 下手な国の領土面積と同じだ。


 メニュー内の項目を素早くスクロールさせて見つける。

「やっぱりだ」

 陣地の譲渡履歴に残った名前。その名前は”黒”。

 間違いない。あの黒猫は、アカウント削除事件の犯人に宣戦布告をした

「――クロだ。クロが俺に陣地を渡した」

「どうして!?」


 どうしてそんなことしたのか。善意な訳がない。くそ、考える時間もない。

 周囲から聞こえていた十数人程度だった足音の数が、もう数えられなくなっている。


「ハッカー! 俺の譲渡履歴からクロのアカウントは割り出せるか?」

『……難しいわね。ゲーム内の交換履歴を管理しているのがDLSじゃないし……』

「そうか。なら結局直接クロに会うしかないな」


 ガン、と鉄の棒が空中を舞った。この建物の柵だ。その両端が抉れたような跡がある。

「くそ、まずいな。近くに来てる」

『そのまま南東にある巨大な建造物が見える?』

 視界に映るコンパスを見て、南東の方角を見やった。

 ある。他の建物と比較しても一段と巨大な前面ガラス張りの建物が見えた。


『いつもならクロはここにいるらしいわ。ここで合流しましょう。運がよければクロに接触できるかもしれないわ!』

「助かる、ハッカー!」

「いたぞ! ここにキングだぁ!」


 ちょうどのその方向に男が顔を出した。どうやら、の参加者のようだ。

 力の限り駆ける。そして、その顔に力いっぱいに靴を押し付ける。

「悪いなッ!」

「うがっ!?」

 その男の顔面を踏みつけて宙を翔ける。


 やや下降し始めるくらいで隣の建物の手擦りをギリギリ掴んで、すぐさま上る。後ろから続くガラスの割れる音や、重量のある物が落ちる音は何があったのかを容易に想像させた。

「……夢でよかった」

 現実なら間違いなく傷害罪で現行犯逮捕だ。

 とはいえ、続く複数の怒号で、彼らがいまだ健在であることを教えてくる。


 手擦りに足を掛け、次の建物に向かって足に力を込めるだけでビルを簡単に飛び越えられる。夢の中とは言え、現実では出来るはずもない運動を繰り返すと高揚感が生まれているのが分かる。

 着地してからほんの数歩で体勢を立て直し、次の建物に向かって駆け出すことも三度もやれば慣れてくる。


『次は左の建物から周囲をぐるりと回るようにいけば人が少ないわ』

 ハッカーの指示通り、左の建物に向かって飛び出す。

『次は……いったん右の建物に移って』

「了解」

 ほんの少しずつ頭の中で情報を整理する。ここは陣地を手に入れて王様になるゲームだ。そこで初心者に陣地を渡し……あのクロが何をしようとしていたか。


 建物の窓枠に足を掛けるとメキリと嫌な音を立てた。心がざわついたが、声に出そうになるのを押し殺して、そのまま建物の壁を登る。

『そのまま聞いてて。状況が分かってきたわ』

「ああ」

 どうやらハッカーの方で何かを掴んだらしい。


「待ちや! そこの男!」


 次の建物の屋上に先回りをされていた。男が三人。それぞれ近代的な自動小銃を持っている。その銃口は間違いなく俺に向いている。後ろからは変わらず足音が聞こえている。慣れたプレイヤーに”視える”。この分だと、身体能力が上がった初心者プレイヤーおれなんかは簡単に狩られてしまいそうだ。


 真ん中の男が二人の男をかき分けるように現れる。

「大人しく俺らに陣地渡せや。そなら、痛い目を見なくて済むで」

 ハッカー、そのまま続けてくれ。そう小声で言う。

 両手を掲げて男に近づく。なんだこいつら?

 安全装置を掛けていない自動小銃を向けていながら、発射していない。撃つ気がない。


 ――こいつらは交渉しに来ている。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺はまだここに来たばかりで、このゲームのことを何も知らないんだ!」

 自分で言うのもなんだが、三流の役者より酷い演技になった。まずは交渉の余地があるか確認だ。

「そっか……。新米プレイヤーやったか……」

 真ん中のリーダーだったらしい男は自動小銃を下げる。どうやら、俺の演技に付き合ってくれるらしい。銃口が二つ俺に向いたままであるのがその理由だ。


『探偵さん。今、このゲームでは王獲りゲームを開催しているらしいわ。あの“クロ”が主催みたいね』

「初心者ゆーても、このゲームは陣地を取り合うゲームであることぐらいとーぜん知っとるよな? このゲームはな、陣地持っとるやつを殺せば、陣地は確かに手に入る。ただそれやと手に入る陣地って雀の涙なんや。ま、それでもクロはんの陣地の広さを考えるなら十分なんやけど」

 ハッカーの声の後に、男の声が続く。状況からある程度推察していたが、やはりあの宣戦布告は血が上って突発的に行ったものではないらしい。


『あの宣戦布告の後に王獲りゲームはスタートさせていたみたい。ルールは“ゲーム内の誰かに自分の全陣地を渡す。そいつを自由に狩って陣地を手にしろ。時間制限は今日の夜中の〇時までとする”って出てきたわ』

「だからこのゲームは、基本的に他プレイヤーと交渉して陣地を手に入れるのが一番楽な手段やねん。交渉材料になる資源を自分の陣地で確保して、それを担保にさらに他のプレイヤーから陣地をもらう。なんか感じや」


 こいつらの狙いは――俺の陣地。


「さて、キングはん。それでどないする? 俺らに陣地を全部開け渡すか。それとも、ここで殺されて他の奴らに復活リスポーンキルされるか」


 真ん中の男も手慣れた様子で自動小銃を構える。じっくり考える時間はないだろう。追いついてきたこの王狩りゲームの参加者が一人でもとびこんでくれば、俺は蜂の巣だ。

 だから、今提案するべき選択肢はこれだ。


「……陣地をやる」

「おお、物分りええやん。まぁ、お互いに得になる方言うたら、そっちが……」

「ただし、条件がある。俺をクロのところに

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