悪プリースト④


   ブブブ…という、蝿みたいな羽音が次第に大きくなる。

    視界に入ったその数は…。


    「なんだこりゃ…」

    「今回は例年より豊作だなこりゃ…」


   と、冗談交じりながらも明らかに嫌そうな顔をする、共闘PTの剣士。

   

   例年より多い事。それに加えて、

    彼は俺にファイアフライの対処法を教えてくれた。


   前衛がファイアブレスを吐かせて、特殊攻撃を暫く使用出来無いように

    した後、ウィザードの水系魔術で駆除らしい。

   魔術で倒し損ねても、羽根が濡れて飛べなくなるので、近接戦闘で

    始末していく…か。成程成程。


    「なら、先ずは俺に任せて貰えますか?

      俺の固有スキル、多分有効だと思うので…」

    「おお。頼むよ。地味に火傷がきっついんだわ。

      あ、俺はルガーシ。宜しく」

    「あ、忍です。宜しくお願いします」

    

   互いに自己紹介を済ませ、俺は一人大きく前進。

    他にも冒険者達はいるが、ど真ん中の最前線だ。


   間もなく届くファイアフライの大軍を見つつ、頭の中で

    此処に来る前に、ヴァニエラに教えて貰ったスキルの使い方。


   方法は単純。体の内にある力を呼び覚まし、使用するワードを

    自分で決める事らしい。

   ちなみに、言葉で無くても、殴るという事で発動するヴァニエラの

    吸収スキル。


   どんなのか…と、敵さんがご到着。

    左腕に抱え込んだ小石をひたすらファイアフライの群へと投擲。


   ゴチンゴチンといくつも命中。すると見事にヘイトが――


     「ちょ…集めすぎた!? つか大きい赤トンボだな」


   最早数も数えられない、それほどのファイアフライが空を埋め尽くし

    俺の頭上でホバリングしている。


   カチカチカカチカチカチカチ…。


   火打石を叩きあわすような音と共に、周囲を紅く染める程の

    光度と熱量を伴った…火炎放射器かこいつら。


   まだ数メートルの距離があるのに、髪が少し焦げた臭いがする。

    これ直撃したら、こんがり上手に焼けました♪ になる確実に。


   皮膚がヒリつくその最中、右腕を大きく振り払い大声で一言。


     「リバース…レジストファイア!!!」


   言い終えた瞬間、最早持続するバックドラフトの火炎地獄に飲まれた。

    周囲が真っ赤に揺らめき、足元の何かの草が黒焦げだ。

    然し、その火炎地獄の中で俺は平然としている。


   一分ぐらいだろうか、全く熱くも無いそれを全て受けきり、

    ついに周囲の炎が消えた瞬間――


    「――凍てつく空で旅する華達よ――

       虚空を通りて我が前に! フリージア・ブリゲイド!!」


   …この時、俺は少しだがクルナが魔術に拘る理由が少し判った気がした。

    剣だと地味だ。いや華はあるんだが、豪快さに欠ける。

   こう、敵を纏めて一網打尽とかそういう手合いの。


   ブリゲイド…旅団だったか。夥しい数の氷の結晶がファイアフライを

    貫き、凍りつかせ、撃ち落していく。

   すげぇなぁ。アレ、俺も欲しいなぁ…。


    「す、すげぇ…」

    「バケモノっすー」


   うん。だよねー。百以上いただろう赤トンボを纏めてだもんね。


    「当然だ。アタシん所のリーダーはスライム並みだからな」

    「火耐性0が反転して無効化になってるでぞなもし」

    

    「「「「反転!?」」」」


   あれ? 凄いってまさか、俺の事だったの?

    いや、それよりあっちの魔術師さんが落としてくれたんだ。

    一匹でも多く…って、先に動いたヴァニエラが踏み潰してまわってる。


    「あはは!! 何か煮え切らないが…まぁ良し!!!」


   結構な数が落ちた筈なのに、アッと言う間に処理してしまうのだが。


   計8人PT、物凄い効率だ。今のがざっと百として、

    更に次の群へと俺が飛び込み、敵の火炎を受けきり、

    氷の範囲魔法で撃ち落して全員で止めを刺す。


   ただひたすらその繰り返しでついに千に届こうかという頃、

    ついに全てのファイアフライを駆除したのだった。

   その最中、幾度かピンチになってたPTのファイアフライの

    ヘイトを俺が集めたり、逆に邪魔だと他PTをヴァニエラが

    蹴り飛ばして謝りまくったり、不名誉な称号を頂く事になったり。


   …スライム騎士。 やめてくれなんだそれは。

    俺は尖がり水色のぷよんぷよんに跨る小人かよ。


   いや、判っている、判っているんだ。

    この世界では国一つ滅ぼす程の凶悪なモンスターだって。

    でも、いやだぁぁぁぁぁぁ。


   多くの人達が勝ち鬨をあげる最中、

    俺だけ目に涙をためて下を向いていた。


     「うう。スライムなんて嫌いだぁぁぁぁ」


   もう、早く部屋に戻って不貞寝したい。

    一日中、涙で枕を濡らしてやる。そう、心に決めた。


   心に決めた瞬間、空間が灰色になり、ぐにゃりと歪む。


     「な、なんだ!?」

     「おいシノブ!! こりゃなんだ!?」

     「こ、ここここれ。いやぁぁぁぁぁああっ!!!」


   どうも巻き込まれたのは、俺とクルナとヴァニエラの三人のみ。

    灰色に染まる見渡す限りの瓦礫だらけの場所。


   そんな俺達の目の前に、見覚えの在る白髪の男…。


     「やぁ、早速で悪いが、少しばかり遊ばないかね?」

     「ヴィザハールさん…」


   目をつけられた。ヘイトを俺達に向けたと思った。

    でも昨日の今日だ。早過ぎるぞ。

   余りに唐突な出来事にも驚かず、身構えるヴァニエラ。

    その彼女の背後に怯えて隠れるクルナ。


   それらを一瞥すると、俺を見る。

    

    「ははは。そんなに身構え無いでくれ給え。

       ただの余興、ただの遊びですよ」


   そう言うと、荒廃した世界とでもいうべき空間に、

    彼の低めの声が響き渡った。

   

          

        


   

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ドタバタ異世界ライフ~兄よ、ストレス解消に暴れる妹のケツを叩け~ @nisimatuya666

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