第9話 眠れそうな夜
『まったく、こんな夜分に電話を掛けてくるからなにかと思ったら。片想いだと思っていたら、実は両想いでしたってこと? 新手ののろけ話かっ!』
長々と蓮の話を聞いていた麗奈が、そう乱暴に言い放つ。そういえば、麗奈は常日頃から彼氏が欲しいとぼやいていたっけ……。
「ごめん、こんな話につき合わせちゃって」
蓮がそう言うと、麗奈は『全くだよ、ホントに!』と怒鳴り、コーヒーを取りに十数秒離れた。
そして、アルミ缶の蓋を開ける音とともに通話を再開したとき、麗奈の口調は新聞部モードに切り替わっていた。
「それで、ちょいちょい気になる部分があるから質問させてね。まず……」
麗奈の質問は的確で、おかげで質問に答えるたびに少しずつ、気持ちの整理が出来ていく。どこか親父のカウンセリングと通ずるようなものを、蓮は感じていた。
そうして質問攻めに遭うこと十数分。少しずつ眠気を感じてきたころ、ようやく最後の質問になった。
「まあ、話は大体理解出来たけどさ……それで、どうするの?」
「……どうするって?」
「あんたのことよ。來斗のことはきっぱり諦めるのか、思い続けるのか。それをはっきりさせないと、凛の恋を応援することだって出来ないわよ」
その言葉を聞いて、蓮は改めて考えてみる。
もし蓮の人格が消えて一つになったとき、この思いはどうなるのだろう。
もし、私の人格と共に消えてくれるならばきっと何の問題もないはず。でももし、來斗への想いが凛に移ってしまったなら。それは大変なことになりかねない。そうなったら凛は、2人の男を好きになった浮気女ということになる。恋多き女といえば聞こえはいいが、凛をそんな存在にさせてはならない。
そんな理屈だけを並べたものを気持ちと言っていいのかわからないが、それだけは、ハッキリとわかる。
「來斗のことは、キッパリ諦めることにする。凛が好きな先輩も頼りがいのありそうな人だし、多分好きになれると思う。女の恋は上書き式ってよく言われるし」
蓮がそう答えると、麗奈はまず、『及第点』とだけ言った。
『理屈だけじゃ感情は制御できないよ。ちゃんとフッたにもかかわらず、眠れなくなってる現状がその証拠。……まあ今回の一件は、時間が解決するのを待つしかない事柄ではあるけどね』
相変わらず人の考えを読むのが上手いというか……。
「……そうだね。ありがとう、麗奈。話したら、少し楽になったかも」
『どういたしまして。いつか奢るかいい人紹介するかしてよね。……じゃあおやすみ』
そう言って麗奈は、電話を一方的に切ってしまった。通話終了の文字がスマホの画面に表示され、続いて表示された時間を見る。
「……もうこんな時間か」
時計は既に2時を回っていた。かれこれ1時間も誰かと電話し続けるなんて初めてかもしれない。いやそれどころか、誰かとこんなに長く話すこと自体、珍しいかもしれない。
「……恋って面倒だな」
無意識にそうぽつりと呟くと、蓮は立ち上がってあるものを探した。
数秒辺りを見回して、勉強机の棚に見つけた交換日記を広げて、今日あったことを書いてみる。
でも來斗との件だけは書かないことにした。凛の性格からして、自分の気持ちを後回しにするか諦めるかしてしまうだろう。そうならなくとも、確実に今回の件を引きずって延々と悩んだり苦しんだりするはずだ。
そうやって書いていると、段々といつもの調子を取り戻していった。そしてカラオケ中のことを思い出したので、凛への説教を新たに書き綴り始める。
気が付けば2ページにも及ぶ文章量になっていた。面白いように手が進んだので、時間は30分とかかっていない。
「とはいえ2時半か……これ以上は部活に支障が出るな」
茶道部の活動は午前から。電車の時間を考えるともう5時間くらいしか寝る時間はない。
流石にもう眠い。
蓮は電気を切って、ベッドに横になって目を閉じた。
これからのことをどうするのか。明日もし來斗に出会ったら、來斗はどう反応するのだろう。夏休みが明けたらどうなるのだろう。悩みの種はいくつもある。眠れない夜は、きっと何度も訪れるのだろう。
それでも今日は悩みを置いて、疲れに身を任せ、蓮は眠りについた。
重ね、煩う 冬空ノ牡羊 @fuyuzora_no_ohituzi
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