喫煙所小話
@10no18
第1話 昼食後だろうが、関係ない
第一話 昼食後だろうが、関係ない。
喫煙所の扉を開けると、奥から声が聞こえてきた。
「やあ、三浦さん」佐藤は、僕が喫煙を訪れたことに気付き、煙草を持つ手を上げた。
「やあ、佐藤さん」
「今日の昼は、何を食べに行ったんだ?」
僕と彼はここ最近、昼食後十三時から十四時の間に決まって同じ喫煙所で、顔を合わせている。僕らが働くオフィスビルにあるこの喫煙所は、一階のロビーを見下ろせる五階にある。その喫煙所で、『昼に何を食べたのか』から始まる雑談が習慣となっている。いわゆるタバコミュニケーションだ。
「今日はかつ丼。カツカレー食べようとしたんだけど、かつ丼にした。佐藤さんは、何食べたの?」
「俺、温かい蕎麦」
「いいね。トッピングは?」僕が煙草を取り出しながらそう聞くと、煙を吐きながら、温玉と佐藤は言う。「美味しそうだね。僕、明日は蕎麦食べようかな」明日の昼食を発表しながら、煙草に火をつけた。食後の一服だ。
「三浦さんは、トッピングどうする?」
頭の中で、温かい蕎麦の上に乗る温玉を想像する。「天ぷらも頼みたいな」
「天ぷらか。どんな天ぷらにするんだ。かき揚げや、海老、イカ、鯵、きのこ、野菜、色々あるぞ」
「全部だよ。全部に決まっているじゃないか」即答で返した。全くの愚問だ。その店に売っているあらゆる天ぷらを食べるに決まっている。
「三浦さんは、すごいな」佐藤は眉を上げ、僕を見る。
「だって、天ぷら美味しいじゃん。天ぷらなんて、お店でしか食べられないしさ」
天ぷらを家で作るとなると手間も時間もかかる。そう考えると、お店で天ぷらをたらふく食べるなんて、当然なはず。
「いやいや、そうじゃなくて」煙草の火を消しながら佐藤は言った。
「じゃあ、どういうこと?」と僕が聞き返すと、佐藤は言った。さっきかつ丼食べてきたばかりじゃないか、と。
「さっき、かつ丼食べてきたって話ししたばかりなのに、もう明日の昼に食何食べるか決めている。驚きだ」佐藤は目を細め、微笑する。
「だ、だって食べたいんだもん、天ぷらそば」笑われることではないはずだ。
「いや、食べたい、と言われても。かつ丼食べたばかりだろ。あと、どうせ大盛りだ。大盛りのかつ丼」佐藤は笑いながら言い続ける。「もうかつ丼食べたことを忘れたのか?」
「そ、そんなわけないだろ。ちゃんと覚えているよ。昼に食べた特盛のかつ丼の味はしっかり覚えているよ」僕が佐藤にそうぶつけると、特盛の事実に驚きながら、流石だな三浦さん。と僕を褒める、いや、馬鹿にする。
「笑いすぎて煙草の火が着けられない。腹筋痛いし、疲れた。俺」佐藤さんは煙草を咥えたまま、わき腹を押さえている。
「佐藤さんは天ぷら好きじゃないの?」
「好きさ。だが、俺は昼食後直ぐに天ぷらの発想を思い浮かべたことがない」
「僕は思うの。僕は明日の昼、天ぷらそばを食べる。以上、終わり。これ以上僕を笑はないでくれ」決意表明とともに僕は煙草の火を消した。
喫煙所小話 @10no18
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