第07話 本当のあなたのままで


胸に飛び込んできた彼女をぐっと抱きしめる。今まで、手の届かない距離で、やり取りしてきた彼女が触れる距離にいる。愛おしく愛おしく・・・


しばらく、抱きしめていたところ、


「○○さん、よかったらあなたの家に行ってもいいですか?もう、結婚の約束までできたので、安心しました。なので、もう、不安なんてないので、素顔見せちゃいたいと思って・・・。ただ、ちょっとここでは見せられないから。」


と少し照れた声で彼女からお願いを受けた。家に呼ぶつもりなかったから、家散らかってんだけどなあと思いながらも、素直に了承した。


「ここから歩いて10分程度だけど、歩きでいい?」


「はい!」




彼女とともに、僕の家に向かう。女の人を家に入れるのは初めてだ。母親だってきちゃいない。笑っちゃうね。なんて自虐までしてしまったが。

家はボロアパートの1階。103号室。鍵を開け、「ちょっとまって」と彼女をまたせ、とりあえずいらないものは押入れに放り込み、片付けをしたことに。ようやく「入っていいよ」と彼女を迎え入れる。


「狭いけど、好きなところに座ってて。コーヒーでも入れるから。」


「ありがとうございます。男の人の部屋に入るの初めて。」


インスタントコーヒーをカップに入れ、お湯を注ぐ。なんとかあったちょっとこましなコーヒーカップ2つに注ぐ。


「おまたせ。」


「ありがとうございます。」


とりあえず、僕も彼女に向き合って座り、コーヒーを一口飲む。というか、緊張してしまっている。女の人が家に来るのも初めてだし、なんか、彼女が僕の奥さんになるという実感が今頃出てきて・・・

彼女も少し緊張しているようで、ふたり黙り込んでしまったが、彼女から


「家まで押しかけてごめんなさい。どうしても、外では変装しないと出かけられなくて・・・。じゃ変装を取りますね。」


彼女は、そう告げたあと、変装を取り始める。

フードを取れば、長い黒髪がさらっと流れるように現れ

マスクを取れば、可愛らしい口が現れ

サングラスを取れば、透き通った瞳が目に映る。

それよりも・・・驚いたのが・・・


「え?Meiちゃん?」


そう、目の前にいたのは、いつもテレビに映っている人気アイドルMeiちゃんだった。


「あれ?僕、夢でも見てる?なんで?」


僕からは驚きの声しか出ない。


「ごめんなさい。私、アイドルをしていて、どうしても外で変装しないと人が集まってきて大変なんです。」


そうちょっと困ったような表情をして、僕に言う。


「え?ほんとにMeiちゃん?だったら僕なんて選ばれるはずないよな・・・。Meiちゃんなら選び放題だろ。ドッキリ?それとも遊ばれてる?あれ?」


もう僕の頭の中はぐちゃぐちゃで・・・


「そんな訳ないじゃないですか?私が好きなのはあなたです。騙したりもしていません。信じてください。だから、見せるのが怖かった。だって、今みたいに信じてもらえないかもしれないって本当に不安だったの。でも、いつかは見せないといけないから。テレビとかで、結婚が夢って私言ってました。それ、本当です。そして、その中で彼氏のこと・・・話していたのは、あなたのことです。

あの・・・私って、どうしてもアイドルのMeiってのがついてくるんです。そのせいで、本当の私を見てもらうことが出来なくって。好きになってもらっても、アイドルのMeiであって私じゃない。だから、姿を見せずに本当の私を見てくれる人を探したんです。そこであなたに出会った。本当の私を好きだと言ってくれた。アイドルの私ではなく。本当に少ない交流しか出来ない私を暖かく包んでくれました。嫌いにならないでくれました。


だから・・・だから・・・本当に好きなんです。」


僕は、冷静になるように努めながらも、彼女の話をしっかりと聞いていた。

アイドルといってもやっぱり女の子。上辺でなく本当を知ってほしい、そりゃ当たり前だ。僕だって、外見でキモいとか言われたことあるからよく分かる。でも、やっぱり、人は上辺じゃない。心、内面だよね。ふたりでいることに幸せを感じれるかだよね。ちょっと困惑したけれど、そう、外見じゃないんだから。


「ごめん。困惑して。僕みたいなのにMeiちゃんがお嫁さんなんてって無意識に思ってしまった。振られ続けていたから、どうも、信じがたい性格になっちゃってんだなあ。でも、今までさ。顔も知らず、言葉だけで、心だけでやり取りして、惚れた人だから。外見なんて関係ない、アイドルだろうが、Meiちゃんだろうが、どうだろうが、関係ない。今目の前にいるのは可愛らしくて、照れ屋で、忙しくても僕とたくさん会話をしてくれた、みどりさん。うん。ごめん。やっと頭が起動したから。もう大丈夫だよ。」


「○○さん、こんな私でも愛してくれますか?」


彼女は心配そうに僕に尋ねる。


「うん。愛してる。さっきも言ったとおり、結婚してほしい。これからずっと一緒にいてほしい。」


僕は彼女に思いを伝える。上手い言葉は言えないけれど、精一杯思いを込めて。


彼女は、立ち上がり、また、僕の胸に飛び込んでくる。

そして


「はい、私はあなたのお嫁さんです。」


そう言って、僕の唇にキスをした。




アイドルの殻を破った、本当の彼女のままで

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