第4話 天使の奇跡
天使のその言葉を聞いた瞬間、リリアージュは緊張の糸が切れ、今まで天使を見下ろすように立っていた姿勢が全身の力が抜けるように崩れる。そのまま倒れるかと思ったが、リリアージュはフィンに支えられる形で、倒れることなくその場に留まった。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとうございます」
天使との交渉に集中を割いていたリリアージュは、フィンが同じ部屋にいることをすっかり忘れていた。そして今し方、フィンに聞かれてはまずいことを口走ったような気もするが、それを口止めする方法も懇願する気力も今は無く、支えてもらったお礼のみを述べた。
「交渉は?」
「上手くいったみたいです」
天使の姿を捉えることも、声を聴くことも叶わないフィンにとって、認識できていたのは天使と対峙しているリリアージュの言動のみだった。
そのリリアージュが、発言からは優勢に立っていたと思っていたのに、急に倒れそうになったのだ。そして本人の口から肯定の言葉を聞き、フィンは安堵の溜息を漏らす。そしてこの状況を近くで様子を見ている仲間に向けて、あらかじめ決めていた合図を送る。
これでしばらくすれば、控えている者らがすぐにこの場に駆け付けるだろう。
『……でも私一人の力では難しいと思うの、だからあなたの持つ奇跡を貸して頂戴』
「奇跡? 何のこと?」
自身の力のみでは難しいと述べる天使は、リリアージュに手を貸して欲しいと懇願した。加えて『奇跡』というリリアージュにとって身に覚えのない言葉を述べる。
「……? どうしたまだ何かあるのか?」
「いえ、その……なんと言いますか……」
リリアージュを支えたままだったフィンが問いかけ、理解が追い付かず本当に何と言えばよいのか分からず、言い淀むリリアージュをそのまま床へと座らせる。
『そう、あなたはその力については知らないのね』
「私は……なんの魔術も使えません」
『奇跡は魔術ではないわ……そしてあなたからはラファ様に似た力を感じる――あなたの持つ奇跡は癒しよ』
「それは祖父の? でも……使い方が分かりません」
『大丈夫、奇跡の行使は私がするわ。あなたはその力を私に貸してくれればいい』
《奇跡》という文言と、それを使うことの出来たという祖父の存在は知っていたとしても、今まで祖父が何者なのか認識していしていない。記憶にあるのは家族が語る『優しい人だった』等という聞いた事くらいであり、詳しく知らなかった身としては、その《奇跡》の使い方等もちろん分かるはずなかった。
けれど天使は何を根拠にしているのか分からないが『大丈夫』と言ってのけ、そして同時に天使は右手でリリアージュの頬を優しく触れる。
リリアージュは触れられたところが暖かいと感じると、ふわりとした高揚感が全身を包む。すると薄暗いこの部屋で暖かく柔らかな光に包まれるような感覚がしたと思ったら、急に全身に倦怠感が襲った。
「おいっ! 何がどうなっている!?」
傍らで何か叫ぶ声が聞こえる気もするが、なぜかひどく遠くに感じられた。
そして瞼に重みを感じたと思えば、視界がゆっくりと閉じられリリアージュはそこで意識を失った。
***
交渉は上手くいったと話していたにもかかわらず、まだ何があるというのか。
そもそもフィンには見えることの叶わない相手の声を聴く手段を持ち合わせていない。もっとも、以前この少女の言っていたように、相手の方から認識できるようにしてもらえれば話は別なのだが。
だから支えている目の前の少女が、見えざるものと話していても、それに加わることはできない。出来ることといえば少女の様子を静観するしかなかったのだが、少女の言葉のみを聞いていた身としては何が起こったのか理解が追い付かない状況だった。
なんせ急に辺りが光に包まれたと思ったら、支えていた少女は意識を失い、そして目の前には見えるはずのない人物の姿が見えていたのだから。
そして光が消えた後、いつの間にか日食が始まったのか先程よりも辺りが暗い。
けれどもフィンはその暗さの中でも霞むことのなく、はっきりとその姿を捉えていた。
「お前が――天使か?」
『――そうよ』
帰ってくるであろう答えは分かっていても尋ねずにはいられなかった。
風も無いのに長い金糸の髪が揺らぎ、同色の瞳がじっとこちらを捉えながら肯定する。
『でもさすがだわ。まさかあなたが私を捉えることが出来るなんてね』
フィンは得体のしれない者と対峙する感覚を思えつつも、同時にだとするなら、何故今になって姿を捉えることが出来るのかと思案する。そうしている内に徐々に部屋の中は闇につ包まれつつあった。
『何故って、そうね……多分だけど、あなたにも少なからず素質があるのと、この子との相性が良いからかしら?』
加えて、『奇跡』の影響による一時的なものだと思うわ、とも天使は言う。
そして天使が辺りを見渡したかのように思えば、リリアージュの持っていた古い本を自身の手に収める。そして今現在気を失った為、返事をすることの出来ない状態の相手に語り掛ける。
『その子達はもう大丈夫だから、約束通りコレは貰っていくわね』
「おいっ――」
フィンは一連の出来事から混乱が収まらない頭を、必死に回転させながら声を絞り出すも、「待てと」の言葉を紡ぐ間もなく、天使の姿は暗闇に紛れ消え去った。
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