第2話 元山賊の純粋なる野望

という柳真の身に起こった一連の出来事について補足するなら、それはすべて秋玲(シュウレイ)の計画通りだった。


 






 説明が圧倒的に足りない。


 話は三日前に遡る。



 東主国という長い歴史を持つ国があり、その国の北側に楊州という地域があった。


 秋玲は、その地方の山岳地帯に住み着く山賊の首領の娘として、この世に生を受けた。


 



 「姐さん、ほんとにあんなことやるんですかぁ」


 「うるさいわね。命令は絶対よ。ぐだくだ言ってないで準備してちょうだい!」


 



 山賊として警吏から逃げ回る生活が、およそ一般的ではないと気付いたのは、九歳のころだった。


 

『ねぇ母さん、また逃げるの?』


『うふふ。そうねぇ。捕まっちゃうと吊るされちゃうもの。ほら、秋玲もおままごとの道具もって、逃げるわよ~』


 

 何を隠そう、秋玲の母は元貴族だった。

 身代金目的で父に誘拐された拍子にうっかり恋に落ちてしまい、できた子供が秋玲だったという。

 最悪のデキ婚である。


 


 そんなこんなで、秋玲の生活の拠点はもっぱら山のなかだった。

 おかげで山猿のごとき逞しさを得たが、引き換えに乙女としてのか弱さを失った。


 ある程度の年齢になると、たまに市中に買い物におりていくことを許されるようになった。そして、気付いた。大抵の人々は決まったところに定住して、友達や家族と平和に暮らしていると。


 誰も、警吏に追われたりしていない。


 そこで、ようやく秋玲は知った。


 つまり、自分達は“悪いことをしているひと“なのだと。


 『ねえ母さん、私、こんな生活イヤだよ。普通に暮らしたい。どこかで、静かに、逃げ回らずに』


 ある日、意を決して母に打ち明けると、母はコロコロと楽しそうに笑ってこう言った。


『あら、そうなの?大人になったわねえ』


『ねえ!真剣だよ!私!』


『ふふふ、良いわよ。好きにしなさい。出ていくなりなんなり。でもパパには内緒よ。絶対怒るから―――あと、十九になってからね』


 意外にも、母はあっさりと家族を捨てることを許した。


 母が何を考えているのか、秋玲はいまだに理解できたためしがない。


 それから、秋玲は忠実に母の約束を守って、十九になるのをひたすら待った。


 そして、ついに迎えた誕生日。

 秋玲は青い空に拳を掲げて高らかに宣言した。


『よし、まともに生きよう。今日この瞬間から』


 

 




 そして、数日後。

 楊州から遠く離れた王都光安にて。


「ねぇ、この国の男たちって、なんでこんなに根性無しばっかりなわけ」


 げっそりとやつれた顔つきで安宿に向かいながら、秋玲は幼馴染み兼お目付け役として側についている文君に恨み節を並べた。


 十九歳と十二日。


 文君は冷静に言葉を返した。


「あの、冷静に考えて、姐さんの計画のほうがヤバいんだと思うけど···」


「は?何言ってんの。私は今度こそ真っ当な、白米のように真っ白な人生を送るのよ!そのためには手段なんか選んでらんないの!馬鹿なの?」


「···や、でもさすがになりふりかまわなさすぎ、というか····。もうそろそろ諦めて楊州に戻ってもいいんじゃ」


 言いかけた文君の胸元がガッと勢いよく捕まれる。

 相変わらずの容赦ない瞬発力。


「····ぐっ、ねえさ、」


「私はやるの。いい?もう今しか人生を変えるチャンスは無いのよ。せっかく王都まで出てきたの。行けるとこまでいくんだから、邪魔しないで」 


 秋玲はぎらぎらとした目でそう言った。

 完全に健全なそれではない。


「明日こそ、明日こそ、か弱い乙女を助けてくれる金持ちがあらわれるわ···!私は、絶対にその人を口説き落として、もしくは弱味でも握って、人生をやり直すの···!」


 その思考パターンがすでに常人のそれではないことになぜ気づかないのか。

 小さい頃から振り回されっぱなしの文君は、内心頭を抱えた。


 だが、この女は一度言い出したら絶対に言うことをきかない。


「そう言いながら、もう二十人くらい失敗してるじゃないですか···」


「それぐらいは想定内なの!」


「そのうち仕込んだゴロツキじゃなくて、本物のゴロツキに犯されますよ」


「それを防ぐためにあんたがいるんでしょーが!」


「···ほんとに、全然か弱くないし」


「なに?私の悪口言ったらキンタマ蹴りあげるわよ」


 秋玲を見ていると、育ちの悪さとはなんぞやということを深く実感させられる。

 気は強いし、向こう見ず。

 あらゆる非合法な手口に通じ、嘘をつくのもお手のもの。

 不利な条件になればなるほど燃え上がる秋玲の性格は、まさに悪党になるべくして生まれて来たようなものだった。


 そんな彼女のくせに、「真っ当に生きたい」なんて意味不明なことを言い出すのだかや、文君にはもったいないとしか思えない。


「っていうか、仮に金持ちの男がいい感じにひっかかってくれて、うまく屋敷に連れ帰ってくれたとするでしょう。そこからどうするんです? 色々切り抜けないといけないことが多すぎますよ。僕だってどこまで面倒見きれるか分かりません」


 すると秋玲は、文君の襟元から手を離した。

 そして、にこっと笑って見せながら、乱れた文君の襟をそっと整える。


「私にも作戦があるのよ」


「············」


「すごぉい作戦が」


 文君は言葉に詰まった。




 とどのつまり、秋玲は美人だ。


 そして、自分の価値を十分すぎるほどに分かっている。


 文君だって、この笑顔には逆らえないということを承知の上で、手のひらで転がされているのだ。


「····分かりました」


 文君はしぶしぶうなずくしかなかった。


 ちょうど宿の前についた二人は、この不埒な作戦に参加する同志として、視線を交わす。


「じゃあ、明日こそ、素敵なお金持ちがあらわれることを祈りましょう」


「そうね。文君。おやすみなさい」


 きちんと寝る前の挨拶をして去るところだけは、小さい頃から変わらない。


 文君は誰にも見えないところでひそかに嘆息すると、やがて自らの部屋へ去っていった。







 そして三日後。


 ついにあらわれた救世主となるお金持ちと共に秋玲がしおしおと去っていく姿を見ながら、文君は近くの木の上からじっとりとした視線を送っていた。


 

「何がおっけー、ですか」



 去り際、誰にも見えないように、はしゃいだサインをこっそり送ってきた秋玲の大胆さには、もはや呆れてしまう。



「杜柳真ねぇ····」


 文君は記憶を辿る。


 秋玲は気付いていないが、文君は、ここに出入りしている人間について、秋玲の父親である櫂洋からの命令を受けて、一通り身辺調査を行っている。


 そもそも秋玲に振り回されがちだが、文君の主は櫂洋なのである。







 まあ、他のに比べりゃ、ある程度ましだけど。


 地雷が多すぎる。



「····とりあえず追うか」




 そう独り言ちた文君は、次の瞬間、一瞬にして姿を消した。


 

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君はほんとに手段を選ばない 森野 みき @morinomiki

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