第十三話 ネコの姿をした人
ガッ、ゴンッ。
そんな擬音が聞こえてきそうな鈍い痛みが後頭部を襲う。そして、ビニール袋が激しく擦れ合う音を聞きながら、ようやく地面に不時着した。
「――あー……くっせぇ……」
生きている。
全身にズキズキとした痛みが走る。本当にここは夢の中なのか? 流石、年齢制限のあるゲームだと言わざるを得ないな。
「チュートリアルくらいしっかり作っておけよ……っと」
反転している世界をどうにか正常に戻し、二本の足で立ち上がった。
鼻がツンとする。辺りから腐ったゴミの臭いがしている。
「……俺のせいか」
俺が今いるのは小汚い店と店の間にある隙間。ゴミ袋の山でいっぱいになった場所だった。そのゴミ袋の中身を俺がぶちまけている。
どうしてこんな要素をゲームの中に作ってるんだ?
「おい。ハッカー?」
体に着いたゴミを手で払いながら周囲に向かって声を上げてみるが返事がない。先に到着していると思っていたが、ランダムな場所からスタートらしい。
「ハッカーと合流か、それとも先に”クロ”ってやつのところに行くか、どっちかだが……」
ハッカーがいればクロに会ったときに、現実で会うのが容易になる。が、クロがそもそも”消されてしまえば”元も子もない。
であれば、まずはクロの身柄の確保を優先するべきだな。
ハッカーに向けて、電夢メールを送信しようと、手元でウインドウを開こうとしたその時だった。
「やぁ、はじめまして!」
手を止めて、声がした場所に視線を向けるとそこには一匹の黒猫がいた。飲食店の空調機の上にちょこんと乗っている。
「お前は?」
「ボクはチュートリアル用NPCのヘイだよ! 厳つい君は、『ハロー・ワールド・オンライン』は初めてでしょ?」
随分語気が強いキャラクターだ。
「ああ。初めてだ」
「それじゃ、チュートリアルを開始するね」
場所は、変えないのか。
「陣地についての説明を受けたと思うから、その使い方を説明するね! まずは君に陣地を与えよう!」
黒猫が淀みなく話す。まるで最初からそう設定されているかのように。
ピコンとゲーム内の効果音がなると同時に目の前に半透明のウインドウが出現する。ウインドウには「陣地を受け取りますか?」とある。俺は「はい」と入力してある方を指で指定する。
それと同時にゲーム内のアナウンスが頭に響く。「陣地を入手しました」とのことだ。
「試しにここの周辺を『ゴミ』をなくしてみよう!」
陣地メニューと書かれている場所に指を向け、それからこの場所を選択する。そして、出来ることの中から、「ゴミを掃除する」を見つける。指を軽く動かして選ぶと、周囲から山のように積まれたゴミと、さっきまで嫌というほどあった臭いがなくなった。
「これは……すげぇな。現実世界にも欲しい機能だ」
壁の黒ずみまで綺麗さっぱりなくなっている。
「他にも自分好みの建物を作ることも出来るからやってみるといいよ! それじゃ、次は自分自身に対してルールを適用してみよう!」
陣地メニューの中にそれらしい項目を見つける。
「これか? ”陣地内”なら身体能力向上」
「このゲームは相手を殺す事で、相手の陣地を手に入れることが出来るんだ。だからすぐに殺されないために、自分の能力を引き上げておくことをおすすめするよ。ちなみに、他のプレイヤーとチームを組めば、条件を満たす限りチームみんな身体能力を上げることもできるよ」
つまり、陣地の取り合いが発生したときに、攻められる側が不利になってしまわないようにする機能か。
「他にもこの陣地内のルールを決めることができるよ! 陣地内に入場した他のプレイヤーに強制的にお金を支払わせたりね。具体的には『陣地で出来ること』をチェックだ!」
項目を探すと、その中に「陣地の出来ること」の一覧を見つける。カテゴリー単位で分けられており、項目の数もかなり多い。どうやら立ち振る舞いまで自由にルールを設定できるようだ。
「既に設定してある設定は一定期間解除できないから気をつけてね! それじゃ自分だけの理想の
陣地を作り、そこにルールを設定する。自分を有利にしたり、相手に何かを強いることすらできる。
このゲームはいわゆるステレオタイプな王様になれるゲームということだ。相手よりも優位に立ちたい人間は多い。それはそれは人気が出るだろう。
「ところで……目的を聞いてもいいか?」
「いいよ! このゲームの目的はね!」
「違う。お前の目的だ」
見た物を理解出来る眼が訴えかける。こいつは
見た目は黒いイエネコの姿だが、動きがどうもプログラムされたものじゃない。口調もできるだけ機械的にしているが、振りをしているだけ。
黒猫は瞳を大きくした。だが、すぐに機械的な声ではない、少年のような声を出す。
「へぇ……。見た感じこのゲーム初心者っぽかったけど、おっさん、よく気づいたな」
雰囲気が変わる。寒気がするほど鋭さを持った眼孔を向けられる。さっきまでの人を食ったような態度じゃない。強烈な意志を感じる眼だ。
「でも、遅かったね。おじさん。もう僕の目的は終わったんだ」
「……どういうことだ?」
黒猫の背後から光の球が上がる。それはしばらく空中でパンと乾いた音を鳴らす。
「なんだ――?」
間髪入れずに、黒猫がぴょんと空調機から飛び降りて、一目散に路地の闇の中に消えていく。
「おい! 待ちやがれ! どういうことだ!」
俺の言葉よりも大きな声が、すぐさま続いた。
「ここにいたぞ!」
声から続く足音から嫌な予感がする。一瞬だけ視線をくれてやると、何人ものプレイヤーが俺に向かって走っているのが見えた。
彼らが手に持っているものは武器だ。拳銃に自動小銃。薙刀にパチンコ。
それらを持った男や女、それに化け物のようなアバターにしたプレイヤーが俺のことを追いかけてきている。
地面を蹴っ飛ばし、黒猫が向かっていった方向に俺も向かう。
そんな時、画面の右下にボイスチャットの着信が入る。近くにあったゴミ箱を蹴っ飛ばして最低限の障害物を作りつつ、応答する。
「ちょっと、あなた一体何をしたの!?」
「こっちが聞きたい!」
くそ、猫の足跡が残っている方向から足音がする。
道を変えざるを得ない。足音の少ない方へ曲がっていく。だが、このままだと間違いなく、追いつかれる。
路地の先で影がちらりと揺らいだのを見て、近くの建物の一階の窓に足を掛けて力の限り跳躍した。
ふわりと体が大きく浮かぶ。体が軽いというよりも、身体を動かしたあとの結果が現実と違う。
――身体能力向上の効果か!
現実でもしたことがないパルクールもどきで、二階、三階、四階とそれぞれ掴めそうな場所に手を伸ばし、掴み、すんなり登っていく。
ようやく屋上に着いたところで、下から俺のことを探す声が届く。時間が経てば、俺がこの建物の屋上に上ったことも分かるだろう。
「なぁ、ハッカー。流石に初心者が、血眼になった他のプレイヤーに襲い掛かられるゲームってわけじゃないだろう?」
「そうね。それなら、私だって襲われているはずだから」
だとしたら……あの黒猫か。
あの黒猫が何をした? 俺にゲームを教えて……。
「まさか」
思わずメニューを見る。陣地と記載された項目を選択する。その中に現れた“出来ること一覧”ともう一つのステータスと記載された項目を選択する。
ステータスに表示されたバカげた広さの陣地を見て、ようやくわかった。
「おいおい、嘘だろ。俺が……ここら一体の陣地の主になってやがる!」
いつまにか、俺は別のゲームに巻き込まれているようだった。
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