小鳥形 コトリガタ 子取形

 コトリガタ

 キョウトウと教頭


 児童館


 偲は母からの言伝てにより児童館の戸締まりを命ぜられた。その日は当番の役員の子供が急病で一人は休み、もう一人は遠方の親類の葬儀と言って早退してしまった。昼の時点で休みの穴を埋めていた偲は取り残されていた。

 下級生の下校時刻少ししてから人が集まり始め、それから上級生、中学生の帰宅部が児童館へ集まる。殆どが親の仕事が終わり次第、順次帰路へつく。黄昏て伸びる影を抱え、親が子と今日あったことを話ながら去って行く。

 広くもない庭と、木造の児童館にこだまする声は次第に減っていった。

 急遽呼ばれた偲がやる事と言えば館内の掃除、喧嘩や怪我がないかの見回り、室内の勉強室での宿題の手伝い等の作業になる。差し当たって問題はなく、日が傾くにつれ一人また一人と減り、あと二人になった。室内で勉強をする中学生の女の子と、庭で草を見ている下級生の男の子がいるのみだ。

 辺りは大分薄暗くなり、街灯も点き始め民家の灯りが浮き上がるように増えていった。児童館ももうすぐで閉じる時間になる。冷たい風が肌を粟立たせ、男の子を室内に入れようと思い女の子に声を掛けてから出ようとした。

「燈子ちゃん、もうすぐ閉館になるから準備して貰える」

 いつもの事だろう作業をして先ほどまで出していた教科書やノート、筆記用具類を鞄に仕舞った。それを見て、玄関口に行こうとする偲を燈子と呼ばれた女の子は引き留めた。

「どこいくの?」

 勉強室入り口に半身を出しながら偲は外に男の子がいて、ここを閉じても親が来ない場合は送ろうと思うと返した。片付けの終わった燈子は庭を一通り眺め、それから私も付いて行くと言って偲のシャツを背中側を掴んだ。庭は大分暗くなり、空は色を失くしつつある。

「暗いの怖いなら送るよ?」

 帰路はほぼ街灯のない田舎道になる。変質者がいなくても、心細くなるだろう事は予想できる。

「帰るのは一人で大丈夫」

 玄関を出て庭に出てくると遠くでざわざわと木々が揺れる音がして、それから冷たい風が撫でてくる。

「そっか、でも私も方向一緒だから途中まで一緒に行ってくれない?」

「うん、いいよ」

 庭を眺めるが男の子がいる様子がない。先に帰ってしまったのだろうか。

 がりり、がり、という棒きれで文字を書くような音がしてそちらの方へと歩いてゆく。児童館の敷地内に設置された祠の前で探していた男の子の姿を見つけた。地面には文字が書いてあり、鳥の形の半紙で出来た形代が落ちている。よく見ると、木祠は開かれている。

「暗くなったし、帰ろうか」

 偲は落ちている形代を拾うと祠の中へと入れ、戸を元あったように閉じた。落ちていた木の閂もかけ直して、一礼する。

「探してた子は良いの?」

 辺りをゆっくりと見まわし、偲を見上げる燈子は少し不安そうに言う。

「もうんだよ」



 ……


 燈子は珍しく帰り道に人を連れ立っている。彼女はいつも、学校から児童館へ赴き宿題をまとめてから帰る。それは小学生からの習慣だった。たまには同級生の家に誘われて行かないこともあるが、概ねは変わらない生活の一部である。

「偲君、大丈夫?寒いの?」

 気恥ずかしいが手を繋ごうと乞われ、嫌とは思わなかったので繋いだ掌は震えている。

「寒くはないよ、大丈夫」

 そう言う偲はじっとりと汗を滲ませていく。そういえば……

「探した男の子、どの子だったの?何君?」

 何年も通う燈子には偲が把握できていない子供もほぼ顔見知りだ。

「ごめんね、燈子ちゃん。少し黙っていて貰える?」

 息が荒くなる偲は、足早に町中を抜けて人気のない方へと向かう。正しくは帰路に着いているだけなのだか、殆ど街灯はない。進めど進めど山、田、畑いずれかの合間にちらほらと家が建っている。電柱はあれど人口が少ないせいか、夜中に出歩く人間が少ないからか、虫が集るからか明かりが点いていない。

 頼りの月明かりも叢雲が何度も遮り、それも又燈子の不安を煽る。

 そして、玄関の明かりの着いた自宅が目の前まで来た。黙るようにと言われたまま歩いた間、言葉では言い表せない不安もあった。けれども、やっと見馴れた場所、帰るべき家にたどり着いた。

「はぁ、やっとかえれー……」

 声を出した瞬間に家のコンクリートの壁に押し付けられた。手を繋いだ逆手で口を塞がれた。道から覆い隠すように被さる偲は、燈子を見ていなかった。何があるのかと視線だけでも合わせるが、ただ燈子の目には虚空だった。押し潰すように肌が触れあう偲の心臓は早い。一体何が見えているのだろう。どのくらいの時が過ぎたのかは分からない。けれど、漸く偲は燈子を解放した。

 両の手を上に挙げ、痛いところはないかと問う。燈子は黙ったまま頭を縦に振り、背中に月を背負う偲を眺めた。体が重かったり、気持ち悪くはと、執拗に聞く。全てを縦に振り、それから玄関の前まで見送ってくれた。偲は敷地の中までは入ってこなかった。

 インターホンを鳴らすと母親が出てくる。

「燈子、なんでこんな時間まで外にいるの!心配したんだから!!」

 いつもは10時に帰る母親が帰宅している。つまりは今は少なくともそれ以降の時間になる。

「何してたの!」

 そう言うと玄関の外に目をやった。偲を見るや頭を下げて燈子を家に引き入れた。扉が閉じる間際、門の外にいる偲の背中には土嚢のようになにかが積み上がって見えた。見間違いかと思ったが、瞬きする間に戸が閉じられて確認できなかった。家に入ると、先程の勢いを失い母親が夜ご飯を用意するから風呂に入るようにと言った。手を洗い、すぐに食べると言っても聞き入れては貰えず仕方無しに入浴した。

 燈子は浴槽に入りながら考えた。何故こんなにも時間が掛ってしまったのだろうか。歩いて帰るだけなら30分も掛からない。自転車があれば半分以下になる。交通の悪い田舎では普通の事だ。児童館を出たのは少なく見積もって6時頃。


 よく思い出せ。帰宅途中、誰かと一度でもすれ違ったか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

妖怪記録目録又は報告書 英 万尋 @hanabusamahiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る