第4話 事の顛末
数日前までの慌ただしかった事件がひとまず幕を下ろし、リリアージュの生活は日常へと戻っていた。
変わったことと言えば、里帰りをしていた先輩が帰ってきたことで、収穫後の作業は手伝うものの、それまで少しだけ日課になっていた畑仕事が無くなったこと。ニコルがいつの間にか診療所の看板猫と化して、常連さんやご近所さんに可愛がられていること。
そして出来ることならば、面倒事には関わりたくないと思っているが、あの時の我儘の条件として交わした雇用契約くらいだった。
畑仕事が無くなった代わりにと、朝早起きした際に営業前にと玄関先の落ち葉を箒ではわいていた時のこと。
『やっぱり、物語はハッピーエンドじゃないとね』
急に視界に現れた、サラリとした長い金糸と金目に純白の翼を持つ女性が一人。その者は地に足を付けることなく宙に浮かんだまま、笑みを浮かべつつ遠い空のかなたを眺めながらリリアージュに問いかけた。
「誰……ですか?」
『私? 私はセルシアよ。そうね、そうなるように導いた者かな?』
見覚えのある風貌から何となくの想像は付くものの、初対面であるはずの人なので誰なのか尋ねる。すると一応名を名乗りはすれど、何とも曖昧な返答が帰ってきた。
(セルシア?)
どこかで聞いた名前のような気もするが……思い出せない。
(どうして疑問系なのだろう……)
そう思ったけれど、そこにはあえて触れずに、
「導いた?」
リリアージュは何を導いたのか尋ねた。
『そそ』
「どうやって?」
よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに、セルシアと名乗った彼女は胸を張って答える。
『私があの子に、彼の封印を教えてあげたのよ。でもって、もしもあの子が彼を諦めずに二人がまた会えたのなら、認めてあげるように取り持ってあげたの』
彼女は語る。かつてデミゴッドと半魔から封印に付いて書かれた書物――《時の羅針盤》と銘打った《クロナの懐中時計》のについて記した物とそれ自身を譲り受けたと。そして、あの子が目覚める数年前に譲り受けた物らを、とある人間の老人に託し封印させ、あえて守らせたとも。そして余談として、その物らにはあらかじめ、ある種の劣化防止の封を掛けていたことまでペラペラと自慢げに語る。
「取り持ったって……封印を教えるくらいなら、譲り受けた物をそのまま目覚めと同時にすぐに渡してあげればよかったんじゃ……」
(何故そんなややこしいことを……)
『だって、試練や障害あった方が恋は燃えるでしょ?』
正直、そんな回りくどい方法を取らなくても良かったのではと思う。リリアージュのそんな心の声が聞こえたのかは定かではないが、彼女は悪びれる様子もなく、さも当たり前のように言い張る。ある意味彼女が今回の事件の黒幕であり元凶なのだと悟る。
「だとしても、犠牲者が出る可能性とか考えなかったんですか!?」
それに試練というのなら、千年もの時間があったんだから、他に別の方法を考えてあげれば良かったのではないかと思ってしまう。
幸いにも犠牲者こそ出なかったものの、かなりの被害と迷惑を被ったことは確かだった。何しろ、天使など人間にとって非現実的な事柄を事件の真相として扱うことは出来ず、その為それに関わることの出来る人員も限られ、また事件後はそれっぽい適当な理由を付けることに苦労したと聞いた。
『あら、私は何も考えていないわけではないのよ? 最初に言ったでしょ? 導いた者かなって』
「……?」
『夏へと向かう春と違って、冬へと移ろう前の秋に、剪定でそんなにたくさんのバラを摘み取る必要ってあまりないと思わない?』
「——!?」
『私は聞こえるようにちょっと言ってあげただけよ。『この庭園のバラを摘んで頂戴』って。摘んで欲しい物のいくつかは指定したけどね』
それは、光りを表すプリムの名を冠したプリムローゼのバラが摘まれてしまった時のことだ。普通の人間には、普段見えない者の存在を見ることも、それらの声を聴くことは出来ない。けれど彼らの方からで尚且つ、力のある者が“聞かせようとその声を届ける”のなら話は別だ。
つまりあの時のプリムローゼの花は、偶然に庭師によって摘まれてしまったのではなく、彼女の指示によって摘まれてしまったということだ。
『他にも、小さな花の子達には、『困ったことがあればあそこにいれば、幸運に巡り合えるから、是非とも頼るといいわ』と、ある植木鉢を指して言ったわ』
だからこそ、プリムローゼのバラを探していたあの小さな花の妖精達が、あの植木鉢のところで話していたことに関して、今になってそれは、あえて誰かに聞かせていたかのようにもとれる。
そしてリリアージュが声を掛けた際、初めは驚いた様子だった。それは自分達が想像していた者とは異なった為か、もしくは本来なら警戒すべき人間相手——とは言っても半分だけど――だったからか、その両方か。
けれどあらかじめ、そこに現れた者に頼ることを決めていたからこそ、彼らは簡単に相談を持ち掛けたとも考えられる。そして相談に乗ったそのリリアージュが一緒に探す際、立ち入れない場所に対して「この先には進めない」と言った際、引き下がなかったことも。
『それにもっと言えば、あのおじいちゃんににそれとなくいい話を持って来てあげたし、あの日あの人が森へ来るように、友達の力まで借りて潜在意識である夢にも介入したし……そうそうあの子にはそれに合わせて、あらかじめ里帰りが出来るように手配するのには苦労したわね』
「——!!」
リリアージュが家出した原因であった件は、そもそもおじいちゃんがくだらないことを言い出したことがきっかけだった。
そして、エミリアさんがあの日、リリアージュが家出したその日に丁度森にいたこと。助けられたリリアージュはそのまま診療所働くことになったこと。先輩の代わりに城と屋敷へお使いに行くことになるように、それらをそうなるようにと導く――というより示唆した者がいたのだとすれば……今回の事件はすべて
「……ちょっと待って……夢にも介入?」
『そうそう、レムったら私の事は話さないでってあらかじめ頼んでたんだけど、あの子って結構口が軽そうだから、ちょっとヒヤッとしたわ』
「……レム?」
『ええ、夢で会ったでしょ? あの羊みないな子に』
「……——!?」
リリアージュは少し前に聞いた単語が頭の中で引っかかる。夢で会った“羊みたいな子”と言う言葉で、それがあの時夢で会った夢魔の事を指していると思いつくまで少し時間がかかった。
ということは、彼はここに居る目の前の天使と共犯だったと言うことか。
『それは少し違うわね。レムには少しだけ事情は話したけれど、それ以上教えていないから何も知らないはずよ。それに、お孫様にとっても、友の子にとっても特別な
またもリリアージュの心の声が聞こえたようで、夢魔に対して説明を行う。
そしてお孫様というのは、おそらく自分のことだと、この度一件から直感的にそう思った。けれど友の子というのが、いったい誰のことを指しているのか分からない。気になりはするけど、尋ねたらきっと面倒なことになる予感がしたので止めておこうと思った。
『ああ、そうそう。一つだけ忠告をしに来たの』
「忠告?」
本来の目的を忘れるところだったわ。と、呑気に話し出すその様子に、リリアージュは少し呆れながらも聞き返す。
『そうよ。『奇跡』はね、普通では決して起こることのない、本来の自然法則を超えた力のことよ。だからこそ、多様すればそれは『奇跡』ではなくなってしまうし、無理に法則を捻じ曲げるのだから、その反動というリスクを負うことになるの。そしてリスクが大きいからそれを多用することは禁止されているわ』
「……それが何ですか?」
そんな話を急にされても、今までそんな力の存在も知らなければ、今現在に至っても使い方すら分からないのに、行使することなど不可能だとリリアージュは思った。
『あなたは、その使い方を知らないみたいだから、まだ大丈夫だとは思うけれど。もしも、自分の意志でそれを使いたいと思った時、最悪の場合……自身の消滅というリスクを考えた上で行使してね』
「使う気ないです」
リリアージュがものごころ付いた頃には、既にいなかった祖父が消えてしまった理由。それと直結しているであろうその話を聞いてなお、使いたいと思う者がどこに居るというのやら。
『ふふ、即答ね。それでも、未来というのは常に変化するものだから』
どんなに先を読んでも、どんなに事前に根回しをしたとしても、予測したとおりになるとは限らないのだと、目の前の天使は語る。特に心というものはとも。
『それじゃ、私はもう行くわね』
あらかたのネタバラシと、忠告という後回しにされた本来の目的を果たした、セルシアと名乗っていた目の前の天使はとても満足げな表情をしていた。そして言うことだけ言った後、彼方へと飛び去って行った。
結局今回の事件は、半魔と天使の恋物語が引き起こしたものともいえるが、それをそうなるべくして様々な者達を導いた――というより糸を引いていた彼女こそが、ある意味黒幕であり元凶だと、やっぱり思う。
そしてどちらにしろ、巻き込まれた方の身としては、はた迷惑な話だとしか思えなかった。
雪花の調停者 睦月 琳 @428no
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。雪花の調停者の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます