第23話 ゼロの領域

 サニーが目を覚ますと闇の中だった。


(今は……夜ね……)


 魔術で光球を生み出すと、よく見知った天井がある。

 寮の――おそらく自分の部屋だろう。


 ――何やら身体に圧迫感がある。


(誰か……いるッ!?)


 意を決して左横を見ると、さっきまで戦っていた相手と目が合った。

 クローディアが抱きついていたのだ。


「ひっ!?」


 サニーは慌ててクローディアを引き剥がしながら上半身を起こす。

 布団が捲られ、クローディアが一糸まとわぬ姿であることがわかった。


「なんでアンタがいるのよッ!?」

「大親友なのですから同じベッドで寝るくらいは当然ですわ♡」

「勝手に変な常識作らないでくれる? あと、勝手に大親友にしないでくれる?」

「それでは超親友――」

「だ~~~ッ! まずはベッドから出ろッ!」

「仕方ありませんわね」

 

 そう言いながらクローディアはベッドから出た。


「あと、なんで裸なのよッ!?」

「少しでもサニーさんのぬくもりを直接肌で感じたくて……」

「……そこは深く掘り下げないことにするわ。服を着なさい」

「仕方ありませんわね」


 そう言いながらいそいそと制服を着る。


「ところで、決闘はどうなったのよ?」

「サニーさんは見事勝ちましたが、その後意識を失ってしまいましたわ。ただ、それほど深刻なものではないと判断され、寮の部屋に寝かしておくことになりましたの。その後、ワタクシがこっそり忍び込みましたわ」

「こっそりなの!? それはまぁいいわ。とりあえずアタシが勝ったのは間違いなのよね?」

「はい♡」

「負けた割には嬉しそうね」

「勝ち負けよりも全力で強い相手と戦うことに意味がありますから♪」

「全く理解できない価値観だわ……。以前にアンタとアタシが似ていると言ったことを後悔しそうよ」

「下級貴族の娘同士という深い絆がありますわ」

「……とりあえず約束は守ってもらうわよ。明日からマリアさんの稽古を受けさせてもらうわ」

「もちろんですわ」

「今は……20時25分くらいね……」

「そうですわね……」


 部屋には時計があるが、別にそれを見たわけではない。

 二人共異常に体内時計が正確なのだ。


「夕食を食べ損なったわね……」


 一食抜いたから大きく困るということはないが、損した気分である。


「そんなこともあろうかと、食事を用意していましたのよ」


 机の上にはバスケットが置かれていた。


「中にはサンドイッチが入っていますわ。具材は様々でして、ワタクシのオススメは鶏肉をデープフライしたものですわ」

「美味しそうだけどアンタの施しは受けられないわ」

「正確にはワタクシからではありませんの」

「どういうことよ?」

「マリアが自主的に用意しましたの。弟子の面倒を見るのは当然とか言いいまして。ただ、学院内には入れませんので、ワタクシが代わりに、ということですわ」

「弟子といっても無給なのにそこまでしなくても……」

「無給ではありません。負けてしまったのはワタクシの責任ですので、サニーさんの授業料はワタクシが支払いますわ」

「アンタ、そんなにお金あったっけ?」

「まぁ、そこはおいおい考えますが、どうにもならなければマリアから借金しますわ」

「おいおい……ね。さて、風呂だけでも入っておこうかしら。というわけだから、アンタも帰りなさい。バスケットは明日返すわ」


    *


「なんで、アンタも入るのよ?」


 サニーが浴場に向かうと、なぜかクローディアも付いて来た。

 二人で脱衣所に入る。


「やはり超親友同士、裸の付き合いというものがあって然るべきかと思いますわ」

「全く然るべきではないわ」

「ワタクシ、寮のお風呂というものに入ってみたかったのですわ」

「アンタの家ってお風呂がなかったわよね?」

「実家にはちゃんとありますのよ?」

「今住んでいるところの話に決まってるでしょ!」

「公衆浴場に通っていますわ」

「アタシ、公衆浴場って行ったことないのよね。一回行ってみようかしら」

「ぜひワタクシと一緒に参りましょう!」

「イヤよ」


 話しながら制服をスルスルと脱いでいく。

 頭の薔薇はいつの間にかなくなっていた。


「入浴時は頭の花を引っ込めるのね……」

「当然ですわ。まさかサニーさんは頭に花を生やしたまま入浴しますの?」

「するわけないでしょ!」


 脱衣が終わった二人は浴場へ。

 あれほど攻撃を受けたにも関わらず、両者の肌には傷一つない。


「ふ~ん、いつも通っている公衆浴場に比べて狭いですが上質な感じはしますわね」

「まぁ、魔術学院は資金豊富だからね。そういえばアンタってどうして寮に住んでないの? 従者がいないのがイヤだった?」

「両親がマリアが一緒でないと心配だと」

「なるほど、わかるわ~」


 サニーは深く頷いた。

 こんな問題児、監視を数人は付けたいだろう。

 だが、量より質ということか、マリア1人に任されている。


「さて、サニーさんの身体を洗って差し上げますわ♡」

「いらないわよ」

「それでは、サニーさんはワタクシの身体を洗わなくてもいいことにしますわ」

「どういうトレードオフなのよっ!?」


 結局、クローディアが強引かつ一方的にサニーの身体を洗った。


「なんていうか、魂が汚れた気がするわ」


 そう言いながら湯船に使った。


「気のせいですわ。ワタクシが丹精込めて洗ったのですから、魂まで浄化されてましてよ♪」


 自分を洗い終わったクローディアは浴槽に近付くと、掌の上に山盛りの薔薇の花弁を生み出した。


「ふぅ~~~♪」


 クローディアが息を吹くと、花弁が舞い落ちて湯に浮かぶ。


「なかなかエレガントになりましたわ♪」


 サニーが慌てる。


「うわあああああ、何やっているのよ!」

「何って、演出ですわ♪」

「公共物で勝手なことをやるなああああッ!」

「公衆浴場の管理人みたいなことを言いますのね」

「やったんかい!」

「やりましたわ。美意識の欠如した方で、危うく出禁になるところでしたわ。必死に頭を下げたマリアがかわいそうでしたわね」

「本当にかわいそうね!」

「とりあえず、出る時には全て消滅させますから」

「本当よね?」

「当然です。貴族の誇りに賭けて嘘はありません」

「まったく……」


(だけど、なんかいい香りがするわ。決闘のストレスが抜けていく気がする……。そもそもクローディアっていつも微妙にいい匂いさせてるのよね……)


 こうしてクローディアとサニーは裸の付き合いで親交を深めた……のか?

 ちなみにバスケットはクローディアが持って帰った。


    *


 ――次の日の放課後、城壁近くの牧草地で木材同士がぶつかる音が響く。

 クローディア――ではなくサニーとマリアが激しく木刀を打ち合っている。

 約束通り、マリアはサニーに剣術の稽古をつけているのだ。


「はあああああッ!」


 マリアは勢いよく打ち込むがサニーは華麗に受け流す。

 そこから必中の攻撃を放ったかに思えたが、次の瞬間には木剣を首元に突きつけられていた。


「やっぱり強いわね、マリアさん」

「サニー様も相当なものです。天才であるこの私にここまで食い下がるとは……」


(マリアさんが天才なのは間違っていないと思うけど、それを自分で言っちゃうの!? やっぱりクローディアの従者をするにはこれくらい強気じゃないとダメなのでしょうね……。もしかしてアタシももっと強気にならないといけないのかしら? 決闘卿もそれっぽいことおっしゃっていたし……?)


「先日の戦いを見ていて思ったのですが、サニー様はすでに究極奥義を習得されているようです」

「究極奥義……?」

「サニー様が決闘の終盤で見せた動き――あれこそが究極奥義で『ゼロの領域』と呼ばれています」

「『ゼロの領域』……?」


 そう呟きながら、昨日の決闘を思い返す。


(確かにあの時、アタシは限界を超えて研ぎ澄まされていた……)


「はい。極限まで無駄をゼロにする――そういう意味で名付けられています。ですが、私のような雌犬風情が会得したところで魔術師にかかればゴミ虫同然ですが――」


(なんで急に自虐的になるのよっ!?)


「魔術師であるサニー様が会得すれば大きな武器になるでしょう。現にかなりの魔力差を覆してお嬢様に勝てました。ですが、決闘後にかなりの反動が見られました。まだ完全に自分のモノにしていないからです」

「確かにあの後倒れてしまったわね」

「最終的には戦闘中は常時あの状態でなければなりません。私ほどになると日常的にその状態を維持できます。今もです」

「えっ!? そうですの?」

「嘘に決まってるでしょ! 少なくとも今は違うわ」

「はい。実は『ゼロの領域』に入った人間はかなり“不自然”ですので、周囲の人間に恐怖感を与えます」

「そういえば……」


 クローディアはサニーとの戦いを思い出して納得したようだ。

 そしてマリアという人物は表面的な印象に反してとてもよく冗談を言うことを理解した。


「マリアがいつも怖い顔しているから信じてしまいましたわ」


 マリアはクローディアを鋭く睨みつける。


「ひっ!」


 クローディアは反射的に変な声を出した。


「それで、どうすればいいの?」


 サニーは話を先に進めようとする。


「サニー様は最も高いハードルである“あの状態になること”をすでにクリアしています。あとはあの状態で戦い続ければいいのです。ただし、その後動けなくなっては困りますから時間を制限します。初めは1分、慣れてきたら2分……という感じです」

「なるほど」

「それではお嬢様、時間が来たら教えてください」

「嫌ですわ、ワタクシもサニーさんと戦いたいのですわっ!」

「はぁ?」

「お嬢様のワガママで申し訳ありませんが、一回ぐらいやらせてあげてください」

「しょうがないわね……」

「ありがとうございます。では、私が時計を計ります」


 マリアはそう言ってどこからともなく砂時計を取り出した。

 クローディアとサニーは互いに木剣を構えて向かい合う。


「初めッ!」


 マリアは合図と同時に砂時計をひっくり返す。

 サニーは『ゼロの領域』に入り、そしてクローディアもそれを感じ取った。


(あの時の目ですわ……)


「やあああああッ!」

「…………ッ!」


 クローディアとサニーは木剣を打ち合うが、すぐに勝負が着いてしまった。


「はぁ……、10秒くらいしか保ちませんでしたね」


 マリアはわざとらしくため息をついた。


「サニーさん、明らかにマリアより強いですわよ?」

「いえ、お嬢様を相手にする時は手加減していますから」

「なっ……!?」


 衝撃の事実にクローディアは膝をついた。


「それでは、今度こそ私がやります。お嬢様は時間を計っていてください」

「……仕方ありませんわね」


 こうしてサニーはマリアの下で剣術の能力をさらに上げていくのだった。

 だが、それを黙って見ているクローディアではない!


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お嬢様は決闘がお好きっ! 森野コウイチ @koichiworks

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