第26話


 その日、豊と境が住んでいる家に着いたのはもう日が沈もうとしていた。


 村の皆の記憶はナリが上手く操作をし、上村が未羅を迎えに来てくれていてナリも連れて一緒に帰って行った。


 闇は陽と一緒に罪車に乗って帰って行く、一度上に報告に戻ると言っていた。


 豊は境の家に入ると何処の部屋から入ったのか数匹の猫が豊のベッドの毛布に包まって鳴いていた。


 猫の隣に豊と境のそれぞれの腕からヌイとデビが下りた。


 初めは威嚇していた猫たちだったがヌイとデビ二匹と目が合ったとたん大人しくなり懐いてきた。猫とじゃれあう犬と蛇、なかなかレアな光景だ。




 次の日、陽と闇に未羅達の秘密基地に呼ばれていた為、皆で放課後、集合した。


 ヤブとノブは彼らが居ると不都合な為、違う先生に頼み現在、居残り勉強中だ。


 彼らは特に呼び出す理由が無いから難癖付けるのに苦労すると教師仲間に言われたと境が愚痴っていた。



 そうして例のほら穴の横の大きな木に豊、未羅、境、陽、闇、ヌイ、ナリ、デビが勢ぞろいした。



「集まってもらって悪い、これを見てもらえねーか?」

 そう陽に見せられたのは携帯電話のモニターである。


 そこに政治家達が自分たちの給料を多額の寄付に回し貧富で壊れかかった村を立て直すとそういうニュースが流れていた。

 


 他にも画面を変えるとブラック企業を無くすための法案や、同性婚を認める法案、長年続いた戦争が終わりを告げるなど様々な明るいニュースが流れてきた。

 

 中でも特に目立ったニュースは各地で困った人を助けたいと動いているボランティアの人達の存在だった。

 

 だがそんな中でも一つ、二十五歳の青年が父親を殺すというニュースが流れた。



「見ての通り、少しづつ、人の中で俺達が蒔いた心の種が育ちつつある。だけど絶望が強すぎて思いが届かない人々も中には居る。そういう者達にはどう働きかけて行くか考えていく必要がある。どんな人も変わることが出来るが自覚しないと変われない。三ヶ月かけて皆で人々に種を蒔いた。豊も未羅もまだ小さい、二人が成長すると共に人々の中の種も育つ。花が咲く頃、今度は心に響かない大きな傷を抱えた者との戦いをしよう。実はこの木、小さな穴があるだろう?ここ、豊が住処にしていた所と繋がっているんだ。そして上ともつながっている。リイ坊の親は過保護でな。心配でたまらなかったみたいだ。ココから話すこともできる。ヤブとノブには知られないようにしないといかんけどな」

 

 陽の言葉に豊の心は震えた。




 お父さんとお母さんと話ができる。

 でも境は嫌じゃないだろうか。

 僕が境の立場なら嫌だ。取られるみたいで嫌だ。




 そう思った豊は境と目を合わせる。


「僕の今の名前は豊。リイじゃない。そして僕の家族は境や仲間達。今はまだ話せなくてもいいや、話せるくらい成長して皆が言う一人前になれたら、その時は報告がてら話すよ」

 

 そう言った豊の頭を境は撫でた。

「お前はまだ子供だ。たまたまそんな大きな使命背負わされて、そら前世で決まってたかもしんねえけど今のお前には関係ねーだろう? 親と話せる時に話しといたほうが良い。俺みたいに話せなくなる前に」





 

 境に説得され豊は大木の傍に立ち陽に言われるがまま木に手を当て心で喋りかけた。



『父上、母上、僕が不甲斐ないばかりにこの星の現状はこんな有様です。出来の悪い息子で申し訳ありません』

 


 豊は木の温かみに身を預けそう語りかけた。

 木から渋い男らしい声が聞こえてきて豊はその声に耳をすました。



『リイ、元気そうで良かった。上ではどうする事も出来ず何度も規則を破り上へ連れ戻そうと試みたか分からない。私達の方こそあなたを守る事も、一人前に育てきる事もできないで、すまなかった。フォローに回ってもらう闇を地上に下ろす時期とお前を地上に下ろす時期がずれてしまった手違いも申し訳ないと思っている』

 

 父上の声は厳しく温かく心に響いた。


 続いて女らしい高めの綺麗な、澄んだ声が響く。

『こちらからも何かしら助けたいのですが何しろ規則が厳しくて。上の世界でそんな事あってはならないのだけど貴方をを妬む者もいる。そのうち邪魔しにそちらに向かう事も考えられます。用心しなさい。後、貴方は父上に似て女性に弱い所があります。気をつけなさい。そして誰でも良いですからパートナーが出来たら紹介して下さいね』

 


 母上の声は優しく包んでくれる様だった。



『父上、母上。ありがとうございます。僕はココで一人前になってみせます。心に傷を抱えた者を一人でも救って見せます。そこから見ていて下さい』

 

 豊の声は自信に満ちていた。そんな豊の手を不安そうに未羅が握る。



「ユタ君、遠くに行っちゃわないよね?この前も行ったように私、何処までも付いていくんだからね」

 

 未羅の声の勢いに押され気味な豊はやはり女性には弱い様だと大木の向こうから両親の笑い声が聞こえた。






 僕は生きる。

 今ここで。

 一人でも多く、幸せな人を増やす手伝いをしながら。







「あっ、ユタ君のこの前歌った色々な歌が、動画で流れてるよ。題名が星空から聞こえる不思議な歌って書いてある」

 未羅の声に我に返り動画を消そうと試みる豊だが他人がUPした動画が知識のない豊に消せる訳がない。


「おっ、これのおかげで種がどんどん蒔かれるな、心が綺麗になる幸せの種が」

 


 陽の声に皆が笑う。豊だけ使い慣れない携帯を触りおろおろとしている。









 あの頃の僕。死なないでえらかったね。

 もう少しで幸せが手に入るよ。

 ささやかだけど、宝物のような日々が。

 今は辛いけどもうちょっと待っててね。







 そうあの頃の僕に言いたい。そんな事を思いながら豊は洞窟の入り口の向こうにある星を眺めた。








                                       了

 






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天使の書 やまくる実 @runnko

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