MUGENの彼方
@humioji
第1話 希望の船
ガタガタガタガタ!!
長い夏の無機質な病院の廊下。いつもは静かなのだが今日はやけに騒がしい。
「大丈夫よ!今、お医者さんが見てくれるからね!しっかりしてね!ゆうちゃん!」
なにやら尋常じゃない様子だということがよくわかる。
「ちょうどよかった!霧島(きりしま)先生!意識不明の患者が運ばれてきているんです!今はあなたしかいません!今すぐ集中治療室に来てください!」
そう看護婦に言われ事の重大さが分かる。私はどちらかというと落ち着いているほうだと思う。だが、その時の私は落ち着いてられることができなかった。なにしろその時の私はまだ経験も浅く何しろ医療大学を出て初めての仕事だった。そして、私の人生はこの患者を診たときから狂い始めたのかもしれない。
「どぉだった?初めての診察は?」
そう同じ病院に勤めている年配の医者、和馬(かずま)先生に聞かれた。
「いや…私は何もできなくて…不甲斐ないばかりですよ」
「ハハハっ、若造にはちときつかったかのぉ!」
「あの時は来ていただいて助かりました。ありがとうございます。和馬先生」
「わしもあの時は驚いたよ、まさかあんな時間に急患とはなぁ…」
どうやら私のニックネームは「若造」らしい…患者の容態は意識不明、体になんら外傷はないし、心臓はちゃんと動いている。それに不思議なことにとても気楽そうに、まるで遠足に行った帰りのバスの中の子供といった感じの顔つきをしていた。
何かが不可解だ…何故こんな気楽そうな顔つきの子供が意識不明になっているのだろうか…
「…ぉい、おぉい!」
私の顔を見つめながら和馬先生が呼び掛けていた。
「どうした?思いつめた顔をして?」
私は考えてたことを和馬先生に話した。何故こんなに不可解な患者がいるのか?何があったのかを…
「ふぅむ…それはわしも考えていた。まるでゲームでもしながら意識を失ったのような…」
「やっぱり和馬先生にもそう見えますか…私もそう見えました」
「どぉも!和馬先生!大根持ってきたよ!」
「おぉ、山崎さん!どうもどうも!」
「若造、話はあとだ!そろそろ仕事をするか!」
「そうですね…」
そのあとも私の頭の中には不可解な例の謎ばかり残っていた。
「おう!お疲れ様!」
和馬先生がコーヒーを持ってきてくれた。和馬先生のコーヒーはいつも少しほろ苦い。
「ありがとうございます。和馬先生」
「うい!大根もあるからみそでもつけて食おう」
「おいしそうですね。それでは少し休憩にしましょうか」
和馬先生はそのままもらってきた大根を切り始めた。和馬先生は料理上手なのだろうか。とても軽快な包丁がまな板を叩く音が聞こえる。
「ほい!できた!和馬特製、野菜スティック!」
私と和馬先生しかいない病院を少し疑問に思った。
「和馬先生、そういえば看護婦さんがいませんが…大丈夫なのですか?」
「こんな田舎の病院は実際患者も少ししかいないし今いるのはあの意識不明の子供だけだからのぉ…」
「ですが…やはり意識不明なのだからだれか一人はいたほうがいいのでは?」
「勤務して少ししかたっていない若造がいうんじゃねぇ!」
そういいながら私の頭を軽く撫でた。なんだか和馬先生は私のお父さんみたいだ。
そしたら和馬先生は少し真面目なトーンの口調になった
「全員返した、お前と少し大事な話をしたい」
和馬先生がこんな真面目なトーンになるなんて初めてだ。何か重大な話があるのかと思うと少し緊張してしまう。
「少し人に聞かれたら厄介なんでな…このことは他言無用で頼む」
「はい、わかりました…それで一体どうしたんですか」
「…ぼうのふね」
「え?」
「希望の船を若造は知っているか?」
「希望の船…?何ですかそれは…?」
「若造が子供だった頃、少しの間だけバカ高いゲーム機が売られていたことを知っているか?」
「それは私も覚えていますよ。確か…「MUGEN」って名前のゲームだった気がします。子供のころずいぶん母親にねだりました」
「そうか…今から30年前、2017年、わしが都会の病院に勤めていた時、昨日運ばれてきた子供と同じような患者が運ばれてきてな…体に外傷なし、安らかな顔だった。」
「30年前からこの症状はあったということですか…!」
「あぁ、そしてわしらは脳に何が起きているのか確かめるためにMRTを写すことにした。」
「それで、何か発見したのですか!?」
「あぁ。俺たちは頭に小さな「何か」があることを確認した、そしてそれを報告書にまとめて医院長に出したのだがな…何故かその時医院長はいい顔をしなかった…次の日、国のおえらいさんが病院に来ていた」
「何故…?」
「わしたちは危ない橋に手を出してしまったんだよ」
「危ない橋?」
「少し長くなるぞ?寝るなよ、若造」
「あなたがが和馬先生ですか?」
「はい?私に何か御用があるのですか?」
「少し、お話したいことがあります。先を急ぐ話です。できれば今すぐお話したいのですが…」
「分かりました、空いている部屋があるのでそこでお話ししましょう」
俺の心臓は張り裂けそうだった。国のおえらいさんが来てさらに俺に用があるなんて…何やら体もいかついお兄さんて感じがする…そして空いている部屋について、俺と国のお偉いさん、二人きりになった
「今からいう事は他言無用でお願いします」
突然話を振られたので俺は何を答えればわからなくなった
「実は、あなた方がMRTで見つけたものは「MUGEN」の一部なんです」
「…え?」
「驚くのも無理がありません、詳しく話すと「MUGEN」はゲーム機でこの機械はまるで自分がその世界にいるように体験できるゲーム機なんです」
「そこまでは私もゲーム雑誌で聞いたことがあります、何やら買うのにも少し条件があることも噂で聞きました」
そうするとお偉いさんは渋い顔をした。何やらぼそぼそ言っているようだった。
「どうかされました?」
俺はこの話をもっと聞きたいと思った
「あぁ…すいません。それで話の続きなのですが、そのゲーム機は一部の富裕層にしか買うことを許されていないゲーム機なんですよ」
「何故?」
「意識不明になることを恐れていたからですよ。このゲーム機は脳に直接埋め込む以上何らかのアクシデントが出てもおかしくない…そこで我々はこうなったら責任をとれるような人にお売りするしかない…」
「ちょっと待ってください!今「我々」と言いましたよね!?「MUGEN」は国が作ったゲーム機なのですか!?」
「えぇ…もともとは身体に支障がある人を救うための機械だったのですよ。全ては脳が体に命令を与えています。その脳に機械を埋め込み特殊な電気を流し込み体を動かせるようにしようというものだったのです」
「そんな…」
「私たちはこの機械を「希望の船」と名付けました。そしてこのプロジェクトを「希望の船プロジェクト」と…」
まさか国がそんなことを考えていたなんて…
「そしてこのプロジェクトを成功したら我が国は全世界から脚光をあびることになる、つまり、病気は治るし我が国は脚光を浴びる、いいこと尽くしです。我々にとっては本当に希望の船だったのです」
「ですが…人の脳に機械を埋め込むことなど法律が許しません!」
「患者を治すための最新の治療をします…そう国の関係者が言いに行きます」
「あなた方は患者を!患者の家族を騙したのですか!」
「落ち着いてください…我々もこんなことはしたくありませんでした。ですがこうするしかなかったんです」
「結果は…どうだったのですか…?」
「大失敗でした。患者は植物状態、再起不能になりました…家族には病院側のせいにしましたよ、我々のバックは国です。こんな事はどうにでもなります」
「ふざけるな!!!国だからといって人を殺していいのか!?」
そういえば前の新聞で読んだことがあった。N市にある病院が一週間でつぶれたと書いてあった。国は結果を出すためには何でもするところだということを知った。
「落ち着いてください!ここからが本題です…希望の船プロジェクトはこれをきっかけに廃止されました。ですがそれは見かけ上。裏の裏では秘密裏にプロジェクトは進行していたのです。そしてそれの完成形が「MUGEN」希望の船は形を変えて漕ぎ続けているのです」
「こんな話を私にしていいのですか…?」
「本当は危ないです。もしかするとどこかで監視されているかもしれないし盗聴されているかもしれない」
「じゃあ…何故?」
「私はもうじき死ぬでしょう…私は希望の船の乗組員として、希望の船を内側から壊そうとした…ですが、気づかれました。私は耐えられなかったのです…国がやろうとしていることについていけなかったのです」
「あなた…名前を聞いてもいいですか?」
「死ぬ前の人間に名前を聞くのですか…面白い人だ。私の名前は栗林信夫(くりばやしのぶお)です、あなたは?」
「加藤…和馬です…」
「最後にこんなに正義感の強い人に会えて嬉しかったですよ、最後にこの紙を受け取ってください」
「この紙は…」
「あなたの窮地を助けてくれる紙です。あとこの紙は30年後に見てください。もし、その前に見ればあなたは…死にます」
「なんで…」
その質問に彼は答えなかった。ただ最後に彼は「さようなら、和馬さん」とだけ言った。次の日から「MUGEN」は町から消えた…
「なるほど…」
「分かったか?若造、これは国がらみの事件だったんだ」
「でも、「MUGEN」はもうないのでは?」
「あぁ…MRTをかけるまで分からないのだが…実に似ている」
「確かに…」
「そして、あの栗林とかいうおじさんに貰った紙をわしは今持っている」
ゴクンとつばを飲み込んだ…これには何が書いてあるのだろうか…
第一話完
MUGENの彼方 @humioji
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