おもいで現像屋

げんのすけ

第1話

少し早く、高校最後の夏休みがくる。

どうして少し早いかっていうのは、まぁ簡単にいうと仮病を使って終業式をサボったから。

宿題とか荷物とか上履きとか後で取りに行くのは面倒だけど、お知らせ程度のプリントなら友達に聞けばいい。


「いってきまーす。」


誰もいないリビングに声をかけて、扉を閉めた。

じりじりと容赦ない日差しが出迎える。夏と言ったらこれだよな。

少し歩いただけで汗がつう、と垂れてくる。振り出しはじめた雨みたいに、どんどん汗が流れてきた。

汗が目に入らないように、服の袖で額を強くこするように拭く。その隙間から、ゆらゆらと揺れる陽炎の向こうにある駅を見つめた。

すると、警笛を鳴らしながら赤い電車が通り過ぎていった。


「…もしかして。」


後ろのポケットに入れていたスマートフォンを取り出す。時間を確認すると、あれはどうやら俺が乗る予定の電車らしい。


「や、やばいやばいやばい!」


あれに乗らなきゃ、アルバイトの面接に遅刻する!

焦る気持ちが無意識のうちに口から出ていた。よく漫画とかで、ピンチの時に魔法を詠唱しているキャラクターみたいに、俺はただヤバイと連呼しながら走った。

息を切らしながら走っていくと、どんどん改札口に近づいていく。手に持っているスマートフォンを叩きつけるように改札口の読み取り機にタッチする。

階段も滑るように駆け下りていき、何とかギリギリ乗車に間に合った。車掌さんから「駆け込み乗車はおやめください」と注意をされてしまい、ごめんなさいと頭をさげる。

どうせ平日の昼間だし、人なんておじいさんおばあさんくらいしかいないだろう、と高を括っていたら、俺より先に夏休みに入っているらしい小学生に横目で見られていた。

何であのお兄さんすっごい汗かいてるの?と両親に聞いてるかもしれない。恥ずかしくなって、車両を2両ほど移動して腰を下ろした。


ガンガンにきいた冷房が心地いい。止まらなかった汗がぴたりと流れてこなくなった。暑さで火照った顔は、まだ熱をもっている。

暑いような寒いような、どっちつかずの感覚。ファミレスのサイドメニューにある、焼きアイスみたいなもん。

流れる景色を横目に、降車駅を確認する。


(あと3駅か)


カナザワブンコ駅。なんだか古い紙のにおいがしそうな駅名だなと思った。

イヤフォンを挿して、有名なんだかよくわからない外国人の音楽を流して聴いた。リスニングに役に立つとか、聴いてる人はカッコイイらしいだとか、そんな適当な理由で聴き始めた。

耳に残るようなメロディラインに酔いしれながら、自分もこんな風に歌えたらな、と空想に耽った。

シンジュクあたりにある、小さなライブハウス。暗がりの中、自分が立つとスポットライトが首を向ける。俺だけを照らし、存在感を圧倒的なものにする…そんな演出。

イカすギターリフ、唸りをあげるベース、ファンのボルテージを上げるドラムのアドリブ…。


『お待たせいたしました。カナザワブンコ、カナザワブンコでございます。』


遠くのほうで、電車アナウンスが聞こえた。ドアの表示を見ると、もう到着したらしい。

人気バンドのボーカル気分にひたっていたので、また慌てて車両から降りた。物を落としてないか確認する前に扉がしまった。

鞄の口がぱっくりと開いている。財布とか定期とか落としたかもしれない。

冷や汗が流れ、鞄の中をがさがさと探る。

手に財布の感触を確認でき、ほっと安堵のため息が出た。

カサ、とした感触があったので、何かと思い取り出すと、借りた本に挟まっていた、古びたチラシ――俺が今日、面接にむかうアルバイト募集のやつ――だった。

他に大したものは持ってきていないし、大丈夫だろう、と俺は改札口にむかって歩き出した。


エスカレーターをのぼり、人の波をよけて改札を通ると、たい焼き屋が目に入った。

(そういえば、朝ごはん、何も食べてなかったな)

引き寄せられるように、たい焼きを1つ買ってしまった。すぐ近くにアイスが売っていたけれど、俺と同じように学校をサボった女子高生たちでいっぱいだったのであきらめた。


タクシー乗り場のほうを抜け、コンビニの前の横断歩道を渡って歩くこと数分。

俺は、バイト先の場所を確認しようとスマートフォンをいじる。


(駅10分以内、って書いてあったんだけどな。)


店なんてどこにもない。周囲を見渡しても、不思議な鳥居があるだけだ。


(ん。鳥居?)


もう一度スマートフォンをじっと見る。チラシにあった住所は、あの鳥居をくぐって右折すれば着くらしい。

変なところに店があるもんだな、と思いながら、俺は鳥居をくぐり、どんどん道を進んだ。

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