第7章:祭りの夜とその後
第1話 夕方の目覚め
「ん……」
ふと目を覚ますと、リリアージュはこれまでにない程ふかふかなベッドの上だった。
どこだろうと思い、辺りを確認する為ベッドから起き上がると、見知らぬ部屋の窓から風に揺らぐレースカーテンと赤い夕焼けが目に入った。
『あっ、やっと起きた!』
そんな夕焼けとは反対側からする、聞き覚えのある声に目を向けると、声の主であるニコルが嬉しそうにベッドに上ってくる。
「おはよう、ニコル」
夕焼けを見ても時間の感覚が掴めていないリリアージュは、いつもの寝起きの様に声を掛ける。
『お、おはようじゃないよ、どれだけ寝てたと思ってるの!?』
心配したと言うニコルの言葉に、自身が気を失った時が昼頃だったので、
(たった数時間で大げさな……)
と思い苦笑する。
『ちょっと待ってて』
そう言うとニコルはベッドからサイドテーブルに飛び乗り、そこに置いてあった小さい四角い箱の上の飛び出た部分を前足で器用に押して引っ込める。
「それは?」
『なんて言ってたっけ? でも「リリが起きたら押して」ってドロシーが置いてったよ』
リリアージュはドロシーの名前を聞いて、これも彼女が作った魔道具の一つなら、きっと何か意味のあるものなのだろうと思った。
「ねえニコル、他の皆は?」
『う―ん、オレには詳しく教えてくれないから知らない』
あの後、どうなったのか知りたくて尋ねるも、ニコルは若干不貞腐れたように答えた。
「そう……。そういえば、ニコルは二日酔いの方はもう大丈夫なの?」
『うげっ、思い出したくもないケド……多分もう大丈夫だよ』
青い顔をして口元を抑えながら答えるその様子に、リリアージュは苦笑した。
少し落ち着いて、部屋を観察する。どうやらこの部屋は昨日泊めてもらう際に使わせてもらった客室のようだった。
『ねぇリリ、アイツらのことあんまり信用しない方が良いと思うよ』
数時間も寝ていたことで、昼食を食べ損ねていたリリアージュは、お腹減ったな……と考えていたところ、ふいにニコルが怪訝そうな表情で投げかける。
「――どういう事?」
『リリが眠ってた時なんだけどね、あのフィンってヤツ、知らない人にフィニアスって呼ばれてた』
「それがどうしたの?」
『違う名前で呼ばれてたんだ……怪しいだろ?』
「それは愛称じゃない?」
『愛称?』
「ほら、私の名前はリリアージュだけど……皆、“リリ”って呼ぶでしょ?」
彼らと一緒にいたオズワルドも、“オズ”と呼ばれていることもそれと一緒でしょ? と言ったものの、ニコルはまだ腑に落ちない様子だ。
『確かにそうだけど、リリもドロシーの兄もちゃんと最初に名乗ってた。でもアイツは最初から“フィン”としか名乗ってないもん』
言われてみればそうかもしれないとも思った。そして何より緑の魔女も言っていた“もう一つの名”も気になるところだった。
(確か……先生は“勇敢な友”って言ってたっけ?)
あの時緑の魔女が、「かつて彼らと約束を結んだ一族に贈られた名なのよ。勇敢な友の意を込めて――」と言っていたことを思い出す。
(彼らと約束ね……)
その彼らが誰にあたるのか分からないが、大変興味深く思う。
そんなことを考えていると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた為、「はい」と返事する。
「入るぞ」
聞き覚えのある短い声と共に声の主であり、先程話題にしていた人物が、姿格好からは似合わない食器を抱えて入ってきた。
フィンは部屋に入るなり、リリアージュが体を起こしているベッドのそばまで来ると、「もう起きて大丈夫なのか?」と心配してくれていたように尋ねる。
一方、傍らにいるニコルは先程の影口を気にしてか、全身硬直している様子だ。
「ふふっ」
もっとも、彼にはニコル姿は見えど言葉は聞こえていないはずなので、その行動が可笑しくて、リリアージュは堪えながらも笑ってしまった。
「……?」
フィンは自分が部屋に入ってから、そんなに笑える要素が一体何処にあったのかと首をかしげながらも、ニコルに対して「知らせてくれてありがとう」などと律義に礼を言う。
「もうダメ、あははっ」
『そんなに笑わなくても……まさか本人が来るなんて思わなかったんだもん』
そんな様子が可笑しくて、リリアージュは堪えきれなくなってしまい声に出して笑ってしまう。
ニコルは、リリアージュが目を覚ました際に押すようにと言われ、先程自分が押した物が、押すことで誰かに知らせる道具だと理解していた。ただし、それを渡してくれ説明してくれた人であるドロシーが来るものだと思っていた為、予想に反した人物且つ怪しいなどと陰口を叩いていた人物の登場に酷く驚いてしまったのだ。
その様子が可笑しくて、笑っていたリリアージュだったが、本人の「ぐう――」という空腹の音がその笑いをかき消すように響き渡る。
「――っ!」
いくら何でもタイミングが悪いと思いながらも、先程までの可笑しさは、周囲に聞こえてしまったであろうその音により何処かへ出ていき、リリアージュは羞恥心のあまり赤面する。
「ふ、ふふっ、はははっ」
急に笑ったかと思えば、自身の空腹の音によって急に黙り込むリリアージュの様子にフィンが笑い出す。
「そ、そんなにわらわなくても……」
「ふふっ、すまない。あまりにも豪快な音だったので」
そんなフィンの様子にますます醜態をさらしたかのような気持ちになったリリアージュは、恥ずかしさをこらえながら、やっとの思いで小さな不満を口にする。
けれどフィンは両手を腹部に当て、肩をピクピクと震わせながら、謝罪にならない謝罪を口にしただけだった。
「ほら、これ」
そして、やっぱり聞こえてしまっていた事が当人の口から再確認されたと思ったら、フィンは手に持っていた食器を、それを乗せたトレイごとリリアージュの前に差し出す。
食器のふたを開けると、暖かな湯気がふわりと立ち込める。出された食事は、野菜粥と卵のスープだった。
「ありがとうございます。いただきます」
内心では、正直もっとしっかりとした食べ応えのある物でも良かったのだけど……と思いながらも、粥を一口食べる。
「――っ! おいしいです!」
一体どんなお米と野菜を使っているのか、または料理をした人の腕がどれ程いいのか、その両方か、今まで食べた粥の中で群を抜いた美味しさだった。
「そうか、それは良かった。料理長にはそう伝えておくよ」
肩をピクピクと震わせていた様子から冷静さを取り戻したフィンがおもむろに、今までに見たことも無いような柔らかな笑みで言う。
リリアージュは今まで、眉間にしわを寄せた――とまではいかないにしろ、堅物そうな表情のフィンしか見たことが無かったので、意外な一面を見たような気がした。
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