静謐な色、月光の音、そんなものが降雪よりも静かに響いて瞼の裏に浮かび上がるような、詩的で美しい序章からこの物語は始まる。月夜の光に照らし出されて、波璃のように輝く硝子の筆が踊る。物語を綴る。ひたすらに綺麗な、絵画のような景色。
しかし現実はそうは行かない。独特で綺麗で、まるで欠けた月と傾いた陽のような距離の二人は、知らない間に、少しずつ、少しずつ綻んでいく。或いは、最初から綻んでいたのかもしれない。人生なんて、生活なんて、そんなことばかりだ。
それでも、ただ、無責任で妄信的なまでに「大丈夫だ」と──そう、叫ぶのだ。
静寂の中にインクを一雫零すみたいに、声高に。
──まるで、自分にも言い聞かせるように。
これは、人生とか、現実とか、そういう巨大で途方も無くて得体の知れない、私たちではどうしようもないものたちと、真っ向から向き合って書かれた──そんな小説だ。