▶︎▷ジントニック
街の灯りが静かに消え行く頃。
今宵もまた一日の終わりを迎える方もいらっしゃれば始まりを求める方も。
さて……本日の『Sun do Leon』は……
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「いらっしゃいませ」
「こんばんわ、えっと……」
「どうぞ、カウンターの方で宜しいでしょうか?」
「あ、はい、ありがとうございます」
カウンターへと腰掛けたのは若い男性2人組。
共に皺のないリクルートスーツなところを見る限り、近くの企業に就職したばかりの新社会人だろう。
「す、素敵なお店ですね」
「ありがとうございます」
落ち着かない感じでキョロキョロとしているのを見ていると微笑ましい気持ちになる。
「ご注文はいかが致しましょうか?」
「えっと、あ、あのと、とりあえずビールを」
「お、俺も同じで」
「かしこまりました」
サーバーからビールを注いでいると二人の会話が耳に入ってくる。
「しっかしびっくりしたよな?まさかお前がいるとはなぁ」
「それはこっちのセリフだぜ!何年ぶりだよ?中学以来か?」
「10年ぶりくらいか?お前全然連絡寄越さねーからさ」
「お互いさまだろ?」
「ははは、それもそうか」
話が一区切りついたところでビールをそっとカウンターへ置く。
「おっ!じゃあ久しぶりの再会に!」
「おう!」
「「乾杯!!」」
お二人が乾杯をした頃、ステージではオーナーと常連様が次の曲に移ったばかりだった。
恐らくオーナーが聞き耳を立てていたのだろう、数年前に流行った曲で確かドラマの主題歌にもなった男同士の友情を描いた曲だったはず。
こちらをチラッと見てニヤリとするオーナーを少しカッコイイと思ってしまったのは不覚だ。
「お二人はお近くの会社の方ですか?」
「え?は、はい。NS工業ってとこです。知ってます?」
そう答えたのは座ったときに素敵な店ですねと言って下さった方で日に焼けた顔に短い髪がよく似合うスポーツマンタイプの男性。
仮にN様としておこう。
「はい、存じております」
「わはっ、結構有名なんじゃね?うちの会社って」
N様の肩を叩き嬉しそうなこちらの男性は正反対な方で茶髪の如何にも今時の若者といった感じだ。
こちらはS様としておきましょう。
「そっか……そんなところでお前と一緒になるってホント驚きだよな」
「お二人は御学友でございますか?」
「ええ、こいつとは幼稚園からずっと一緒だったんだけどさ、高校が別々になって会わなくなっちゃってさ。で、就職してびっくりよ!」
「ホント驚いたよな!お前頭良かったからもっとでかい企業に就職してると思ってたよ」
「ははは、ちょっと訳があってな。どうしてもここで働きたかったんだ」
ビールを飲み干して空のジョッキを真剣な表情で見るS様。
「へぇ、お前が言うなんてよっぽどだよな。何だよ?聞かせろよ」
「あ〜そんな大した理由じゃないけどさ……」
S様はそう言って話し出した。
大学2年の時にS様はNS工業で少しの間アルバイトをしていた。
営業や事務職ではなく工業内の製造ラインでのアルバイトで結構な力仕事もあり数日で辞めようと思ったという。
辞めるつもりで工場に行くと工業の人達が皆テレビの前に座り人工衛星の打ち上げを真剣に観ていたそうだ。その余りに真剣な雰囲気に辞めることを言い出せなく一緒に打ち上げを観ていると、見事に衛星が打ち上げられた瞬間、工業内は大歓声に包まれ中には泣いている人もいたそうだ。
理由を聞けばあの衛星に使われている部品をこの工場で作っているらしく、職人が一つ一つ手作業で丹精込めて作っていることを知った。
「こんなちっこい部品一つなかったらアレは飛ばないんだぜ?俺達がコイツを完璧に仕上げないとアレは飛ばないんだぜ?どうよ兄ちゃん!すげぇだろ!」
だが S様はこの日限りでアルバイトを辞めて真剣にこの工業に就職するために勉強と知識を身につけることにし念願叶って就職することが出来たそうだ。
「うぅっ、ぐすっ、お前……カッコいい!カッコよすぎるぜ!」
「うわっ!きったねぇな!鼻水くらい拭けよ!」
「わ、悪い……つい興奮して……」
「全く……まだ就職出来ただけなんだからさ、まだまだこれからなんだからさ」
「お、おう、そ、そうだよな!俺もまだこれからだからな!」
「そもそもさ、工場の方に行けるかもわかんねーからな。ってかお前はどうなんだ?」
「俺?俺はもちろん営業よ!バンバン営業行ってトップ取ったるわ」
「ははは、じゃああれだな、俺が作ってお前が売り込んでくれりゃ完璧じゃねーか」
カウンターのこちら側でそんなお二人の話を聞いていてつい目頭が熱くなってしまう。
男性同士の友情は響くものがあります。
「何かお作り致しましょうか?」
「あ、そうだなぁ……こう何か記念になるようなのがいいよな?」
「おう、あ、でも俺あんま酒強くないぞ」
「お前なぁ……」
ははは、と顔を見合わせて笑うお二人を眺めつつ私はそんなお二人の門出を祝うようなカクテルを用意する。
「どうぞ、ジントニックでございます」
「ジントニック?良く聞く名前だよな?」
「ああ、コンビニとかで買ったことあるぞ」
「有名なカクテルでございますから……」
「これが記念になるようなカクテルなんですか?」
「はい、ジントニック、カクテル言葉は……『諦めない強い意志』でございます」
「諦めない強い意志……」
「はい、
お二人は互いに顔を見合わせて笑い二度目の乾杯をした。
「ごちそう様でした!」
「また来ます!」
「ありがとうございます。またのお越しをお待ちしております」
カランカランと鐘の音と共にお二人は連れ立って店を出る。
「宜しかったのですか?お声をお掛けにならなくて」
「そんな野暮なことはしないさ、するとすれば……そうだな……配属先を工場と営業にしてやることくらいさ」
「ふふっきっと驚かれますよ?」
「あ〜内緒だからね?千尋さん」
「分かっております」
悪戯っ子のような笑顔を振りまきステージへと戻っていく、
いつになるかは分からないが、ひとつ細やかな楽しみが出来た夜だった。
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本日のカクテル:ジントニック
レシピ:ジン、トニックウォーター
テイスト:中甘〜やや辛口
ベース:ジン
手法:ビルド
グラス:タンブラー
アルコール度数:12度前後
カクテル言葉:諦めない強い意志
チョコより苦くビターより甘い 揣 仁希(低浮上) @hakariniki
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