▶︎▷コープス・リバイバー


 降り続く雨が夜の街の灯りに煌めく深夜。


 今宵もまた一日の終わりを迎える方もいらっしゃれば始まりを求める方も。


 さて……本日の『Sun do Leon』は……




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「いらっしゃいませ」


「こんばんは、千尋さん」


「これは観月様、お久しぶりでございます」


 肩にかかった雨の雫を払いながらドアを開け女性をさり気なくエスコートする男性──観月 雅文みずき まさふみ氏、私の愛する夫、凪沙くんの師にあたる方だ。


「ご無沙汰です、千尋さん」


「お久しぶりでございます、夏子様」


 妻の夏子様を伴いカウンター席へと腰掛け彼女へ穏やかな笑みを向ける。


 観月 雅文氏、職業パティシエ。


 凪沙くんがパティシエを志したのは、この観月氏との出会いがあったからこそだと本人が話していた。


 幼い頃の凪沙くんは観月氏のパティスリーで食べたタルトの味が忘れられず高校卒業と同時に彼に弟子入りしたそうだ。


 奥様の夏子様もパティシエでおふたりで表参道にお店を出していると聞いている。


「お久しぶりです、オーナー」


「やあ、いらっしゃい。随分とご無沙汰じゃないかい?」


 カウンターの隅で紫煙を燻らせていたオーナーが観月氏と親しげに話している。


 確かオーナーと観月氏は旧知の仲で付き合いもかなり長いと言っていたのを思い出す。


「ええ、ここのところ忙しくて中々時間がね」


「お忙しいそうですね、テレビや雑誌でよく拝見させて頂いております」


「ははは、ありがとう。そういう千尋さんご自慢の旦那さんもよく見かけるよ」


「観月様のご指導のおかげでございます」


「ふふっ主人たら凪沙くんが載ってる雑誌を見ては自分のことみたいに嬉しそうに話すんですよ」


「ちょ、ちょっと、何もここで言わなくても……ははは、まいったな」


 独立してからでもこうして目をかけてくれる方がいるからこそ旦那様は頑張れるのだとつくづく思う。


「ご注文は何になされますか?」


「そうだね……ここはひとつ変わったのを頼もうかな」


「あら?またどこかで飲んできたのかしら?」


「ああ、ちょっとこないだね」


 観月様の奥様を見つめる瞳は限りない優しさに溢れている。そして夏子様が観月様を見る目も。


「んんっ!他所でやってくれんか?全く……」


 オーナーが大袈裟に嘆いてみせるものだから私と観月様夫妻は顔を見合わせ笑ってしまう。


「千尋さんはご存知かな?コープス・リバイバーを」


「コープス・リバイバー……はい、存じております」


「流石……じゃあ私はジンベースで、妻にはブランデーベースをお願いするよ」


「かしこまりました」


「コープス・リバイバー?聞いたことないカクテルね。少し怖そうだけど楽しみだわ」


「ふふっ私もね、お前に是非と思ったんでね」


 コープス・リバイバー。

 確かにお二人にはぴったりなカクテル。


 カクテル言葉は────『死んでも貴方と』


 いつまでも添い遂げられるようにとの想いの込められたカクテルで死が二人を分かつとも永遠にと願う。

 又、愛故に死者すらも蘇らせると。



「おまたせ致しました」


 ジンベースの白とブランデーベースの赤。


「まぁ!綺麗なカクテルね」


「だろう?」


 カチンとグラスを合わせるお二人にはカクテル言葉を告げる必要がないと思ってしまう。



 …………



「じゃあ、私達はこれで」


「ご馳走様でした」


「ありがとうございます」


「凪沙くんにも宜しく伝えてくれ、たまには店に顔を見せるようにと」


「はい、かしこまりました」


「ふふっ本当は貴方が会いたいのでしょう?」


「な、……はぁお前には敵わないな」


 来店された時同様にさり気なくエスコートして扉をくぐるお二人。


「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」


「やれやれ、来るたびに惚れ話を聞かされる身にもなってほしいものだね」


 オーナーがそう言って常連様方と笑い合っていた。




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 本日のカクテル:コープス・リバイバー


 レシピ:ブランデー、カルヴァドス、スイート・ベルモット


 テイスト:中甘〜辛口


 ベース:ブランデー


 手法:ステア


 グラス:カクテルグラス


 アルコール度数:35度前後


 カクテル言葉:死んでも貴方と



 注:No1のブランデーベースはステア、No2のジンベースはシェイク。

 No3、No4は共にブランデーベース。

 注文の際はNoを指定する方が良いかも?




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