第十二話 ゲームスタート

 そのパネルのデザインを見たとき悪寒がした。

 DLSの各種サービスはそのサービスを象徴するイラストパネルの中に入ることで開始される。だが、「ハロー・ワールド・オンライン」のサービスのデザインはどこをどう見ても趣味が悪い。

 目の前にあるイラストは、死体の山を踏んづけ、その上に武器を持った人々がそれぞれ笑みを浮かべているというものだ。実際に趣味が悪いことを自認しているようで、端に年齢制限を表す数字が書いてある。


「このゲーム、相変わらず悪趣味なイラストね。年齢制限かかってる意味わかってるのかしら。ナホ、アカネ。あなた達来たら駄目だからね」

「分かってますよぉ~」

 ナホが目を明後日の方向に向けて答える。さっきの話と言い、おそらくはプレイしているのだろう。が、今は咎めるタイミングではない。


「あの男と接触して、情報を聞き出すのが目的でいいんだな、ハッカー」

「どのプレイヤーか特定できるだけでも良いわ。現実リアルで直接聞きに行けばいいから」


 ――要するに会えばその時点で何とかなる、ってことか。


 夢と|夢(ゲーム)を繫げるシステムであるDLS。ハッカーに聞いた話だと、このイラストパネルの先は別の夢に繋がるんだそうだ。どうやって繋げているのかは、流石に守秘義務らしい。


 ハッカーはイラストのちょうど死体がある場所から侵入する。イラストはイラストだと言うことは理解できる。だが、死体の山のところからなんて入りたくない。


「アカネとナホは引き続き情報収集を頼む。それこそ、“透明な蝶”だけじゃなくて、全く関係がないが流行っている噂とかでも良い」


 覚悟を決めてイラストの中に手を伸ばす。そこに「あ」と気が抜けたような声がした。


「“あ”? 何かあるのか?」

「そういえば、探偵さん! それで思い出したんですけど、最近、変な人から『全部夢だったら良いのに』って聞かれることが多いってお客さん聞きました」


 声を上げたのはナホだ。

 どういう意味だ?


「……探偵さん。私も同じことを聞いています。『そうだね、と返したら、その人物は満足げに去っていた』みたいな話。学校でも何人かそう聞いているみたいで」


 聞くだけ聞いて何もしない? 奇妙な話だ。それだけを聞くと、ただ“共感を求めている”ようにしか思えないが、だが、妙に引っかかる。


「……アカネ、ナホ。すまないがその噂についても調べておいてもらえないか。その変な人の見た目や、いつ頃からその噂を聞くようになったか、が知りたい」

「……ええ。分かりました。兄さんのためなら、霞だって掴んでやります。探偵さんこそ、『ハロー・ワールド』では頑張ってください」


 ……ひょっとして、俺が殺人ゲームに怖いということを見抜いているのか。

 DLSを作った兄を持つだけ。そんなただの女の子だと思っていたが、これは認識を改めておいた方が良さそうだ。


 離れていくアカネとナホを尻目に、十年前のを思い出して覚悟をする。


「行くぞ」


 そう自分に言い聞かせながら、足を一歩、絵の中に入れ――地面に着くはずだった自分の足は大きく空を切った。

 体勢が前のめりに倒れるが、この感覚は間違いない。


「う、うおおおおお!?」


 空中に投げ出されている。掴むものは何もない。地面もそこにはない。全身に風を受けて天も地も分からなくなるくらいに、身体が何度も何度も何度も、縦に回転する。


「うおおおおお! まずいぞ! これは、死ぬ!」


 薄暗いグレーな背景をベースに、光の線が上下を行き来する。風はない。眼は開ける。落ち着いて開くんだ。


「――これは――」


 そこには先進国の大都市にあるような高層ビルが並んでいるのが見えた。


 もっと殺伐としていて、それこそ、その辺りから火の手が上がっているくらい残酷なゲームだと思っていた。イラストから察するに殺し合いが続くようなものではないかと。

 だが、これはまるで現実の都市だ。俺の眼があの建物から漏れる一つ一つの光がただの演出ではないことを理解させる。


『初めまして、ミスター。ハロー・ワールド・オンラインへようこそ』


 機械音声が近くから聞こえてくる。どうやら音声案内のようだ。


『ハロー・ワールド・オンラインの基本は陣取りゲームとなっております。様々な手段を用いて、自分の陣地を広げてください』


 落下中というのも相まって、話が頭の中に入らない。

 陣取りゲームとこの落下に一体何の関係があるのだ。


『得た陣地では自分の思うがままの世界を作ることが出来ます。巨大な建物を建てる、南国のビーチ風にする、遊園地を作るなど。お客様のご想像を働かせた素敵な世界を作り上げてください』

「おい! 落下中に続けるな!」


 全力で叫んでみるが、返事はない。

 だが、地面までの激突まで残り数十秒。余計なことを考えている場合じゃない。何とかまともな着地を――。


 一番高いビルの屋上を通り過ぎようとしたときだった。地面が近づいてくるスピードがぐんと遅くなる。


「……落下死させるような仕組みにはそりゃしてないだろうな……。妙な部分で親切心を出すゲームだ……」


 月の重力下で遊べるというゲームに行ったときと同じ感覚。ようやく、落ち着いて街の様子を見ることができる。

 建物の近くには、何人もの人間が通勤――時間的には退勤か――しているように見えた。夢の世界でまで、背広を着て歩いている。そして、その人間のほとんどが中に“人”がいるらしい。俺の目には、人が多くいるように見せるための賑やかし用のノンプレイヤーキャラクターが一人も映らない。


「車の中も……建物も……人が……いる」


 世界最大の同時接続者を誇るゲームだとは聞いていた。だが、まさかここまでとは。まるで、もう一つの現実だと言わんばかりだ。


 

 ここからたった一人の人間を、犯人よりも先に見つけ出さなくてはならない。俺の眼をもってしても、結局は砂漠から一粒の砂金を探すのとそう変わりないのではないか。

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