第3話 光の花と収穫祭
***
「うわー」
今日は新月の夜だというのに、町は至る所に掲げられている
そしてそれはもちろん、人に限ったことではない。ヒトではない彼らもその篝火と活気に引き寄せられるのだ。
彼らの姿は普通の人には見ることは出来ない。けれども普通の人には見えずとも、見るものがみれば、そこには共存のごとく調和をなしているかのように映る。リリアージュの目にはその調和を映していた。
(ニコルも来ればよかったのに……)
ケット・シーであるニコルの目にこの光景は映るだろうとリリアージュは思った。本当は出かける前にニコルにも尋ねたのだが、『人込みで酔いそうだから今回は遠慮する』との事で、まだ酔いに対して克服できていないらしい返事だった。
「おい、はぐれるぞ」
「すみません……」
前を歩くフィンは、周りが見えていない様子のリリアージュにぶっきらぼうに告げる。フィンにとっては、例年と代わり映えの無い祭りに見えていた祭りだが、リリアージュにとっては祭り自体あまり参加したことが無いのだ。
約束しているパレードを見る為、我儘を通してまでここに来た本来の目的を忘れる程、ついつい見とれてしまったことに反省と謝罪をし、人をかき分けながら慌ててフィンの後に付いて行く。
「きゃっ」
その際、前方から来る人とすれ違いざまに肩が当たり、リリアージュは大きく体勢を崩し倒れそうになった。思わず地面を覚悟したけれども、すぐに誰かに引き寄せられる形で支えてもらい、転倒することは何とか免れた。
ぶつかった相手だろうか……遠くで「すみません」と声がしたような気がしたが、リリアージュは目の前の、言葉を失う程驚いた形相をしている人で精一杯だった。
「ありがとうございます……フィン……様?」
助けてもらった礼を述べるも、助けられた際に掴んだ手を離すことなく、何故か虚空を見つめたままの相手に、どうしたのかやや疑問を持ちながら名を呼んだ。
「――っ!」
名を呼ばれたことで我に返ったのかフィンは視線を落とし、手を引き寄せるた後、抱き留める形で支えていた少女へ向ける。
「……おまえは、おまえの目には……いつもこれが見えているのか?」
「……? これって?」
「空に浮かぶ沢山の淡い色の光のようなもの……。あの時、少しばかり見せてもらった……小さな妖精みたいなものが……」
ようやく紡ぎだせた言葉は幻想的な光景が見えるという、リリアージュにとっては今現在当たり前のように見ている光景だ。けれどそれを彼の口からその言葉が出てくるとは想像しなかったので、思わず耳を疑ってしまう。そしてフィンまだ見えることを確かめるように、視線を再び空へと戻す。
「見えているのですか!?」
「多分……さっきまでは全く見えなかったんだが……もしかしたら、これがあの天使が言っていた一時的なものかもしれない」
「――あの天使って! まさか会話したんですか!? 一時的なものって!?」
「お前が気を失った後少しだけ。俺にあの天使の姿を捉えることが出来た事は『奇跡』の影響による一時的なものだと言っていた」
リリアージュの追及に対して、あの時の天使の言葉を思い出しながらフィンは目を見て答える。
「一時的だと言っていたし、あれから今まで見えていなかったから、もう効果が切れたものだと思っていたんだが……」
今になって何故また見ることが出来るのかが不思議だと言う。
「それは……私には分かりません……」
あの後気を失っていた身としては、互いが何を話したのか分からない。そもそも『奇跡』の件においてはリリアージュの方が知りたいのだ。
「それより……もう転びませんので、そろそろ話していただいても良いですか?」
「——ああ、すまない」
いつまでもこの体制というわけにもいかないし、そろそろ目的としているパレードを見に行かないと、と思いリリアージュは話を切り出し、それに同意しフィンはリリアージュから手を放したが、
「……見えなくなった」
それと同時に、そう呟く。
「……? さっきまで見えていたんですよね?」
「――ああ」
元々は見ることが出来ない者なのだから、一時的に見えていたものが見えなくなったところで、どうこうなるものではない。それでも、何故一時的にでも見えていたのか。その見えていたものが再び見えなくなったのは何故か。
その理由が気になり、再び歩き出した後もリリアージュは考え込む。
気になるのは、天使が言っていたという『『奇跡』の影響』という言葉と、一時的にでも見えていた時の状況だ。
(……もしかして?)
思い当たると事や推測というには語弊があるし、間違っていたとしたらとんでもなく恥ずかしい為、リリアージュは考え付いた憶測を述べずに実行に移す。
「――っ!」
目的地へと歩みを進めるさなか、何の前触れもなく急に相手の方から手を握られ、唖然とするのと同時に、「どうですか?」と尋ねられる。
その問いが何を意味するのかを理解するのに、時間はかからなかった。フィンの目には再び幻想を映し出していたのだ。
「……どういうことだ?」
それらの言動に、自身の憶測が当たっていたことが分かったリリアージュは説明する。
「天使が言っていたという『奇跡』の影響だと思います。私自身『奇跡』については分かりませんが、その影響を及ぼした本人が私だからというのと、先程の件でおそらく“接触”が鍵なのかと」
とは言ってもこれは憶測であり、他にも条件やいつまで影響があるのかは分からないと加えた。
「――なるほど。と言うことは、俺にも“妖精のパレード”というのを見ることができるのか?」
「この状態が保てれば見ることはできると思います」
いつまでその影響があるかは分からないが、今すぐにそれが無くなるとは考えにくいと思ったので、そう答えた。
***
もう子どもではないけれど、フィンが彼らを見る為の条件として手を繋いで歩いていると、誰かと手を繋ぐこと自体に懐かしさを覚え、リリアージュは昔この町の祭りに来た時の記憶を一部思い出す。
あれはまだ両親が生きていた頃だ。あの頃は、両親と友人とこうして皆で手を繋いだのだ。
『まぁ、来てくれたのですね』
少しばかり懐かしい気持ちに浸っていると、目の前から小さな少女が、いつの間にかにやって来た――というよりは飛んできた。
少女はあのバラと同じ白い色をした髪は瞳と同じく淡く虹色に光り輝くかのようにも見え、あの時の日の光を浴びて生まれたバラの花の妖精だとすぐに分かった。
『あの時は名乗りもせずにスミマセン。私はプリムローゼと言います』
光りを表すプリムの名を冠した、プリムローゼと名乗った小さな妖精は、『あなたのおかげで無事にこうして存在できます』とも付け加える。
「こちらこそ、この度はご招待いただきありがとうございます」
そう伝え、プリムローゼに対してリリアージュは一礼し、フィンもその後に続いて礼をする。
『あら? そちらの人間はもしかして……あの時の?』
「はい、そうです」
プリムローゼはリリアージュの隣を見て首をかしげながら、あの日一緒にいた人間かと問う。その問いにリリアージュは肯定し、フィンは一時的に見ることが出来た為、一緒に見に来たと話しかける。
『まあステキ! ぜひ、ぜひ私たちの舞を見てくださいね!!』
今となっては自分達の姿が見える人間は少ないから貴重だと加え、プリムローゼは用件を言い残し、現れた時と同様にいつの間にかに立ち去った――というよりは飛び去っていった。
そして祭りのメインイベントであるパレードが始まった。
馬車に付けられたのは、普段見かける様な箱馬車でも帆馬車や荷馬車でもなく、この祭り用にとそれらに少し手を加えてアレンジされたものだった。それらの上には着飾った人々が道行く人へ手を振ったり、芸をしたり、踊ったり、演奏をしたりと普段の町の人々の様子からは想像つかない光景だった。
そして彼ら見ることができる者のみが、それらに加えて淡い虹色に光り輝くかのような花びらと、それらを優しく風に乗せるかのように、ふんわりと振り撒きながら舞い踊る、小さな花の妖精達の幻想的な姿を見ることが出来たのだ。
そしてこの後、城に戻ったリリアージュは、仕事疲れ感のあるドロシーから「祭りに行くなら自分を誘ってくれれば良かったのに」などと言われたことは言うまでもなかった。
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