#6

 こんなことを話しても、誰も信じてくれないでしょうね。

 けれどこれは、私が体験した本当の話。

 あれから私は、中学二年生になった。

 クレヨンの箱が見つかってから『声』は聞こえなくなった。すずかちゃんに報告すると喜んでくれた。まだ疑問に残る点はあったけれど、それ以上はわからなかった。

 小学校を卒業してから、私は隣町へ引っ越した。家を買ったのだ。両親は夢のマイホームだと喜んでいた。

 引っ越しする前日、すずかちゃんは何か言いたそうな顔をしていたけれど、引っ越しの慌しさもあって連絡先を交換できず、疎遠になってしまった。

 おばあちゃんとは定期的に会っている。相変わらず私を思い出してくれず、最近は眠っている日が多くなった。起きているときは窓の外をぼんやりと見ている。それでも私は、おばあちゃんに話しかけることにした。手を握りながら話していると時々握り返してくれるのだ。

 今、私は絵を描いている。

 折れたクレヨンは買い替えず、マスキングテープを巻いて使っている。どういうわけか、補強してからクレヨンは減っていないのだ。魔法の効果はまだ続いているらしい。

 中学生になってから他の画材も使うようになったけれど、やっぱりクレヨンのほうが手に馴染む。

「できた」

 広くなった部屋のレースカーテンが揺れる。春風が心地よい。そういえば、桜が見頃だとニュースで流れていた。気分転換に散歩でもしようと決めて、完成したスケッチブックを持ち上げた。

 私の絵には、真っ黒な世界が広がっている。

 それはトンネルだった。真っ黒なトンネル。異界に繋がっているトンネル。どうして忘れていたのだろう。幼い頃に見たあのトンネルの絵を、私はずっと描きたかったのだ。

 おばあちゃんが喜んでくれなかったこの絵を、描き続ければいつか認めてくれる日が来るかもしれない。

 なにしろ、トンネルに耳を当てれば、懐かしくも甘いあの囁き『声』が「そうだよ」と暗闇の奥から教えてくれるのだから。






 私の呪いは、まだ解けそうにない。



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ひがんおくり 椎乃みやこ @sy_toko

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