第2話 約束の条件

「食べながらでいいから、いくつか質問を良いか?」

「いいですが……その前に、子ども達はどうなりましたか? それに、他の皆は?」

 それが、ここに彼自ら来た理由なのだろうと思いつつも、リリアージュは何よりも気になっていたことを尋ねた。


「おかげで子ども達は無事だ。そして、他の者達は今回の件の後処理に追われている」

 フィンの話によれば、緑の魔女も持ち前の知識と技術で子ども達のケアを、ドロシーは緑の魔女に付き添って手伝いと分析をしており、オズワルドは現場となった孤児院自体の調査、ゼンは苦手な事務処理に勤しんでいるとの事だった。

 そして今回の件のきっかけの一つであった眠り続けていた少年も、今朝方目を覚ましたとの報告があったとの事だった。

 また以前術師らが感じていた不穏な術の気配も同時に無くなったとかで、これもおそらく今回の件と関連があったとみて同時に調査中だそうだ。


「子ども達に目立った外傷もなく、危惧していた栄養状態も命に関わるほどではないとの事だ。魔女曰く保護する前後で状態が変わっていて、保護した後は驚くほど健康そのものだそうだ。まあ一応の為、とりあえず一晩様子を見ることとした後、何もなかったから、ほとんどが今朝方、親元に帰った」

「そうですか……よかった」

 その報告を聞いたリリアージュは安堵し、ほっと胸をなでおろす。


(……?)

「今まだ残っている子達は実家が遠方なので、順次送ることになっている」

 けれどそれも束の間、すぐに先程のフィンの報告に違和感を覚える。その為、これからの事に関しては頭には入ってこなかった。その代わり、リリアージュの頭の中に、ある二つの単語が浮かぶ。


「……一晩? 今朝?」

「あぁ、一晩。そして今朝だ」

 その言葉にリリアージュは、はっと目を見開いてニコルの方へ視線を向ける。

『リリは丸一日以上眠ってたんだよ』

「そんなに、寝てただなんて……」

 なんと、たった数時間眠っていただけだと思っていたら、実は一日以上眠っていたことに軽くショックを受けた。一方で、丸一日以上目が覚めなかったからこそ、二人共心配したのだと妙に納得できた。そしてこの空腹感と、先程の恥ずかしい音にも。


「魔女が言うには、“天使の影響”だと言っていたが、天使の影響はあるにしろ、俺はあの光が原因だと思う」

「光?」

『ねえ、なんの光?』

 リリアージュの記憶では、自分が行使するから『奇跡を貸して』と天使は言っていた。おそらく、その際に包まれた暖かな光の事だろと思う。


 その際のやり取りを間近で聞いていたからこそ、フィンはその光が原因だと話す。その場にいなかったニコルに対して、説明をしようとするも、上手く言葉に言い表せない。

 それもそのはずで、リリアージュ自身は魔術も魔法もなにも使えないからこそ、今更『奇跡』などと言われても、理解も心も追い付かない。それがたとえ、この身に流れる四分の一である祖父由来のものだとしても、それまで知らなかったのだから。結局リリアージュは無難に、「私にはよく分かりません」と答えるしかなかった。


 その後、天使とのやり取りの詳細を、リリアージュが聞かれて困る部分以外を報告した。そして今回騒ぎを起こした天使が、今後また子ども達を使うことは無い旨や、彼女の目的と願いを踏まえた上で、今後同様の事件を起こさないであろうことも。



 そして今回の事件に関する一通りの説明と食事を終えた頃、目が覚めた時は夕焼けだった空が、いつの間にかにこんなにも暗くなっていることに気付いた。そして同時に、あの日から一晩眠っていたということで、本日が何の日だったかを思い出す。楽しみにしていた収穫祭の日だった。

 以前会った、花の妖精達が見に来て欲しいと言っていた日だ。

 リリアージュ自身も以前から楽しみにしていた祭りに出るべく、ベッドから出ようとするところをフィンに止められる。


「おい、まだ絶対安静だぞ」

「私、何ともないですよ」

「それを決めるのは俺じゃない」

『オレも、リリはまだ休んでた方が良いと思うよ』

 なんでも丸一日以上意識が戻らず眠っていた件にて、目覚めた後暫くは絶対安静との事だ。リリアージュが身体に異常は無いと言い張るも、頷いてはくれない。この場で唯一の見方であるはずのニコルにまで、反対されてしまう。けれどここで諦めるわけにはいかないで、リリアージュは交渉に出ることにした。


「……でも約束が」

「約束?」

「はい、以前フィン様達に存在を証明しろと言われた花の子達が、祭りのパレードをぜひ見に来て欲しいと……」

「パレード?」

「そうです」

 パレードに関わらず本来収穫祭自体が、今年の恵みに感謝し作物の収穫を祝い、その活気で負を追い払い、また来年の豊作を祈願する人間の祭りだ。けれどもその活気が人ならざるものを寄せ付ける。


 多くはその活気に便乗して楽しい雰囲気を味わうだけで、人間に混ざって彼らも祭りを楽しむのだ。そして町に焚かれた幻想的な篝火が目印となり、より一層彼らを引き付ける。そうして一緒に楽しみ、騒ぐことで負を払うのだ。

 そして先日のお礼にと、花の妖精らが人間のパレードに交じり余興を行うとのことで、招待されたことを話す。


 けれどもフィンは首を縦に振らなかった。それは交渉が上手くいかなかったことを意味する。あれだけ、何ともないと言っているのにもかかわらず、首を縦に振らない辺り、結構頑固なのだろうと思う。

 だけど、リリアージュにだって譲れないものはある。何よりというのは、そう簡単には反故にできない――というよりも、ものなのだ。


「なら、一緒に来て私が倒れないように見張ってればいい」

「なっ!?」

「それに、これは約束なの! っていうのは履行するものなのです! たから、パレードさえ見たらすぐ戻るから、お願いします!!」


 何を言い出すんだと言った表情のフィンに対して、リリアージュは約束事という言葉を強調しながら、一生のお願いと言わんばかりに、手を合わせて懇願しする。

 まあ今回の場合、約束と言っても正式に交わしたものではないので、大事に至ることはない。そうただ単純に、リリアージュ自身がそれを見たいという思いからの行動だった。


『う―ん、それはいくらなんでも、交渉というよりも……懇願とか我儘とかいうものなんじゃ……』

 その為、一連のやり取りを第三者の視点から見ていたニコルは、そんなリリアージュの言動に対して思ったままの感想を、ぼそりと述べる。


「……なら条件がある」

 そして、少しばかりの静寂が流れた後、そうフィンが口を開いた。

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