勇者になりたい!~矛盾なる魔王の悪あがき~

黒鳥だいず

第1話 違う、そうじゃない

 ――さっさと俺の道行をなぞりたいだろうが、少し待たれよ。どうせ長い付き合いになるのだから世間話でもしようじゃないか。


 俺の名前はエピラス。一応この世界では『魔王』と呼ばれている者だ。例えばちょいと魔力を放ってみると天地が割れ、面も割れる。


 そんな圧倒的な『個』 それが魔王というものだ。


 でもな、俺が魔王ってことは勇者も有る。光あるところには影ありというやつで、これは切っても切れない関係にある。


 魔王とは勇者に敗れるものと決まっている――だが。それは逆もしかり、勇者なら魔王に勝つのだ。だからこそ。


「俺は勇者になって世界を変えるんだ!!」

「うわぁ!?」


 明らかに一人で座るには大きすぎる玉座から飛び跳ね、無様に床に転がる男。その体には漆黒の鎧が一分の隙もなく装着され、今は完全にはずされている兜は展開して鎧の肩口から胸元にかけて張り付いている。有事の際はこれが上にせり出して顔を覆うよう徹底的なカスタマイズをしている。


 ……が、今は寝ぼけまなこで髪はぼさぼさに伸び放題、武器は遠くの床に転がっているなど魔王どころか誰かもわからないようなありさまだ。貧民街にいても不自然なく溶け込めるだろう。


 ん、と目の前で驚きのあまり持っていたお盆を落としてしまっていた女性に焦点を合わせる。尖った耳にちらっと見える鬼歯。頭の両脇からは角が飛び出しているが、右の角は欠けている。彼女はチェラル。この世界では『竜種』と呼ばれる種族の一人で、城の近くを彷徨っているところをエピラスが見つけ、保護した結果居着いたのだ。掃除に洗濯、料理となんでもできるためエピラスのダメ人間化に拍車をかけている原因の一つでもある。


 非情と魔王がなぜ助けたかって? ――ほら、先入観。



 とはいっても、一年ほど前の自分であれば助けず放置か、先々の脅威になる可能性を考えて殺してしまっていたと思う。なぜここまで思考回路が変化したかというと、その一年前に起きた一つの出来事に端を発している。


 ――目の前で、自分の攻撃に巻き込まれて一人の子供ががれきの下敷きになり、帰らぬ人となったのだ。理由も自分の癇癪という酌量の余地は全くない行動のせいで取り返しのつかない事態を引き起こした……


 人生では、往々にして取り返しのつかないことをすることが沢山ある。だが、人の命は本当に帰ってこないし、それを帳消しにできるほどの善行などこの世に存在はしない。悔やんでも悔やみきれないこの事故を境に、エピラスは自分の不甲斐なさを呪った。


 その結果が、魔王として恐れられてきた力の全てを封印し、残した力を人のために使うという考えだ。が、そんなことが簡単にできれば苦労はしない。それが罷り通るという事は、極端なことを言えば全人類が魔王になることも可能だし、勇者にもなれるだろう。


 勇者の命と休みがいくらあっても足りないな。



「エピラス様、突然大声を上げないでください。心臓に悪いですよ」

「ごめんよ。夢だったのか……あ~いい夢だったなぁ」

「夢?」


 おう、と頷くとエピラスは今しがた見ていた夢を語る。


「勇者になって人助けする夢だよ。魔王なんて存在しない世界でさ、闘いはあっても圧倒的な力を持ってるやつは俺含めて誰もいないんだ。そこで無双してさ」

「あなた含めて強者がいないはずなのに無双してるじゃありませんか。勇者やりたいならその考えは改めるべきでは?」



 勇者は無双するじゃねぇか。なんで俺はダメなんだ! 冷静にツッコミを入れられて少し不機嫌になったエピラスは手をたたくと、チェラルが一歩下がり、彼女が立っていた場所にもう二人現れた。片方は左半身が、もう片方は右半身が機械の体であり、両手には麻袋や水筒が握られている。


「おはようございます、エピラス様。よく眠れましたか?」

「おはようございますエピラス様。ついに出立ですね」

「勇者になったら帰るから。留守番よろしく!」


 半機人形ハーフノイドとエピラスが名付けたこの双子は、人間とオートマタの混血だ。名前は『ギア』と『トルク』。どちらも白い髪を長く伸ばしているが男性であり、声変わりもしている。


「勇者になったら帰る」と、晩御飯までには帰るみたいなノリで気軽に水筒をぶら下げ、袋を担ぐとモップのように転がっている剣に目を向ける。エピラスの主兵装である最強の武器で、銘は無いが持ち主を勝手に守り相手を消し炭に変える。


 だが、こいつにもお留守番してもらわねばならない。こんなものを持っていれば勇者にはなれないし、エピラスがこの武器を持っていることは周知の事実なので一発で狙われる身に逆戻りだ。むしろそこら辺をトコトコ歩いている魔王なんて居ないだろう。


 そして、チェラルにお願いする。


「お前の死霊魔術で替え玉をここに置いといてくれ。腐ってない奴で頼むわ。死体ならそこらに落ちてるだろ」

「言い方が悪すぎますって」


 このチェラルは死霊魔術の使い手で、強力なゾンビを量産できる。なかなか優秀ぞろいなのだ、我が家は。エピラスはとりあえず素体を探しに外に出る。城の外で行き倒れの旅人を発見し、脈を計る。うん、心臓は止まっている。死後硬直もしているが腐っていないので死んでからそこまで時間はたっていないだろう。



 これを担ぎ、チェラルの前に持ってくると彼女は死体の背中に手を触れ、『ネクロトランス』と唱えると赤紫の炎陣が現れる。エピラスの顔を見ながら体のあちこちを突き回す。すると自分が装備していた鎧が飛んでいくと死体に装備され、服装も旅装からどんどん変化していく。鎧が無くなるたびに体が軽くなるが、安心感も急速にしなびていく。


「俺、こんな顔色わるかったか?」

「ええ」

「ええ……?」


 顔も変化し、立ち上がった姿は顔色の悪いエピラスだった。トルクが同じことを思ったらしく半笑いで「二日酔いのあなたそっくりですよ」と言ってくる。


「じゃ、二日酔いで負けたことにすりゃいいか」

「僕たちはこれをお世話すればいいのですか? いくら顔が同じでも元を知ってると……」

「いや、どうせ飯も食わないし二人は屋敷の掃除だけでいい。俺がいなきゃ仕事の手間も少なくなるだろ」


 二人? と、不思議そうにするチェラルを捕まえると「お前はこっちだ」と連れていく。一人で旅は寂しいものだ。こうして準備を終えたエピラスはササッと城を後にした。振り返ると厳つい城門が不安を煽る。


 こうして勇者になりたい魔王という、矛盾した考えを持つ一人の男の旅は始まったのだ。











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