ホワイトデー、イブ

森猫この葉

ホワイトデーイブの出来事。


 とある3月の金曜日のこと。

「こーた!」

 文野浩太は下校途中、同級生の木野崎美咲に呼び止められた。

「おう。どしたー?」

「浩太君、今日は何の日でしょう?」

「えー? おまえの誕生日ーは違うだろ、俺のでもねーし、あれ、誰かの誕生日だった?」

「ぶっぶー。正解は、ホワイトデー・イブです!」

「あー。そんでおまえいろいろもらってたのか……」

 先月の13日、美咲流に言えばバレンタイン・イブの日、美咲はクラスじゅうに手作りクッキーを配っていた。チョコチップ入りの手の込んだやつ。浩太ももらった。受け取らなかったのは担任の星野と彼女ができたばっかの星河くらいだ。ちなみに彼女の方は受け取っていた。友チョコってやつだからか。

 で、今日そういえば美咲は、クラスの男子からお菓子を貢がれていた。なんだあいつらゲームにでも負けたのかと思っていたが、そういうことだったのか。

「で、こーたは?」

「あ?」

 ヤバイ、完全に忘れてた。

「あー、ごめんごめん。またこんど何か奢るわ」

「もー、忘れてたでしょっ」

 ぷんぷんと美咲が怒ってる。ふん。

 ……義理のお返しなんか、適当でいいだろ。

「星河ですらくれたんだよ、もらってないのにっ。あーでもきっと穂積さんと買いに行ったんだろうなーおそろいだったもん。いいなーあの二人はラブラブで」

「おまえ、本命はあげたのか」


「うん」



 ドキッとした。そうかあげたのか。……本命、いたんだな。はあ。



「あげたよ? 本命クッキー」


「はあ? クッキーかよ、チョコだろ普通」

「えーいいじゃん他のみんなのも作るんだしー」

「よくねぇよ、本命はチョコにきまってんだよ」

「あたしクッキーのが好きなんだよねー」

「それでもだ。バレンタインの本命といえばチョコだろう。クッキーだとよっぽど包装に凝ってないとわかんねーだろ、トモチョコになっちゃうだろ」

「あれ、わかんなかった?」


 ぴょこり、と美咲が浩太の顔をのぞきこんだ。



「こーたのだけ、ハート型だったんだよ?」





「は!?」


 マジで!? なにも考えねーで食べたよ。むしろがっかりしてやけ食いしたよ。だってあれじゃ、え、まじで、まじで!?

「おまえみんなに配ってたじゃん」

「うん。こーたのだけリボンの色も違かったんだよ」


「まじか……」


 本気か。そんなのありなのか。クラスじゅうに友達に配るついでに、本命? てか、本命!?


「ねー、そんなにチョコがいいんならさ、こんどチョコ作ってくるよ」


 前を歩きながら美咲が、何か言ってる。耳が赤い。浩太は思わず凝視した。


「だからさ、チョコあげるから。そのときは、……ツキアッテクダサイ?」


 ……マジか。


 浩太は、前を歩く美咲の頭をこづいた。

「なんで、カタコトなんだよ」

「もーっ、恥ずいからにきまってんじゃんこーたのバカ」

「わかりにくすぎるんだよ」

「わかってよ! もードキドキだったんだからねーっ。なのにホワイトデーのお返しすら忘れてるし……っ」

「……、がっかりしたんだよっ」

「ふぇ?」

「……義理だと思って。がっかり、したんだよ。好きなやついるのかーって」

「もう。鈍感だねぇ」

「まったくなー……って、いや今回のはおまえが遠回しすぎだろ」



「なあ」

「なに」

「……俺で、いいのか?」


 おまえの本命って。


 言えなかったつづきも、美咲には伝わったみたいだった。美咲はふわっと笑って言った。

「こーたがいいの。……浩太君が、好きです」



 ヤバい、ドキドキする。こんな可愛い笑顔の子が俺のことを好きでいいのか!? 浩太は意を決して言った。


「俺も。……前から、好きです」


 美咲はてへっと笑った。

「じゃあ本命チョコ作ってくるね。浩太はお返しに美味しいとこつれてってね」

「おう」

 これは、デートの約束か。星河にでも美味しいスイーツ情報を聞いておかないとな。それに。クッキーの、いやチョコの、お返しも買わないと。

 浩太はあれこれ考えながら、美咲と並んで家の近くまで送っていった。

 二人とも、めずらしく沈黙して歩いた。幸せな沈黙だった。



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ホワイトデー、イブ 森猫この葉 @z54ikia

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