お嬢様は決闘がお好きっ！

第22話 全力のその先へ

（予想よりも早いッ！　だけど、そもそも予想なんてアタシが勝手にやったこと）

「それ～っ！」

　蔓の鞭がサニーの剣に絡まり、引っ張られる。

　これはサニーとってはまずい。

　純粋なパワー比べになるからだ。

　サニーは一気にクローディアに接近しようとするが、できなかった。

「進めないっ！　どういうことよッ！？」

「普通の鞭とは違いましてよっ！」

　この鞭、比喩ではなく本当に自在に動くのである。

　つまり、後ろに引っ張ることも可能なのだ。

　そしてサニーの身体は浮き上がる。

　これは腕力だけではない、クローディアは反重力魔術を使っているのだ。

「くっ……！」

「フェアハート選手、ものすごい力で剣を引っ張られています！」

　このままでは壁か地面に激突する――そう考えたサニーは剣を手放した。

　武器を失ったサニーに対してクローディアはここぞとばかりに斬撃を仕掛ける！

　そしてクローディアの刃はサニーを肩に届こうとしている。

　ついにサニーにもダメージが入――らなかった。

　クローディアの剣は陶器の如くバラバラに砕け散ったのだ。

「なんですのっ！？」

（――やってしまった）

　鋼鉄の剣でサニーにダメージを与えることはできない。

　サニーは鋼鉄を操るのが得意だ。

　得意過ぎて自身に触れた瞬間に破壊してしまう。

　クローディアの剣を破壊したのは失敗だった。

　だが、大人しく斬られるわけにもいかない。

　ともかく相手に大きな隙ができた以上、この瞬間を逃してはならない。

「あたたたたたッ！」

　サニーは怒涛の連続拳を叩き込む！

　彼女の骨は鋼鉄に置き換えられているため、その威力は極めて大きい。

（とりあえず肋骨は全部折ったはず――！）

「てやああああッ！」

　そして回し蹴りで大きく吹っ飛ばし、サニーは観客席際の壁に激突する。

　壁にヒビが入り、その上にいる観客たちが大きく騒ぐ。

「おーっと、フェアハート選手、相手の剣を砕いたところから凄まじい連続攻撃だあああああッ！」

　もちろん、クローディアはすぐに回復するが、かなり多くの魔力を消費した。

　クローディアが回復している間にサニーは剣を拾う。

「はぁ……」

　サニーはため息をついた。

　あっさりと回復されてしまったことに対してではない。

　回復を待たなければならなかったことに対してだ。

　剣を破壊した直後に本気で攻撃していればクローディアを殺すことは可能だったであろう。

　だが、それではダメなのだ。相手を殺してはいけないのだ。

　殺さずに戦闘不能に追い込む、それだけが学内決闘で勝利する唯一の道なのである。

　だが、もしも殺してもいいルールだったとして、サニーにクローディアを殺すことができるだろうか？

　それはできない。殺し合うには二人は近付きすぎてしまったからだ。

「……やりますわね。さすがはサニーさんですわ」

「褒める余裕があるようじゃ、アタシもまだまだね」

「ワタクシも本気の中の本気を出します！　はあああああッ！！」

　クローディアは“猛獣（ビースト）形態（モード）”に変異した。

「これは――！　決闘伯爵との戦いで見せた姿です！

　爪と牙は猛獣の如く鋭く長くなっています。

　頭の薔薇が変化していますが、あれは薔薇の原種です。

　決闘伯爵との戦いでは理性を失っていましたが今回はどうでしょうか！？」

「……どーなのよ？」

「もちろん、大丈夫ですわ。以前のようなお見苦しい姿をお見せすることはありません」

「……それはよかったわ」

　もちろん、ただの強がりである。

　クローディアからの極めて明瞭な返答にサニーの表情はますます険しくなった。

　決闘伯爵と戦った時のように理性のない状態なら勝つのは難しくなかっただろう。

　動きが読みやすいからだ。

　結果的にそれは無駄な期待だったらしい。

　自分が日々進歩するように相手も成長するのだ。

　クローディアは再び蔓の鞭を振り回す。

　これはうかつに防御できない。

　サニーは逃げ回りながら爆発魔術を放つが、同じくクローディアも爆発魔術を返してくる。

　パワーの差でサニーが怯んだところに蔓の鞭が襲いかかってくる。

　避けられない――仕方なく剣に巻き付かせる。

「どうです？　これで剣は封じましてよッ！」

「それはどうかしら？　意地があるのよ、女の子にはッ！」

　サニーは懐から短剣を取り出すと、蔓をスパッと切断した。

「おおっ！？」

　クローディアは目を丸くする。

「おーっと、フェアハート選手、懐に短剣を隠し持っていたあああ！

　これはルール違反ではありません！　引き続き決闘をお楽しみください！」

　一時的に危機を脱したが、依然としてクローディアが優勢である。

　サニーは遠距離攻撃の手段が乏しい。

　つまり距離を離した状態では一方的にダメージを負ってしまう。

　このままではクローディアより先にサニーが力尽きる。

（賭けるしか……ないわね……。アタシ自身のの可能性に――！）

　そしてサニーは本気のその先へ踏み出した。

　次の瞬間、クローディアはサニーの目つきを見てギョッとした。

　喜びも怒りも悲しみも恐れも何も見出すことはできなかったからだ。

　サニーが一気に距離を詰める。

　もちろんクローディアの近接攻撃は強力だが、離れてジリ貧になるよりはマシということだ。

　クローディアは蔓の鞭を頭部に戻して獣を思わせる構えを取る。

「さぁ、勝負ですわよッ！」

「…………ッ！」

　クローディアはパワーもスピードもさらに増したというのに苦戦している。

　サニーの集中力が極限まで研ぎ澄まされているからだ。

　圧倒的に不利な状況で折れるはずの心を鋼で固めた結果である。

　その卓越した技術はもはやクローディアの攻撃を受け流すどころか、その強大なパワーをそのまま相手に返せるようになった。

　サニーは着実にクローディアにダメージを与えていく。

　一方でクローディアの動きは鈍っている。

　やはりクローディアは追い詰められると弱いゼリーメンタルなのだ。

　これまで異常にリスクを取ろうとしていたのは、無意識にそんな自分を変えようとしていたから――なのかもしれない。

「ワタクシは……ワタクシは……ッ！！」

「…………」

　狼狽えるクローディアを捉えるサニーの瞳は冷たい。

　馬鹿にしているわけではない。

　見下しているわけではない。

　そんな余計なものはすべてカットしている。

　相手より先に自分の感情を切り落としている。

　勝利のためにただひたすらに最適な行動を選択肢続ける存在、それが今のサニーである。

　だが、クローディアも押されっぱなしのままのわけがない。

　左手に魔力を集めて剣身を掴んだのだ。

「…………ッ！？」

「うりゃああああああああああッ！」

　クローディアの右拳がサニーの胸部に直撃する。

　だが、サニーはその瞬間、微かに笑ったのだ！

（この感触！　確かにサニーさんの骨は鋼鉄――）

（予め来るとわかっていれば、一発ぐらい耐えられるのよッ！）

　クローディアがそれに気が付いたときにはもう遅かった。

　サニーの左掌がクローディアの腹部に触れる。

　次の瞬間、クローディアの背面から鋼鉄の棘が多数生えた。

「ぐはっ……」

　あまりにも壮絶な光景――。

　これはサニーが『鋼（ソリッド）爆殺（エクスプロージョン）』と呼んでいる魔術である。

　対象の内部に鋼鉄を出現させて身体を一気に破壊するのだ。

　魔術師相手に成功させるためには相手に触れる必要がある。

　鋼鉄の棘はすぐに消滅したが、クローディアは倒れて動かない。

　だが、死んではない。

　そこまで計算しての一撃である。

「お嬢様あああああっ！」

　さすがのマリアもこれには叫ばざるを得なかった。

　逆にそれ以上はどうしようもなく、ただ見守ることしかできない。

「こ、これは……勝者、フェアハート選手！

　ウィンフィールド選手の回復をお願いします！」

　マルシアは勝利宣言をすると回復係を呼ぶ。

　すでに回復担当者は動き始めていた。

　目的を果たしたサニーの雰囲気が元に戻った。

　そして膝を付き、呼吸が荒くなり、滝のような汗が流れる。

　これまで抑えていた感情による負担が一気に押し寄せてきたのだ。

「ぐっ……がっ……。

　う、うああああああああああああああああああああッッ！！」

　まるで発狂したかの如き叫び声に会場が静まり返る。

　だが、それも間もなく収まった。

「ハァハァ……アタシは勝った……勝ったんだあああああ！」

　そして今度は明らかな勝利の叫び。

　それに呼応するように観客席からもものすごい歓声が巻き起こった。

「サニーさ～ん♡」

　復活したクローディアはサニーに抱きつく。

　まだクローディアの頭部の花は萎れているから全快とはほど遠いことがわかる。

「おめでとうございます、サニーさん！

　よくぞワタクシを打ち破りましたわね」

「な、なんで負けたのにエラソーなのよ？」

「ワタクシが偉いのは自明ですわ」

「……アンタがもっと合理的な人間だったらアタシは勝てなかったわ。

　アンタがアタシだったらアタシは負けていた……」

　そう、今回のサニーの勝利はあくまで作戦勝ちに近い。

　結果的にではあるが、クローディアの剣を修理した時からすでに戦いは始まっていたのだ。

「言っている意味がよくわかりませんわ。

　ワタクシはワタクシ、サニーさんはサニーさんです」

「そうね、魔術は個人性が強い――だったわね」

「それではワタクシはマリアと一緒に食事に参りますわ。

　サニーさんもご一緒にいかかでしょう？」

「いや、アタシは寮で休むわ。じゃあね～」

　サニーは手をひらひら振りながら去ろうとして――倒れた。