ハローワールド・オンライン

第十一話 宣戦布告

「すみません、収穫は……ないです」

「ナホと同じで、何も……」

「ごめんなさい、私も被害者に電夢メールを送ってみたけど、見たっていう返事がなくて……」


 ナホ、アカネ、そしてハッカーの三人は口々に言う。第一回DLSアカウント削除事件の情報共有会は実質何も進まず終わりを告げていた――


 *


 何百と言ったアバターが空を飛び、あるいは談笑し、あるいは巨大なパネルの中に入っていく。

 セントラルロビーと名付けられたこの場所は、DLSで行うことができるあらゆるサービスの入り口だ。市役所のような行政やゲーム系娯楽、塾といったありとあらゆるサービスの窓口が何十段にも及ぶこの様相は、かつての人々が考えていたサイエンスフィクションな商業施設ショッピングモールを思わせる。

 ロビーという名前に相応しく、この場所では基本的に見知らぬ人とも自由に会話できる。ここで出会った人とゲームをやりに行くなんて珍しくもない。


 俺達はそんなセントラルロビーの一画にあるサービス「チャット・チャット・チャット」という場所に来ていた。小さくて白い円卓に取り囲むように座らされている。

 周囲を見渡す限り女性が圧倒的に多い。俺のような偉丈夫が場違いにしか見えない。


 この「チャット・チャット・チャット」は、自前のアバターで他の人とコミュニケーションを取ることができるサービスだ。それに加えて”味”を楽しめる飲食物があるのが特徴でもある。

 男の俺には見てるだけで胸やけがする甘いメニューばかりだが、彼女たちにはそれが人気らしい。味は本物とほとんど変わらないのに、どれだけ食べても太らない。現実で体重をコントロールする必要のある人達にとっては夢のようなサービスなのだとか。


 少女達が一斉に俺の方を見る。

 どうやら俺の調査結果を期待しているらしい。


「悪いな。俺もアカウント削除事件の事件はナシだ。”透明な蝶”の情報もなかった」


 そのことを口にすると、彼女らはジト目で俺を睨む。内心「探偵の癖に」などと思っているのだろうが、警察が掴めていない情報なんて、そう簡単に見つかるわけがない。警察の信用とその調査能力は個人探偵の比じゃねえ。


 一つ弁明をしておこう。

「著名人行方不明事件の方を調べていたんだ。成果はこっちもゼロだがな」


 そう口にしながら調査結果を記載した資料を彼女達に送信する。

 ハッカーたちは受け取った情報を見て、「確かに事件解決には……」と愚痴を漏らした。


 資料の内容を見てもピンと来ないナホに向けて、かいつまんで説明する。

「この資料にはいなくなった人物と失踪予想日をまとめてある。が、日取りに法則は特にないし、それぞれの人物も、基本的に社会的に言うところの成功者ばかりで自ら失踪する必要なんて見えねえ」


「そうだとすると、攫われたっていうのが動機として考えられますけど」

 資料を見ながらアカネが口にする。かの天才の妹ともなれば、理解も早い。

「でも、資料を見る限り、一か月もの間に八十人以上いなくなっている……。流石に攫うにしてもこの人数を誰にも見つからずに攫うなんて……」


 ――可能かもしれない。もしも“透明な蝶”が現実にもいるのであれば。

 ただ、確証はない。俺が見たってだけじゃ証拠にはならねぇ。


 ハッカーが溜め息を吐く。


「結局情報ナシってことね。はぁ……」


 コップに注がれているアイスコーヒーを飲み干してから、ハッカーは立ち上がった。


「それじゃ、また来週ね。皆、今度は良い話を待っているわ」


 ハッカーが俺達に背中を見せて、歩いていく。

 くそ。あまりにも推理の材料が少な過ぎる。とにかく、次はアカウント削除事件の現場に実際に向かって何か残っていないかを調べて――


『ハロー! DLSで憩いの諸君! 僕の名前はクロ! 早速だけど、「ハロー・ワールド・オンライン」を知っているかい?』

 耳の奥で声が何度もその言葉が木霊した。まるで鼓膜を突き破りそうなほどの音量だ。


 他のプレイヤー達も俺と同じだったようで、音がした方向を見る。ロビーのいたるところに巨大なモニターがいくつも空中を飛び交っていた。それらに描画された映像は、全て同じ内容らしい。

 そこに映っていた人物は、黒いスーツを着こなした背伸びをしたい男の子に見える。背景はどこかのビルの上層階の一室だ。全面ガラス張りの窓から青い空が覗いている。


「……本来はスポンサー用の機能よ、あれ。DLS内に広告を流すために作ったの」

 どうやらハッカーも帰る途中を邪魔されたようだ。イラつきながら空中に現れた巨大なホログラフィックモニターを見入っていた。


『そのゲーム内で面白いイベントをこれから開催したんだ! みんな来てほしい!』


 よくあるゲームの宣伝か?


「どういうことでしょう?」

 ナホが口にするが、何か俺が考えている疑問とは違うところが引っかかっているようだ。


「ナホ。何か気になることでもあるのか?」

「えっとー、『ハロー・ワールド・オンライン』ってゲームは私の知り合いもやっているんですけどー、世界で最も参加人数の多いDLSのゲームだったはずです。だから、わざわざリアルマネーを投じてこんな宣伝をするのがおかしい気がして……」

「よほど、面白い企画を思いついたってことか。だとしてもこんな大々的にやるなんて、ゲームにのめり込んだ人というのは何をやるか分からないな」


 こんなことに構ってはいられない。ゲームをしている余裕はない。

 だが、次の言葉は俺達を無関心という沼から引っ張りのには十分だった。


『巷で話題のアカウント削除事件の犯人よ。お前の目的は分かっている』

「――な」


 ――なんだと?


 これは宣伝ではない。どこにいるか分からないアカウント削除事件の犯人に向かって宣言するために宣伝機能を利用しただけだ。

 あの男……。アカウント削除事件の犯人を知っているのか。いや、それだけじゃない。目的まで知っている?


はここにいる。「ハロー・ワールド・オンライン」で待っている。出来るならば、俺のアカウントを消しに来い』


 そういって、プツンと空中にあった一枚の板が消失する。

 それと同時に、チャット欄が一気に賑わいを見せた。警察すらも捕まえることが出来ていない犯人に対し、あまつさえ、消してみろという挑発。盛り上がって当然だろう。

 空中でおしゃべりを楽しんでいたであろう、男女が一目散に「ハロー・ワールド・オンライン」のサービスがある方向に向かって飛び立つ。


「……ハッカー」

「分かってる。あの男にあって、事件のことを聞きましょう」


 立ち上がらざるを得ない。もしかすると、"透明な蝶"以上のことを知ることが出来るかもしれないのだから。

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