第2話

妙なこともあるもんだ。

鳥居をくぐり、店っぽい古びた建物が見えたので入ったはいいものの、分厚い書物に埋もれた優男が倒れていたのだった。

頭上に本が落ちてきて気を失っていたというこの人は、受けようと思っていたバイト先の店主…らしい。彼は、井出 トオルと名乗った。

丁度片づけていたところだったらしいのだが、人手が足りないようだったので手伝うことにした。

井出さんは物腰も穏やかで、若いわりに落ち着いたひとのように見えたが、わりと大雑把で子供っぽいところがあるように思う。

埃がかぶっていた押し鈴を、雑巾やハタキで綺麗にするのではなく、フッ、と軽く息をかけただけで終わりにしていた。

その押し鈴は、すこし値の張る雑貨屋に置いてあるものとは違い、年代物のような雰囲気を感じたので、綺麗に磨かないと鳴らなくなるのでは、と尋ねた。

すると、少し前に掃除したばかりだから綺麗な音がするはず、と言って、井出さんは押し鈴をつん、と軽く指先で押した。甲高い音が部屋中に響き渡る。つんざくような高音に肩が跳ね上がった俺を見て、クスクスと小さく笑っていた。


「そうだ。募集、どこで見て応募しようと思ったんです?」

「え、っと…図書館の本に挟まってたチラシを見て…。」

「おや、おや。そうでしたか。あのチラシも、随分、長い旅をしていたようですね。」


楽しそうな声色で井出さんが言う。

長い旅、ということはもしかして、あのチラシは古いものだったのだろうか。

たしかに、あのチラシは端がヨレていたし、クシャッとシワになっていたところもあるし、コーヒーのシミなんかもあった。

店内を見渡す。古めかしい内装は、オシャレでやっているものとは言い難く、繁盛しているようには見えない。

もしかしてアレは、だいぶ昔の応募チラシで、今はバイトを雇う余裕なんてないんじゃないだろうか…。


「いえ、あなたは採用ですよ、オモテくん。」

「…は?」

「ですから。あなたをアルバイトとして雇用いたします。もちろん、条件など呑んでいただければ、の話ですがね。」

「い、いや、あの、それよりも…」


井出さんはもしかして、俺の心を読めるのか?

未知との遭遇は、もっと好奇心がくすぐられ、キラキラワクワクした感じになると思っていた。

今、心を読まれる未知の力を体感した俺は、全くワクワクしていないし、好奇心もくすぐられるどころか、恐怖心がじわじわと存在感を増していっている。

井出さんは今も、俺の心の中の葛藤とか、考えとか、のぞき込んでいるのかもしれない。怖すぎる。

…いや、俺の考えていることがバレているってことはもしかして。


「はい。『ヘンな妄想も丸っと筒抜け』という推測も当たりです。」

「だ、だから心を読まないでくださいよ!」

「ふふ、すみません。あなたはウソを吐けない方なのか、確かめたくて『シンクロ』していました。」

「シン…クロ?」


思わず、俺と井出さんが二人で水中演技をしている様子を想像してしまった。


「惜しいですね。そのシンクロではなく、脳波の同調、シナプスの同期のことを『シンクロ』と言っているのです。」

「の…のう…?」

「わかりやすく言い換えるならば…そうですねえ。オモテくんの考えていることがSNSの呟きだとして、僕はそれを閲覧している感じでしょうか。」


アプリの運営会社の管理者みたいなことを言っているけれど、生身の人間の思考をデータのように扱うって中々ヤバい人だな。

と、考えたところで、井出さんが噴き出した。どうやら笑いをこらえていたらしい…。

きっと、俺の質問の『なんで心を読めるのか』という答えがされないのは、バイトの契約を結んでから…といったところなのだろうか。

人間離れしたことをされ、今更やっぱりいいです!なんて言ったら存在を消されてしまうかもしれない。

いや、もっと言うならば、俺の思考を同期とか言ってるのだから、俺を操って手駒を増やして地球を侵略する作戦…。


ハッ!と我に返ると、井出さんは声を殺しながら笑っていた。時々、抑えている声が喉から苦しそうに漏れている。

お腹に手を当てているので、相当面白いらしい…。


「…あの、契約ってなんですか?」


井出さんがあまりにも笑うから、不安で怖い気持ちが薄らいで、好奇心がやっとわいてきた。

もっと知りたい。どうして人間離れしていることができるのか。


「好奇心をもつことは、大変いいことです。いいでしょう、ご説明いたします。」


笑いで息苦しそうにしていた井出さんだったが、少し落ち着いたのか、呼吸をととのえて、もっともらしいことを言った。

カウンターの下から、何やら古びた紙を2枚取り出し、万年筆を俺に手渡した。

受けとって、ささっとサインをしようと思ったのもつかの間――紙には何も書かれていなかった。

顔をあげると、井出さんがカウンターの上に『CLOSED』の文字の書かれているアクリルスタンドを置いていた。


「お客様が来てもなんですから。どうぞ、奥の部屋へ。」


襖のようにスライドして扉をあけると、古びた建物からは想像できないほど美しい光景が広がっていた…のならよかったが、

ばあちゃん家にあるような、長い年月使っている家具のようなものが置いてあった。あれ、黒電話じゃね? 使えるの?

クラスの女子は大正ロマンとか、和風モダンとかって言うんだったか。

襖はところどころ穴があいているし…と奥の部屋に入らず、扉付近でキョロキョロしていると、足元にふわふわした毛玉のようなものを感じた。


「あ、猫だ。」


猫は、ニャアと鳴いたあと、2本足で姿勢よく立ち上がった。


「いいや、オイラは鳥だワン。」


俺がリアクションに困っていたら、奥のほうから井出さんがせき込むほど大笑いしている声が聞こえた。

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おもいで現像屋 げんのすけ @gen_no_suke

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