第3話  竜という種

 本来、彼ら勇者が進むべき道を逆走しているエピラスは、デカルスから谷と樹林を一つづつ超えた先にあるノナークという街を目指す。勇者が魔王の城――つまりエピラス宅にたどり着くためには10の街を経由しなければならないのだ。


 デカルスは非常に小さい町だが、ノナークは周囲に無尽蔵と居る敵を防ぐために大規模な防衛兵器を敷いていて、それに比例して発展した街である。


 ――この世界における敵とは、何もモンスターや自然災害だけでは無い。悪意を持って正義をなす人間も相応に危ないのだ。


「ここからは確か、谷を渡るんだったな」


 水音が聞こえる。デカルスとノナークの間には険しい山が横たわっており、少数ながらここで倒れる勇者も居た。ので、少しづつ降りて行かなければならない。既に小さな林に差し掛かっている二人は木の根や枝を器用に伝い、深い渓谷をおりていく。


「エピラス様、空気が変わりました」

「なんかに見られてるな……人じゃ無さそうだが」

「とすれば魔獣……この辺りは竜種の目撃もあるそうですよ」

「それ、どこ情報?」


 先程、あなたが道草食っている時に。とデカルスでの狼藉をここでも咎められてしまう。返す言葉もないと、かなり本気で落ち込むエピラス。


 ……自分たち以外のひたひたという足音がする。ずっとこちらを窺っているらしい何者かは近くまで来ているようだ。聞いたことがある。この森で命を落とす原因は山の中心付近の沢周辺に巣食うかに襲われるからだ、と。エピラスは振り返りながら河原の石を拾い上げると、ある一点目掛けて投げつける。アンダースローで飛ばした石は何にも当たらず落ち葉の上に転がった。


「当たらない。気のせいですか……?」

「いや、当たった」


 森の、何も無いように見えるところから長い舌が飛んできた。エピラスの心臓をひと突きしようと飛んでくるそれを、少しの重心移動で回避する。それを”舌”とすぐに見抜けたのはチェラルを見ていたからだ。


 そう、竜種という生物に共通するのは『人型、獣型問わず非常に長い舌』なのだ。本人も言っていたことがあるが、本当か分からなかった時に冗談半分でチェラルの舌を引っ張ったことがある。その時、引っ張っても引っ張っても伸びる舌には驚愕したものだ。


 その後ギアから物凄く怒られたが。そういう行為は人でいうところのセクハラにあたるそうで、竜種から最も嫌われる行為だと教わった。本気でキレた顔をした彼女には、一週間食事を抜かれた。エピラスにとって、これまでで数回しかない命に手がかかった瞬間である。


 が、今回の相手は見目麗しい娘などではなく、一片の感情も見えないギョロっとした目を持ち、長い舌と透明化する能力を備えた異形の竜である。


「なかなか……良い面構えだな。チェラル、こういう奴とは会話できるのか?」


前歯の裏まで出かかった暴言を飲み込み、相方に問う。


「ほとんどは人語を介せます! ……ですが、本人にその気がなければ一生人と話す事はありません」

「そ、そうなのか。悪い悪い。と言う事は、あいつは人と話すつもりが無かったって事か?」

「貴様! ここは俺の縄張りだ! なぜ入って来たか理由を説明してもらおうか!」

「喋れるじゃねえか」


 突然竜から渋い低音が響いた。こいつは人と話す気があるようだ、これは運が良かった。問答無用であれば始末するしかなかったので逃げの余地が出来たことにほっとする。


「いやーごめんね、知らなかったんだ。何か盗りに来た訳じゃない、通ってくだけだから勘弁してくれないか」

「厶、そうか……ならよかろう、だが不審な動きをすれば殺す」


 ご自由に、と適当に返答しながら木々を抜けて行く。視線は受けるのに生物の実体は見えない不思議な森だ。その歩いている道すがら、相変わらず信頼されていないようで、いつでも攻撃できるよう背中のトゲが立っている竜が問うて来た。


「……貴様、竜種の娘を連れているのか」

「なんだ今更」

「貴様は人間だろう。血もつながっていまい。恐ろしく思わないのか? 人ならざるものを」


 あー、とエピラスはため息をつく。カメレオンの怪物ならいざ知らず、ほとんどヒトと変わらない子を恐ろしいと思ったことは一度もない。その特性を個性と見るか悪性と見るかは結局の所、個人の気の持ちようだろう。エピラスは前者の人間であり、さらに言えば彼女にはいつも感謝している。


「思わない。俺は何であろうと受け入れる」

「何でも? それが結果として最悪の結果を呼び込むとわかっていてもか? 家族を失ってでもか?」

「それは、無意味な問いだな……もっとも俺には家族もいないが」

「死したか」


 いや? とチェラルの頭をポスポスと撫でると、「俺にとっちゃ城のメンツが家族か」と呟き、竜に話す。


「初めから居ない。俺はただの舞台装置、魔王だからな」

「……魔王だと? 貴様が?」

「ああ。訳あって放浪中だから看板は下ろしてるが」

「ふむ。それが嘘にせよ真にせよ、この沢は越えられぬな」


何? と聞き返すエピラスに、竜は懐疑的な目を向けた。


「魔王の癖に知らんのか。この沢にはが潜む」


唐突に黒い竜巻が起きた。エピラスは素早くチェラルを庇いながら土の壁を作り、風を防ぐ。しかし風圧が強すぎて壁は簡単に崩れていく。最高位の土魔法だぞ!?


二人は荒れる風の奥に、驚くべきものを見た。


「俺たちが……もう一人……!? なんだこれは」

「これが、あなたの言う魔ですか!」


左様。と竜の声だけがする。姿を再び隠したらしい。まさか生き物が異様に少ないのはこいつがいるからなのか?


「あれが何か、誰も知らぬ。わかることは映ってしまった者を向こうに渡す、渡し賃として大切な何かを一つ取っていくことだけだ」

「気配はするのに道中生き物とは出会いませんでした。もしやあなたのように透明になっていたのでは?」


左様! と再び声。


「ここは"スケルトンポイント"。ここに住まうものは皆、あれに映されぬよう透明になることが出来るのだ。出来ぬものは皆餌食となった」


俺の妻も、子供たちも。心底悔しそうな声だった。




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勇者になりたい!~矛盾なる魔王の悪あがき~ 黒鳥だいず @tenmusu_KSMN

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