エピローグ:ずっといっしょに

 こうして、ひかると再び一緒に寄り添えることになった。

 自分で作った超大判ストールにくるまれながら、あたしは輝と唇を重ねる。


 どちらからともなく離れ…


「でだ。どうせ全部聞いてたんだろ。紘武ひろむ?」

 こともなげに輝は呼びかけた。


 ゑっ?


「ったく、なんでおーらは毎度毎度こーも俺の近くで痴話ちわしやがンだ?」

 声は上の方から聞こえた。

「ああっ!いつの間にっ!?」

 見上げると、紘武が木の枝に寝そべっていたことに気づいた。

「最初からだ。後から来ておいて『いつの間に』はねーだろ」

「嘘でしょ~っ!?恥ずかしくてもう死にたいっ!!」

 思わず体を丸めてしゃがみこんでしまう。

「それはやめてくれ。僕が耐えられない」

 体をひるがえし、枝にぶら下がって降りてくる。

「ま、それより…よかったな、彩音あやねに輝」

「お前がいなかったら、僕はまたあの頃に逆戻りしてた。ありがとう」

「へっ、てめーが沈むなンて、らしくねーンだよ」

 紘武は軽くグーパンチを輝の胸に押し当てる。

ゆかりのやつも立ち直れたようだ。望海のぞみは連絡先を知らないからどうなっていることやら」

「望海はもう別の彼氏を見つけたらしい。俺じゃなくてね」

 ゑっ!?

吉間きちま…」

 最悪っ!輝と颯一そういちがばったりしちゃった!!

 いつの間にかそこへ姿を見せていた颯一。

「君たち二人が別れたという噂は、もう過去の話になったわけだ」

「吉間…僕は…」

 颯一は目を閉じて半笑いしながら斜め下に顔を向ける。

「あれは不可抗力だ。気にすることはない。結果的に君のせいで望海と別れてしまったし、彩音ちゃんを取られてしまったが、こうしてまた側にいてくれる人が現れた」

 颯一の後ろには埋橋うずはしさんがいた。

「彩音さんのことは完全に諦められた。だから、君が幸せにしてやってくれ」

「吉間…ああ、必ず」

 輝と颯一はがっしりと握手をして、決意を新たにした。

 よかった…ずっと心配してたことだったけど、お互い認め合えたんだね。

 感動で思わず目が潤んでしまう。

「なんでお前が泣くんだ?」

「だって、輝が発端で…颯一が悲しんで…」

「もういい、わかった」


 一度外に出てしまったけど、校舎に戻って靴を履き替えて、部室に顔を出すことにした。

 すでにかなり広まってしまっている「別れた」という噂を否定するため、あたしたちはあえて手をつないだままみんなの前に立った。別にイチャイチャしてるのを見せつけるつもりはない。


『ええええぇぇぇぇーーーーーっ!!!?』

 部員の殆どがその姿を見て、部室の壁が倒れてしまうんじゃないかという勢いで驚きの声を浴びせられた。

「別れたんじゃなかったのっ!!?」

「どうして?何があったの?」

「ショックー!次狙ってたのに~!!なんで~!!?」

 矢継ぎ早に質問攻めされるけど

「一度は別れた。それは色々複雑な事情でお互いに望まない別れだったけど、それが解決したから、またこうして寄り添うことになった」

 輝は端的ながら的確な答えを返した。

『はあぁぁぁぁ…』

 はっきりとがっかりした声があがる。

 輝とつないだ手を離して、あたしはかばんと紙袋を手にしたまま部長の前へ行く。

「無断で部活を休んで申し訳ございませんでした」

「僕からも、申し訳ございませんでした」

「おかえり。ふたりとも」

 部長は優しい微笑みをたたえて迎えてくれた。

「心配してたのよ。事情はわかってたけどね」

「え?わかってたって…」

「あなたのお友達、クラスメイトが来たのよ。彩音さんはしばらく部活を休むかもしれないって」

 あんのおせっかいめ…。

 誰なのかは聞かなくてもわかる。

「けど理由は教えてくれなかったし聞かなかったわ。その様子を見て、多分別れたんだろうなってピンときたの」

 そういうことだったんだ。

「で、二人にはペナルティね。無断休部の」

 読み取りの難しい表情で言い放った。

『げっ…』

 どんな無理難題を押し付けられるのかと、身構える。

「次回の手芸コンテストに出展すること。これで休んでる暇なんて無いわよ?」

 ニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべる部長。

 手芸コンテストは半年に一度開催されるもの。

 出展の締め切りは開催日の一週間前必着。

 次回の締め切りは一ヶ月をわずかに切っている。

「それなら…」

 輝はあたしの手にした紙袋を取り上げて

「輝っ!それは…」

「これを出展します」

 超大判ストールを広げて、部長に見せる。

「へぇ…すごいじゃない。作品名は決めたの?」

「ひだまり、です」

「なるほど、ぴったりなタイトルね。いいわ。それ、出展の申込みを済ませてね。結果が楽しみだわ」

「わかりました」

「ちょ…勝手に…」

 話を進める輝にあたしは抗議の声を上げる。

 結局押し切られて出展することになってしまった。


「それで、彩音さんが部活を休んでたのはあれを作るためだったのかしら?」

 20分ほどで部室が落ち着きを取り戻し、コンテストの申込書を書いてる最中に、部長が話しかけてきた。

「それもあるわ。落ち込んでいたのが大きかったけど」

「あなたが部活を休むなんて、よほどのことだものね」

 部長が顔を近づけてきて囁いた。

「黙ってるから、いつ副部長と付き合い始めたのか教えてくれる?」

「それは…」

 口ごもるあたしに、部長は続けてきた。

「多分だけど、文化祭の片付け…あの日の夜でしょ?」

「…はい」

 ピンポイントに当てられてしまったから、素直に答えた。

「実はね、聞いてたのよ。中学時代、副部長に何があったのか」

「あ…」

「彼の家から帰る最短の道は学校の前なのよ。立ち聞きするつもりはなかったから、そのまま通り過ぎたけど、あの日から態度が変わったからすぐに分かったわ」

 紘武め…大声すぎるんだっての。

「安心して。彩音さんの立場を考えたら黙っているのも納得したわ。幸い、大きなことがあったから、みんなはそっちに意識が向いてない」

「助かります」

 部長は責任ある立場として、本当によく考えてくれている。

 あたしは申込書の記入を終えて、部長に提出した。


 あれから、輝とは前より仲良くなった。

 学校では別れの噂と復縁の噂が入り混じり、困惑する女生徒たちが遠巻きに様子を見ていた。

 イチャイチャしてるのを見せたいわけじゃないけど、口でいくら言っても納得しないだろうから、この騒ぎが落ち着くまでは輝を見つけたら腕に抱きついたり手をつないだりして態度で示した。

 輝と紘武の粘り強い牽制で、嫌がらせもすっかり無くなって、校内公認のカップルとして有名となった。

 あたしはつくづく、とんでもない人を恋人に選んでしまったことを改めて噛み締めている。


 ジメジメした梅雨が終わり、ジリジリと照りつける太陽を受けながら、夏休みがジワジワと迫っている今日このごろ。


 あたしはコンテストの結果を、部室でスマートフォンを使って確認する。

 公式ページを開く。

 ドキドキ…

 入賞するとは思ってないけど、なんかすごく緊張してきた。

 最優秀金賞…はもちろん載ってない。

 優秀銀賞、佳作、努力賞、初参加賞…など様々な賞を確認するけど、あたしの作品は載ってなかった。

 ダメか…。そんなに甘くないわよね。

 ふう、と軽く緊張がほぐれた息を吐く。

「どうだった?彩音さん」

 部長がそばに来て話しかけてくる。

 もう少し下へスクロールする余地はあるけど、佳作の下にある小賞ですら掲載されていなかった。

「甘くなかったわ。予想はしてたけどね」

「あれなら結構いい線行くと思ってたんだけど…」

 一番下の方までスクロールした瞬間…

 ゾゾゾッと思わず鳥肌が立ってしまった。

「…うそ…でしょ…あった…!」

 思わず目を疑ってしまう。

 審査委員長特別賞…作品名「ひだまり」制作者「綾香あやか彩音あやね」…!?

「どれ?」

 覗き込んでくる部長。

「ほんとだっ!すごいよ彩音さんっ!!この特別賞ってかなりランク高いよっ!!」

 とはいえ一番下にあるのだから、それほど評価の高いものとは思えない。


 ピンポンパンポーン…


『3-Aの綾香彩音さん、まだ残っていましたら至急校長室まで来てください。繰り返します…』

「…はい?」

 突然の放送に、頭が空っぽになる。

「彩音、お前いったい何した?」

 輝が聞いてくるものの、あたしに聞かれても…。

「わからないけど、行ってくる」

「まさか、退学っ!?」

「縁起でもないこと言わないでよっ!!」

 部員の冷やかし半分な一言にツッコミを入れる。


 コンコンコン

 校長室のドアをノックする。

「綾香彩音、参りました」

「どうぞ」

「失礼します」

 ドアを開けると、校長の他にもうひとりいた。

「あっ…審査委員長…」

 そのもうひとりは、文化祭の時に会った日本手芸促進協会の審査委員長だった。

 そういうことだったんだ…。

「こんにちは。綾香彩音さん。あなたの応募、とても素晴らしい作品だったわ」

「恐れ入ります。ご無沙汰しております」

「彼女が是非、君と話がしたいとのお願いでね」

「そうでしたか。校長、お呼び出しありがとうございます」

 審査委員長が座っているソファの向かいに促され、あたしは腰を掛ける。

「この度は身に余る賞をいただき、ありがとうございます」

 座りながらお辞儀をする。

「わたくしがピンときて選んだのが、綾香さんの作品とは思いませんでしたわ」

 その顔に刻まれた笑顔ジワは、相変わらず人柄の良さを物語っている。

「え?あたしの名前を見て選んだのではないのですか?」

 思わず身を乗り出して聞いてしまう。

「作品タイトルとエントリーナンバーが振られていること以外、選考が終わるまですべて情報は伏せられているのよ。先入観によって選んでしまわないようにね」

「そうなのですか…」

「出展数が200点を超えていてね、初期選考で随分減ったのよ。わたくしが一つにつき1~2秒程度で判断して、選んだものが審査委員会にかけられるの。今回は随分と白熱した選考会になったわ。選考に残った複数の佳作から、わたくしが選んだ一つだけ特別賞になる仕組みよ」

 思わずゾクッとした。

「そういう選考方法なのですか」

「わたくしの特別賞は佳作の中でも特に優秀なものに送られる賞で、佳作でも上位に位置するのよ。佳作より下に掲載されてるのは、選ばれた順番で載せることになっているだけで、これはとても名誉な賞です」

 ということは、特別賞は最後の最後で選ばれるんだ…。

「そんな賞にあたしなんかの…」

謙遜けんそんなんてするものじゃないわ。あなたはフェアな条件で選ばれたのだから、誇りに思って欲しいわ」

 そっか、ここであたしが否定すると、審査委員長の判断を否定することになってしまう。でも手前味噌はやめておこう。

「お選びいただき、光栄です」

「あなたはきっとこれから伸びるわ。三年になって、進路は決まったかなんて野暮なことは聞きません。来年は大学に進むか社会に出るかはあなた次第ですけど、これで満足してしまわないで、またの応募を待っています」

 あたしが二年生だったことを覚えてたんだ。

 どれを取っても素敵なおばさま。

 こんな年の重ね方なら、あたしも…。

「そういえば、文化祭の時に吹奏楽部の演奏を見に行かれたんですか?」

「ええ、もちろんよ。あの衣装、とてもよくできてたわ。それだけにあなたの出展を心待ちにしてたのよ。こうして入賞してくれたことがとても嬉しいわ。長生きはしてみるものね」

恐縮きょうしゅくです」


 話が終わって校長室から出ていき、部室に戻った。

「審査委員長直々に挨拶へ来たんだ?」

「ほんとに驚いたわよ。入賞者一人ずつに挨拶して回ってるそうだけど…」

 話をしてる中で聞いたのだけど、挨拶しようとして会えなかった場合は手紙を送ってるらしい。

 だから色々聞けて、直接お話ができてよかった。


 数日後

「それでは彩音さんの特別賞に、かんぱーい!」

『かんぱーい!!』

 後日、あたしの入賞を記念して部活で打ち上げをしてくれることなった。

「輝さん、彩音さんに飽きたら待ってますね」

「こらこら。僕は彩音一筋だよ」

 噂を聞きつけて、輝目当てで入部してくる一年生女子も迎えて、手芸部は去年に劣らないにぎやかさとなっていた。

 けどあたしが付き合ってると知っても、諦めることなくアタックしてくる女子がいるから、内心あまり落ち着かない。

 大判プリントで飾ってあるあたしの作品を背にして、少し恥ずかしい気持ちが湧いてくる。


 この作品は、あたしが輝と一緒にいる時の気持ちを表現している。

 輝と離れた期間も作り続けたけど、諦めなくてよかった。

「輝…」

「彩音…」

 たまらなくなって、輝の胸に顔を埋める。


 輝と出会って一年ちょっと。

 波乱だらけの一年だったけど、諦めなくてよかった。


 あなたとなら、どこまでも行ける。


 どこまでも…あなたと…

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ひだまり 井守ひろみ @imorihiromi

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