▶︎▷カリフォルニア・レモネード


 夏の終わりの涼やかな夜半。


 今宵もまた一日の終わりを迎える方もいらっしゃれば始まりを求める方も。


 さて……本日の『Sun do Leon』は……




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 柱時計の針が11時を過ぎた頃、オーナーと常連のお客様がセッションをしお集まりの皆様はステージへと目を向け耳を傾けている。


 私もカウンターの中で小刻みにリズムを踏みグラスを磨いていた。


 カランカラン


「いらっしゃいませ、あら?」


「こんばんわ、千尋」


「お久しぶりですね、ここに来られるのは」


 カウンターのスツールを勧めながら私は久しぶりに会う旧友を見つめる。


 佐々木 雪ささき ゆき、私がピアニストを目指していた幼少の頃からの友人でこの近くに勤めている。


「ちょっと仕事が遅くなっちゃってさ、たまには一杯飲んで帰ろうかと思って」


「それはありがとうございます」


「おっ?余所行きの千尋もいい顔してるね!」


「……ご注文は?」


「あはは、そんな顔しないでっ!凪沙くんに嫌われるぞ?」


「旦那様はこの顔も好きだと言ってくれます」


「ありゃ?薮蛇?」


「薮蛇です、私の全ては旦那様ありきですから」


「よくもまぁそんなにサラッと言えるもんだねぇ?あ、とりあえずビール」


「かしこまりました」


 彼女がオーダーをした時にはセッションを見にお客様がステージ前に移動した為、カウンターには私と彼女二人だけになっていた。


「千尋も普段通りに話していいんじゃない?」


「はぁ……皆様がお戻りになるまでですよ、雪」


「ははは、ほいっ!千尋も!はい!かんぱーい!」


「全く……雪はちょっと落ち着きを持った方がいいわよ」

 仕方なく彼女とグラスをカチンと合わせる。

「ええ?それは無理だよ!無理!私千尋みたいな器用じゃないもん」


「私は仕事とプライベートをきちんと区別してるだけよ」


「それが器用だっつーの、て言うか千尋の場合は凪沙くんの前とそれ以外だよね」


「旦那様は特別だからね」


「はいはい、ご馳走様ですぅ〜」


 グビグビとビールを飲む姿は、会社帰りの中年の男性のよう。

 幼い頃からよく知っているが彼女は自分というものをしっかり持った女性だ。

 何事にも前向きで、好き嫌いもハッキリしているがサバサバした性格。

 ショートカットがよく似合うどちらかと言えば男の子のような雰囲気を持っているため学生時代は主に女子からモテたのを覚えている。


「仕事は順調?」


「まあボチボチね、来月からちょっとアメリカに行くからさ。その前にちょっと顔見とこうと思ってね」


「アメリカ?取引で?」


「そ、若い子達も連れてちょっとね」


 彼女は外資系の企業に勤めていて若いながら結構な地位についていると聞いたことがある。

 本人に聞いても、それなりそれなりとはぐらかされるので実際のところは分からない。


 しばらくの間、そんな話をしているとステージの方では拍手が上がって常連様方が次の曲を演奏し始めていた。

 先程とは違うスローテンポの曲、確か南米の兄弟デュオの曲で90年代を代表する一曲。


「千尋、何か作ってよ。餞別にさ」


「餞別って……」


「いいじゃん、別に奢ってくれって言ってないし」


「もぅっ……奢ってあげるわよ」


「あはっ、催促したみたいで悪いね。あいたっ」


 コツンと雪のおでこをつついて私は彼女の為にカクテルを作る。

 ウイスキーにレモン、ライム、グレナデンシロップに炭酸……


「どうぞ」


「わっ!いい匂い!何てカクテル?」


「カリフォルニア・レモネードよ」


「あれ?私カリフォルニアに行くって言ったっけ?」


「何となくそんな気がしたからね」


「流石!親友!」


 カリフォルニア・レモネード。

 ホント、彼女にぴったりなカクテル。


 カクテル言葉は────『変わらない感謝を』



 …………



「そろそろ帰るね」


「また帰ってきたら来なさいね」


「うん!凪沙くんにもよろしくね!」


 手を振り元気よく帰っていく彼女。


「またのお越しをお待ちしております」


 次に会うのはいつになるだろうか?きっと彼女のことだからふらっと帰ってきて忘れた頃に来るんだろうなと思った。



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 本日のカクテル:カリフォルニア・レモネード


 レシピ:ウイスキー、レモンジュース、ライムジュース、グレナデンシロップ、砂糖、炭酸水


 テイスト:中甘〜やや辛口


 ベース:ウイスキー


 手法:シェイク&ビルド


 グラス:コリンズグラス


 アルコール度数:13度前後


 カクテル言葉:変わらない感謝を


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