第2話 はじめてまみれ
「なあ、寒くないか?」
「竜種は意外と寒さに強いからよく分からないです。その辺のトカゲと一緒にしないで下さいね」
鎧が無いだけでここまで寒いとは。森を舐め過ぎていたようだ。一緒にはしてないけど……と顔を顰めながら森から出たエピラスは、ここで一つ疑問が出る。
「勇者って職業じゃなくて称号だよな?」
「そうですね、あなたが魔王の称号を冠するように」
「じゃあ勇者はなんの職に着いてるんだ?」
「さあ……無職ではないと、思います」
今まで考えたことはなかったが、彼らは一体何を生業にして生きているのか。魔王討伐を目的としているならそれが成せてない以上、収入は見込めまい。
思い出と知識として、ほんの少しだけダンジョンが存在しているのは知っている。しかしそれも大体攻略されたあとでロクなものは残っていないということも。
では雑貨屋でも営んでいるのか? エピラスは謎の発想が出てきた。
ここからさらに数日かけ、草におおわれた道が舗装された砂利道になる頃にようやく魔王城に最も近い『デカルス』に到着した。ここに来たのは二回目で、一度目は過去に勇者を潰すために訪れている。その男以降に来たものは、経験が浅くとも『勇者』と祭り上げられ、浮き足立って自分に挑んでは葬られて行く事になる。質……いや、あえてレベルが低いと言おう。
俺は厄介者の最終処理場じゃないのに。
「そんなに溜息をつかないで下さいよ、幸せが逃げますよ」
「ああ」
「あ、エピラス様。さすがに安物の鎧でも買わないと殺されますよ」
鎧をつけている前提で歩いていたので、無いことにようやく気がついた。袋を漁ってみると、保存食なども買っていなかった。準備は完璧に見えて全然だったという訳だ。
「買っといてくれ」
「何でですか?」
「いや……だって……」
しゃべるの苦手だし、と言った瞬間指を指される。まるでオカンのような剣幕の彼女の前では、いくら魔王でも『ガキ』と化す。これは絶対の摂理である。
「これから勇者になるなら高度なコミュニケーションが取れなければならないですし、何より日常生活出来ないじゃないですか!」
「嫌だ……どうして……」
デコピンを受け数歩後ずさる。言いたい事も、理由もわかる。エピラスはあまり人と話すのが好きでは無い。元来静かなところが好きな、内向的な性格なのだ。やはり辞めた方が良かったんじゃないかと思い直し、踵を返そうとする。しかしながら、それもチェラルは許してくれなかった。
「あなたはそんなヘタレだったんですか……幻滅ですよ、幻滅。やはりあなたは魔王の軛から逃れられないみたいですね」
「わかったよ! やるから!」
「それでいいんです。為せば成る。あなたが私に教えてくれた言葉じゃないですか。今の私を作った大事な言葉です」
ああ、そんなことも言ったな……。確かチェラルを助けて少しした日だった。少しは使える人材になってほしいと願い、稽古をじきじきにつけたことがある。最初こそまじめにやっていたが、彼女はちょうど今の自分みたいに弱音を吐きまくって修練場に来なくなることがあった。
『為せば成る。為さねば成らぬ何もかも……とりあえずやってみろよ。やって見て、続けていれば行くとこまではちゃんとたどり着ける』
自分の言葉で奮い立つのも何かおかしいが、これこそやってみなければ分からない。思い出したくない時期の記憶も、しっかり掘り起こすことが大事である――
深く息を吸い込むと、まずは雑貨屋に行く。チェラルは後ろから黙ってついてくるが、やるのはあくまで自分というわけで何も言うことはしないつもりのようだ。
見慣れないオッサンが一歩踏み込むと、その場にいた人々が物珍しそうな目を向けてくる。タンクトップ一丁で山のようにいるはずの魔獣や怪物、困難を乗り越えることができようはずがない、そう思っているのだろう。表情だけで読めた。
「これ」
「あ、はい。こちら――」
「おいあんた! そんな浮浪者に何も売らなくていいぜ! ここは最後にして最強の戦士たちが集う街、デカル」
裏拳が顔面にクリティカルストライクした。ゴシャ、という頭蓋骨がめちゃくちゃに砕ける音と共に男は血を吹いてその場に崩れ落ちた。血が雑貨の一部にかかり、売り物にならなくなってしまったことに気づいたエピラスは、少しでも血の付いたものは値段を見ながら麻袋に入れていく。入れながら平然とお金をカウンターに置いていく姿に雑貨屋のおかみさんは凄まじいほどの『異常』を感じて過呼吸に陥ってしまう。
「ごめんな」
「何やってんですか!! 生きてます!?」
「頭がつぶれて生きている人間を見たことあるか?」
お金を置き終わると、男の亡骸をそのまま店先に放置してすぐさま武器屋に向かう。言動はサイコパスそのものだが、腹の中では真っ黒な後悔が渦巻いている。またやってしまった。どうして感情を抑えきれないのだ。この選択をとったオリジン足る経験をもう忘れたのか。武人としても魔王としても、普通の人間としても未熟すぎる。青緑色の髪をかき上げながらエピラスは武器屋の店主に話しかける。もう敬語は使わなかった。
「これとこれ、もらうよ」
「あんた、人の心は無いのか? ごろつきが殺しあうのはこの辺じゃないわけじゃないが……あんたのそれはなんていうか、そのまるで……」
「なんだよ。怒らんから言ってみてくれ」
『魔王みたいだ』
武器屋の店主が放ったその言葉は、今まで受けたどのような罵倒よりもエピラスを傷つけた。今度は自分が過呼吸になる番だった――雑貨屋のおかみさんと違いすぐに収まるが、今の彼は考えを改める前に逆戻りしているも同然だった。
「……そうか」
エピラスは己の髪を掴む。背を向ける。精神が追い込まれたときに、髪の毛をむしる癖があるのだが、出てしまっていることに気づいてはいない。その次の言葉と行動は『ならそう振る舞うよ』で拳の一突きだったが、チェラルが腕を掴むとささやく。
「落ち着いてください」
「チェラル……」
目に光が戻る。後ろを向くと、相変わらず転がっている男の亡骸に小さく手を合わせた。『ごめんな』と心の中で謝ると、手を伸ばす。すると死体がどんどん土に成り、風に乗ってどこへともなく消えた。
「高位の土魔法……!?」
「そうだ。いいから、これとこれ」
そういいながらお金を渡し、品物を身に着ける。最後の町なだけにかなり良い装備が充実しているが、エピラスにはあまりお金がない。勇者は基本的にお金を持ち歩かなくともただで貰えるからだ。なので彼らの亡骸を漁ってもほとんどお金は入らない。このお金も5年ほどため続けたなけなしの物なのだ。しかも、この買い物でほぼ全部使ってしまった。
一番安い鎧と剣を買った。なぜ今まで倒した人達の物を使わないかというと、単純に足が付くからだ。帰ってこなかった最強の勇者の武器を持ち得るものはそれを退けた魔王しかいないから、それだけだ。
もうこの町に用はない。帰ってくるときには感情をコントロールできる人間になっていたい。二人とも無言でデカルスを後にした。
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