第2話
普段人があまり通らないこの裏道に、向かいから帽子深くかぶった男がこちらへだんだんと近づいてきた。中背中肉で、瑞穂らしいジャージを着用している。役満で不審者だろう。
恐怖にかられ、いつもより歩くスピードを上げてその場を後にしようとした矢先、案の定その男に声を掛けられた。
「ねぇ、君、生田北美さんだよね」
その瞬間、心臓が止まり、肌がぶるりと震えた。
なんで、なんで私の名前を知っているのか。男の顔を一瞥したが、知ってる顔ではないし、親戚にもこんな人はいなかったはずだ。
気味が悪すぎる。なんだって帰宅途中にこんな状況下に置かれなくちゃならないんだ。
名前を聞かれてからどのくらい硬直していたか把握出来なかったが、ある程度の時間停滞していた。しかし、男は話しかけるのをやめない。
「ごめんね、急に驚かせてしまって…多分、どんな言葉をかけても不審者に思われるんじゃないかと思って、敢えて1番君の肝を冷やすであろう台詞を言ってみたくなってしまったんだ。本当に申し訳ない」
変人だ。この人は。確実に。
「あ、いえいえ…それで、どちら様ですかね? この辺りではあまり見かけない顔ですが…」
「ああ、申し遅れました。私はこういうものです」
手慣れた動作でズボンのポケットから名刺を取り出す。というか全身ジャージ姿のおっさんに名刺を渡されるなんて斬新すぎてそっちに意識を持っていかれてしまう。
「上北…沢男?」
なんか駅名にありそうな名前だな、と思いつつ、社名に目を向けると、何やら胡散臭い文字が羅列している。
「運命教団…?」
聞いたことがない。これは私が田舎者だからなのか?もしやナウでヤングな東京ではこの運命教団とやらが流行っているのかしら。
「そんな訳あるかよ」
「どうかされました?」
しまった。心の中で一人ノリツッコミしたのが声に出てしまった。最近脳内で思考している有象無象が声に出てしまう事が多々ある。なんでだろう、やはり誰かに聞いてもらいたいのか、それとも無口な自分を変えたいのだろうか、恐らく両者だろう。
上北と名乗る男は独り言を受け流し、話を切り出す。
「今日あなたにお会いしに伺ったのは他でもありません。運命病患者である貴女を運命教団へスカウトしに馳せ参じた次第でございます」
この人は、言葉遊びが好きなのだろうか、それともただの不真面目な人間なのだろうか。
言葉に詰まる。それは当たり前だ。だってこんな怪しい宗教団体に入りたくないし、何よりこの男は怪しすぎる。
結局、何故私の個人情報を知っているか未だに不明瞭だ。加えて、スカウト? 正気の沙汰じゃない。
「い、いや、ちょっと言っている事がよく分からないですね」
戯けるような口調ではぐらかす作戦。
「そうですか? でもわかると思いますよ」
「だってこれは」
「「運命」」なのだから
しまった。
「うぐ…」
急に頭痛が始まり、心拍数が急上昇する。
やられた。
運命病と一口に言っても個人差があり、症状にはレベルが存在する。因みに私はレベル2だ。
レベル2は、これが運命だと自分自身が理解していても、ある程度抗うことが出来る。しかし、他者にこの状況が数奇な運命である事を認識させられることで一気に病状が出る。
つまり、私はこの時点で従順な傀儡に早変わり、もうなんでもやるしやられます。
「やはり、この子は本物なのか。これは驚いた」
このおっさんは何を言っているのだろう。本物も何も、レベル2の運命病患者なんて割とどこにでもいるだろうに…
「おい、早く車に乗せろ。急いで東京に戻る」
部下らしき輩が数人現れ、車に押し込む。
私の意識はここで途切れた。
運命少女は傷つかない 雅塵 @ochita
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