最終骨「双骨の死霊使い」


「俺は、一体……」


 黒瀬は全てが終わったこの惨状を見て、何が起こったのかを即座に理解する。


「ピザピン、莉愛、咲愛……」


 みんなで手にした勝利。なのに、この場に残るのは俺しかいない。なんて悲しい事実なのだろう。一刻でも早く、みんなで勝利の喜びを分かち合いたい。そんな気分で一杯だった。


「早く、みんなを……」


 体の節々が痛むのを物ともせず、必死になってみんなの遺骸を探そうとする黒瀬。


 先ほどの魔獣を倒すことが試練とするならば、その試練はクリアできたと言えるだろう。



 たしかに、黒瀬たちはあの自分たちの実力よりもずっと強大な敵に打ち勝つことができた。これからさらに強い敵が現れようとも、またしのぎを削って戦えば良い。

 きっとこれからも、俺たち4人がいれば怖いものなんて何もない! と言う新進気鋭の一団が無双するお話で進めば良いだけのことだ。

 



 しかし、この魔獣を倒すことが試練ではなかった。


 本当の試練は、この後にこそあった……


 満身創痍の黒瀬はおてんば娘の咲愛、クール娘莉愛、勝気な元王族ピザピン、3人の眷属の蘇生を試みた。


 なんとか手にした勝利、傷ついた体を癒すように、負傷した仲間(負傷どころではないが)を蘇生するのは当然の行動だった。


 そこに迷いが生じることはなく、当然すべきことをただ淡々とこなすのみだった。


――でも、本当は気にかけるべきだった。


 黒瀬は知っていたはずなのに。知らないでは済まされない、重大な過ち。大きな瑕疵かしがそこにあった。


 死体の下にはさらに死体が折り重なっている。その場合に考えなしに、黒瀬が降霊術を行うとどうなるのか、想像に難くなかった。


「風化せし死別した骸、遡及する時節とき、流転する運命さだめ、再起し、再蘇し、命の灯火の再臨を全ての死屍にこいねがう!」


 普段通り、いつも通り詠唱を始める黒瀬。次なる襲撃に向けていち早く眷属の復活を望む主。


 慣れた光景だ。黒い霧が湧出し、肉体の快復かいふくが始まる。こうやって命の鼓動が止んだ生き物も死霊使いの力によって現世に再臨する。


 その最中、黒瀬は猛烈な苦しみに襲われた。


「一体これは何だ……」


 完全なる魔力切れ。砂鯨と戦闘した時の比ではない魔力を今、消費している。


 黒瀬は自分の術で、自分の首を絞める結果になってしまっていた。


 本来もちろん死んだ人間1人蘇らせるには相当な力が必要だ。それをこの一帯の数百はあるであろう骸に対して行なっているのだから、駆け出しの死霊使いでは耐え切れるはずがない。


 死に瀕している人間、そして人ではない何かの骸まで、黒瀬の中にある生命のエネルギーを搾り取る。黒瀬が生きる力を根こそぎ抜き取って、またもう一度生を得ようとする者たちが続々と蘇生されていく。


 それは一見すると死霊使いネクロマンサー冥利に尽きる光景だと言えた。死を恐れない奴隷たちが地の底から無限に湧き出る姿は圧巻で、それを従える死屍の王こそ、この駆け出し死霊使いネクロマンサーの黒瀬頼央だ。


 だが、魔力を蕩尽とうじんしきった主から搾り取れるものを絞り尽くした眷属は自我を持たないアンデットと化し、主であるはずの黒瀬もただ心臓を動かすのが精一杯の哀れな人形と成り果てていた。


 魔力を供給するだけのタンク、未熟な王はただ利用されるだけの出来損ないとしてしか機能できなかった。


「マスター! 起きてよ! ヤバいんだって! マスター!」


 黒瀬が最期の力を振り絞って蘇生させた咲愛。その咲愛が必死になって黒瀬に声を掛ける。その声は残念ながら今の黒瀬に届くことはなかった。


「咲愛! もうここはダメ! すぐに離れよう!」


 莉愛は黒瀬を抱えて、この場からの撤退を選択する。


「この量の眷属を作り出すなんてさすが主なのじゃ……」


 幼女ピザピンも無事に蘇ったものの、この恐るべき事態を見て悠々と構えることはできなかった。


「これ、全部倒さないとマスターは生き返らないってこと?」


「そんなの分かんない! でも今は無理だってことよ!」


 咲愛と莉愛がそう言って言い争っている間にも、魔物やアンデットはどんどんと増えていく。黒瀬は、ここ一帯の骸はほぼ全て降霊術で復活させてしまっていた。


 目が虚ろな元人間はどこから出しているのか分からない低く不気味な呻き声を上げながら彷徨っている。


 彼らは目的も使命も分からずにただそこで目に入った物を襲い続ける。眷属同士で傷付け合って、辺りが血の海になっている。


 凄惨なこの状況は、いかに手を尽くそうと、たった三人の力ではどうにもならないと悟った。


 主人が再起不能の今、眷属たちは自分たちの判断で行動する他なかった。自分たちを救てくれたマスターを、今度は自分たち自分たちの手で救う。


「今度はあたしたちのターンよ!」


 こんな絶望的な状況でも、最後まで希望を捨てずに戦っていれば、良い結果をもたらしてくれるかもしれない。そう信じて三人は力を失った少年と共に、再び進むことを決意した。


 

――第一部 完

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双骨の死霊使い~枯れない桜の木の下で、俺は骨(美少女)と出会った~ 阿礼 泣素 @super_angel

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