最終回 リョコウバト達の幸せ

「きゅる。きゅる」


 子供特有の声音の高さはまさに、天使の声です。

 その声を発したのは、リョコウバト夫婦が授かった第2子、長女のハト音<はとね>です。

 部屋でお人形を持ちながら、父親である旦那とおままごとをしています。


「きゅるるる! きゅっきゅきゅぅぅるるる。きゅるるるる!」


 女の子なので、ハト丸よりも口数が多いですが、何を言ってるのか旦那にはわかりません。

 なんとなく、お人形が作った料理を出してるような仕草をしています。


「これ食べていいの?」

「きゅる!」

「わあい! いただきま~す! もぐもぐ、今日のご飯、美味しいね!」


 そんなふうに遊んでいると、台所に立っていたリョコウバトさんが、大声で呼びました。


「さあご飯できましたわ!」

「きゅるる!」


 食卓に3人で座って、美味しそうに並んだ料理を前に、いただきます、と言って食べ始めました。


「ハト丸はちゃんと食べてるかな……?」


 旦那はふと口に出しました。

 ハト丸は1ヶ月前に、一人旅を始めたのです。

 旅に出るのはリョコウバトの習性であり、彼が一人前になった証拠だとはいえ、夫婦にとっては心配の種です。


「ハト丸ちゃんに電話してみます?」

「そうだね。食べ終わったあとにでも」


 ピンポーン


 玄関からチャイムが鳴りました。


「私が出るよ」


 食事を中断して、旦那は玄関に向かい、ドアののぞき穴から外を見ました。

(だ……だれ……!?)

 黒い高級スーツに身を包んだ男が数人。

 不審者どころか、上流階級特有の存在感があります。

 こんな辺境の住宅地にいるとは到底思えない人たちです。


「突然押しかけてすみません。私どもは日本政府から来ました」

「にほんせいふ……? ええと、いわゆる霞が関から来た……ということですか?」


 旦那は冗談半分のつもりで聞きました。


「はい。私共は総理大臣の秘書です」

「え?」

「総理より、あなた方夫婦に内密のお話があります」

「え?」

「外に止めてるリムジンに総理がいらしますので、うちにお邪魔する許可を頂きたいのですが、よろしいですか?」

「……」


 旦那はリョコウバトとハト音に、ものすごいお客さんが来ると伝えて、仕方なく夕食を中断させました。


***


「お食事中に失礼しました。私が総理大臣です」


 確かに、テレビやネットで見る総理大臣の写真と瓜二つでした。


「君たちがリョコウバト夫妻で間違えないかな?」


 その上、人違いではなさそうです。


「そうですが……うちになにか御用でしょうか?」

「単刀直入に申し上げましょう」


 総理大臣がそう言うと、秘書の一人が大きなタブレットを旦那に見せました。


「画面に表示されたボタンを押してほしいのです」

「……えっと……?」


 確かに画面には指で押せるサイズのボタンがあります。

 そして、受話器のようなアイコンが描かれています。


「……これを押すとどうなるのですか?」

「電話が繋がるんだ。……ホワイトハウスにいるアメリカ大統領に」

「!!?」

「押してくれ頼む!」

「嫌ですよ!」

「私だってな……これを押すときはどうしても手の震えが止まらないから押したくないんだ!」

「それをただのサラリーマンに押させないでください!」


 総理大臣と旦那が叫び合う中、リョコウバトさんは手を伸ばしました。


「まどろっこしいですわ! さっさと押しましょう!」

「ああ! だめ! リョコウバトさん! 心の準備が! まだ……!!」


 ピ。


「Hello.」


 タブレットの画面からいつもテレビで見るあのアメリカ大統領の姿がありました。

 そして、かなりネイティブな発音の英語で挨拶されました。


「あー、へ、ヘロ――」

「Long time no see!(お久しぶりですわ!)」


 リョコウバトさんが、バリバリの英語で話し始めました。

 旦那にはついていけないレベルの英会話です。


「キュル?」

「……そうだねハト音、お母さん何言ってるんだろうね」


 確かにリョコウバトさんはアメリカ出身で、色々あって日本に亡命してきたという経緯は旦那も知っています。

(それにしても、大統領がわざわざ総理大臣をパシリにして連絡するなんてなんの用だろうか?)

 テレビ電話に写った大統領が旦那の方を見ました。


「Are you the husband of リョコウバト?」

「ええっと……」

「あなたはリョコウバトの旦那さまですか、と聞いてますね」


 総理大臣の秘書の一人が言いました。


「今から私が通訳します」

「ああ、ありがとう」


 そうして、お互い挨拶しました。


「アメリカのために君たちの力を借りたい」


 大統領はそういいました。


「どういうことですか?」

「まずはこの動画を見てくれたまえ」


 秘書の一人がスマホをリョコウバト達に見せました。

 大手動画配信サイトであるユーチューブが開いてあり、一本の動画が再生されました。


「キュルキュルハローユーチューブ! どうもハト丸で〜す!」


「ハト丸?!」


 画面に写っているのは紛れもなくハト丸です。


「まあ! ハト丸ちゃん、ユーチューバーになったのね!」

「まじか……」


 旦那さんはハト丸が旅に出る前に、アイフォンを買ってあげました。

 それで撮影したものを編集して投稿してるようです。


「それでは今日も、空からなにかおもしろい出来事がないか探してきましょう!」

「いい景色ですね! 特に田舎の都会って感じの光景がいいですね!」

「おや、見ました? どうやらバイクがすべって転倒したようですね。乗ってた人にインタビューしてみましょう!」

「今はどんな気持ちですか?」

『恥ずかしくて死にたい気分です』

「強く生きてください!」

「それじゃあみなさん! よかったらチャンネル登録、高評価をお願いします!」

「バァ〜イ」


「キュルキュルキュル!」


 ハト音は大喜びです。


「まあハト丸ちゃん、すごく面白そうなことをしてますのね!」

「……私達は一体何を見せられているんだ……?」

「まああなた、ハト丸ちゃんが元気な姿が見れて何よりですわ!」

「まあ確かにそうだけど……!」


 家族でワイワイしたところ、大統領は言いました。


「本題はここからです。実はこの動画がアメリカでは大問題になっています」

「どういうことですか?」

「アメリカではすでにリョコウバトという種族は絶滅したことになっていました。それは、動物差別問題の一例として教科書にも記載されるほどの一事件として扱っていました。しかし、この動画によって、リョコウバトが生き残っていたという事実がアメリカの人々の目に入り、メディアで取り沙汰された結果、差別への抗議運動が過熱してしまい、国内が混乱状態になっているのです」

「は、はぁ……」

「国内では様々な議論が行われ、中には過激派と呼ばれる派閥もあり、このままではあなた達家族にもなんらかの危険があるかもしれません」

「……」


 旦那は内心、まじかよ、と思いつつ、冷や汗を流してます。


「私達はこれからどうすればいいのですか?」

「そこで、我々が考えてるプランに是非協力してもらいたいのです」

「……プラン?」


 大統領ははっきりと言いました。


「壮大な結婚式を挙げるのです! そこでリョコウバトと人間が互いの過去を許しあい、共に道を歩むことを世界中に堂々とアピールするのです!」

「結婚……? いや、もうしましたけど……」

「我々の目的はアピールだ。そもそも君たちは書類上は結婚したことになっているが、結婚式を挙げたわけではないと調べはついている」


 確かに、リョコウバトと旦那は普通の結婚式は挙げてません。

 お金と手間が遥かに少ない、リョコウバト式の結婚式をたった二人で行っただけでした。


「でもそんなお金ないですし……」

「お金なんていらない! すべて我々アメリカ政府が出す!」

「でも、人を呼ばなきゃいけないんですよね、時間どころかご祝儀とかでお金まで頂くわけには……」

「お金なんて必要ない! 君たちの友人家族はタダで招待しよう」

「で……でも……」

「いいやこれは済まない、私の提案が悪かった。君たちと式に参加して君たちを祝う人々すべてにお金を払おう! 一人あたり100万円でどうだ」


 お金をもらえると聞いたとき、旦那達の脳裏にはいつもお金で困っているシロさんの家族が脳裏に浮かびました。


「……リョコウバトさんはどう思う?」

「いいですわよ。これはこれで楽しそうですわ」


 こうして二人は2回目の結婚式を挙げることになりました。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

結婚式

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「緊張するし、すごく疲れる……」


 旦那の口からつい漏れてしまいました。

 これまで経験したことがないタイプの疲労感です。


「今は自由時間だけど、ゆっくり休憩するわけにもいかないしな」


 テレビ、インターネットで完全中継されてるなか、これまでの進行を進めてきました。

 というか、結婚式の招待客の中に、リョコウバト夫婦の知り合いではない人物が色々参加しています。

 政治家、芸能人、ハリウッドスター、その他権力者など普通の人間では会うことすら叶わない雲の上の人たちです。

 その上、式場もパーティーも豪華で、旦那の生涯年収は明らかに超えてるだろう規模で開かれています。


「とはいえ、せっかく私達のために来てくれた人たちもいるし、挨拶しないと……お、あれは」 

「おにいちゃーん!」

「おじさん!」


 どうやらカミ太くんとイル助くんが来たようです。


「お兄ちゃん、結婚おめでとう!」

「あ、ありがとう……」


 カミ太くんから素直に祝われました。


「まさかリョコウバトさんとおじさんって、内縁の夫婦だったなんて驚いたよ」

「まあ、そんなつもりはなかったんだけどね……」


 実際には書類上の手続きはやっていたものの、そんなふうに勘違いされてもおかしくないよな、と旦那は思います。


「ウエディングケーキ、とってもすごかったよ!」

「すごかった! あんなに大きなケーキを用意できることもすごいけど、ケーキ入刀したあとに、リョコウバトさんが連続斬りでケーキを人数分に分けるところは本当に感動したよ」


 二人の言葉に旦那も深くうなずきました。

 リョコウバトさんは、最高のパフォーマンスを見せ、会場を盛り上げたのです。

 それには旦那も舌を巻きました。


「ねえおじさん」


 イル助くんが言いました。


「なんだい?」

「これ見て!」


 すると、イル助くんは突然ズボンを脱ぎました。


「!?」


 かわいいパンツです。

 薄い水色の柔らかい綿素材に小さなリボンが付いてます。


「じゃーん! 間違えてね―ちゃんのパンツを履いてきちゃった!」

「ぶふぅ!」


 旦那は吹き出しました。


「もっとじっくり見てもいいよ。おじさん!」


 イル助くんは誘ってます。

 顔立ちがすごく整ったイル助くんに、可愛らしい女物のパンツ。


(意外とこれいけ……いやいやそれはまずい)


「お兄ちゃん! イル助くんのパンツばかり見て変態っぽい!」

「そんな……?!」


(てゆうか変態はイル助くんの方じゃないの?!)


「僕だってお母さんのパンツを間違えて履いてきたから見て!」

「!?」


 カミ太くんもズボンを脱ごうとしています。

 旦那は、もうこの二人は止められないと諦めかけたとき、助けが現れました。


「い〜る〜す〜け〜!」

「ね、ねーちゃん!?」


 現れたのはイル助くんの姉、ルカっちです。


「何その格好……それに私のパンツ履いてない?」

「……ああ! よく見たらそうかもしれない……!」

「どうして履いたの?」

「ま、間違えて履いちゃった……てへぺろ!」

「……こらぁ!」


 ルカっちはイル助くんをビシバシ叩きます。


「ねーちゃんごめーん!」

「ゆーるーさーなーいー!」

「イルっち、私に任せて」


 二人のやり取りに入ったのは、イルっちの友達のアシ子です。


「ふんっ!」


 スパン、といい音がしました。


「? 全然痛く……ええ!?」


 なんとイル助くんの頭のヒレがアシコちゃんの手刀で切り落とされたのです。


「僕のチャームポイントが!?」

「今度変態行為したら許さないから。カミ太くん、君もよ」

「はーい」


 微笑ましい子どもたちのやり取りに旦那はほっこりしています。

 そんな中、また新しい子どもたちが近づいてきます。


「パパー!」

「ハト丸のお父さん!」

「キュル!」


 ハト丸、ハナ、ハト音です。

 ハト丸は結婚式があると言われ、すぐに旅から帰ってきたのです。


「私達だけじゃないですよ」


 ハナちゃんがそう言うと、奥の方で更に3人の子供がいるのに気が付きます。


「オイラもいるぜ」

「ぱおーん! おじさん久しぶり!」

「久しぶり、元気にしてた?」


 ゴマちゃん師匠、そしてゾウ太郎くんとポチの兄弟です。


「みんな来てくれたんだ。ありがとう! うれしいよ」


 旦那は自分の本心を言いました。


「まあ、弟子の結婚式には参加してやらねーとな!」

「ゴマちゃん、照れ隠しですね」

「違うってハナちゃん!」


 二人のやり取りにみんな笑います。


「まあ、おじさんにはお世話になったから、その御礼も兼ねてきたんだ」

「そーそー! ポチのこともお世話になったし、いっぱいごちそう食べたかったし、その上100万円もらえるなんて最高の結婚式だよ!」

「正直、100万円もらえるなんて絶対詐欺だと思ったけどな」


 ゾウ太郎くんとポチは旦那に感謝してそうです。


「ねえみんな。ゴニョゴニョ」


 ハト丸が旦那に聞こえない声でいいました。


「?」

「ちょっとみんなで遊んでくるから!」


 どうやら子どもたちだけで遊びたいようです


「ヒミツだから探さないで!」

「子供たちだけでやるからね!」

「キュル!」


 どんな遊びをするんだろうと思いつつ、子どもたちはみんなその場からはなれるのでした。


***


「あなた!」

「リョコウバトの旦那さん。こちらにいましたか」


 リョコウバトさんとシロさんです。


「結婚おめでとう! でいいのですか……?」

「まあ、そうだね……わざわざ来てくださり、ありがとうございます」

「こちらこそありがとうございます! こんな素晴らしいパーティーに参加して、お金までいただけるなんて! 正直すごく助かります……!」

「いえいえ、アメリカ大統領の権力ならば朝飯前ですわ」


 リョコウバトさんは、えっへんと胸を張っています。

 おいおい。


「あなた、そちらのほうに、シロさんのご主人さまと元カレのジョンがいますわ」

「……元カレのジョン」


 リョコウバトが指した方向を見ると、二人の男がいました。


「よう、おめでとさん」


 話しかけたのはご主人さまです。


「前は俺が迷惑かけた上に、こんなパーティーまで用意してくれて、ったくどうやってお前さん方に恩返しすりゃいいのやら」

「いえいえ、それほどのことをしたわけではないので……」


 ご主人さまは柔和な笑顔です。


「それにしても、結婚式を挙げてなかったってのも意外だが、この大々的な取り上げようはすごすぎだろう。」

「自分も驚きですね」

「奥さんが有名人なんて考えもんだな」


 ご主人さまの言葉に旦那は深くうなずきました。


「まあ、アニメばかり見て結婚しそこねた俺なんかよりは遥かにマシだろうさ」

「いえいえそんなこ…………あ、アニメ? ……意外な趣味ですね」

「アニメは嫌いか?」

「大好きです」


 旦那とご主人さまは意外に趣味が合いそうです。

 そんな話をしていたところに、ジョンが旦那の元へ近づいてきました。


「てめぇがハト丸ってやつの父親か」

「えぇ……」


 初対面とは思えない態度です。


「そうですけど……」

「ゆるさん!」

「なぜ?!」


 旦那は突然の宣戦布告に同様を隠せません


「ハナにボーイフレンドなんて早すぎる!」

「ああ……そういうことですか」

「ハナはまだ小学生だぞ! 未成年だぞ! 絶対に手出しさせないからな!」

「まあ、ハト丸にはちゃんと言い聞かせてますけど……」


 旦那は内心、すごくめんどくさいやつに絡まれたと思っています。

 そんな中、シロさんが仲介に入りました。


「ジョン」

「ああん? どうしたんだ!」

「ジョンは私が未成年のときに手を出したじゃないですか」

「………………」


 一発で論破されてジョンはだまりました。

 聞かなかったことにしよう。

 旦那はそう思いました。


「あなた」

「?」

「あちらの方にあなたのご両親がいますので会われてはいかがですか?」

「ああ、そうだね!」

「私は挨拶を済ませましたし、準備もあるので控室に戻りますわ」

「了解」


 そうして、旦那は自分の両親と色々話をしました。


***


 旦那は両親との会話に区切りをつけ、一人でいたときに黒服の男から話しかけられました。


「旦那様」

「?」

「旦那様にお願いがございます」

「はい、何でしょう?」

「スピーチをお願いしたいのです」


 そう言って旦那に紙を一枚手渡しました。


「……うぐっ! 全部英語?!」

「あ、失礼しました。原文ではなく、翻訳したものはこちらです」


 今度こそ手渡してもらったスピーチ文を見ます。

 動物差別の問題、悲しみの連鎖を断ち切る、我々は種族は違えど同じ命……的なことが書かれてあります。

 素晴らしいスピーチだとは旦那は思いました。

(自分が生涯で絶対に言わないような内容だよな……)


「これをここにいる観客の前で言うんですか……?」

「はい。無論テレビ中継やネット配信もあるので、全世界に発信されることになります」

「うううぅうぅぅぅ……」


 旦那はだんだんお腹が痛くなります。


「旦那様のそのスピーチは、きっと歴史を変えます。全世界の動物たちへの励みになるはずです」

「はぁ……」

「リョコウバトの命をあなたは繋いだのです。誰もあなたの言葉を無視することはありません」

「えぇ……そんなこと……」


 旦那は思います。

 あまりにも大げさすぎる。

 自分の身の丈に合わない。

 この結婚式でなんにもやらない人には楽しんでもらえてるだろうけど、そうでない自分には正直苦痛だ。

 家族を変なことから巻き込まないために仕方なくやるけど……。

 正直変な役回りを押し付けられたな。


「まだスピーチまで時間がありますので、そのあいだまでに心を落ち着かせて望みましょう」

「はい……」


 仕方ないから適当にそれっぽくやるしかない

 そう思いながら、旦那は力ない返事で返しました。


***


 時間が来ました。

 リョコウバトさんと旦那はステージへ上がります。

 リョコウバトさんはゆっくりと、そして旦那は緊張でガクガクしながら。

(プレッシャーで死にそうな気分だ。リョコウバトさんは緊張しないのかな?)

 視線をリョコウバトさんに移す。

 純白のウエディングドレスに、非常に大きなダイアモンドの指輪。

 装飾のすべてが最高級であり、いつもとは全く違う気品さが出ています。

 まさに特別中の特別と旦那は思いました。


「ん……」


 リョコウバトさんと目が合いました。

 ニコリと笑っています。

 その笑顔だけは、これまで毎日見てきた笑顔と変わりありません。

 心配しなくていいですわよ、と目で伝えてるように思えました。

 旦那は歩きながら、呼吸を整えて、ついに観客席のすべてが見通せる場所に立ちました。


「それでは、これより、新郎新婦のスピーチ――」


 司会者の人はそこまで言ったあと、旦那とリョコウバトさんが聞いていた予定とは違うことを言いました。


「の前に、サプライズがあります。代表者の二人は前へ」


 そう言って、上がってきたのはハト丸とハト音です。

 ハト丸はよちよち歩きのハト音を手を握り、二人で歩いてきます。

 その様子に、旦那もリョコウバトさんも驚いたように見ています。

 二人が旦那たちの前に立ちました。


「大好きなパパとママに贈り物があります! 二人の結婚式に向けて、みんなで準備しました!」

「きゅるきゅるるる! きゅっっきゅるる!」


 二人から手渡されたのは一枚の絵でした。

 一枚の画用紙に、いろんな絵や感謝の言葉が書いてあります。

 それぞれの思いを載せて、旦那やリョコウバトさん、好物のどんぐり、ハト丸やハト音も、そして、二人がこれまで出会ったたくさんの人達が絵に描かれています。


「パパとママのおかげで、僕は空を飛んでいろんな世界を飛んで見に行くことが出来てとっても楽しいです! ありがとう!」


 リョコウバトと旦那は正面を見る。

 たくさんの子供達が大声で言いました。


「「本当にありがとう!! 結婚おめでとう!!」」


 観客の全員が拍手を贈り、家族を祝福しました。

 旦那はいつの間にか涙を流していました。

 リョコウバトさんも涙を流し、ハト丸とハト音に抱きしめます。


「ハト丸ちゃん、ハト音ちゃん……本当に、ありがとうぅ……! ママも大好きよ! ここにいるみんなも大好きよ!!」


 旦那は、今の光景を目に焼き付けながら思いました。

 自分は馬鹿だったと。

 素晴らしいパーティー、純白のドレス、大きなダイアモンドの指輪。

 これらは本当にリョコウバトさんを喜ばせただろうか?

 自分が準備したものではなく、この結婚式を計画した誰かがただ準備しただけのもの。

 予定調和の脚本に誰が喜ぶものだろうか?

 本当の喜びは、驚きがつきものだと、ハト丸たちが思い出させてくれた。

 リョコウバトさんに出会ってからは本当に驚かされてばかりだった。

 ただ出会って仲良くなっただけの関係だったのに、求婚されて、式を二人で挙げて、ハネムーンに行って、子作りして、ハト丸が生まれて、みんなと出会って、ハト丸が飛べるようになって、ハト丸が旅立って、そしてハト音が生まれて――

 すべてが驚きに満ちていて、喜びに溢れていた。


「ハト丸、ハト音、ふたりとも本当にありがとう。心の底から嬉しいよ」


 そうして、旦那はリョコウバトさんと一緒に、二人を抱きしめました。


***


「さあ、それではサプライズも終わり、夫婦のスピーチを始めます」


 司会者が言いました。


「リョコウバトさん――」

「ええ、あなた」


 旦那には迷いはありません。

 全身全霊で、素晴らしい脚本家が書いたであろう素晴らしいスピーチの原稿を読み上げました。


「――私達は種族は違えど同じ生命です! 共に世界平和への道を歩みましょう!!」


 わー、と観客が吹き荒れる中、旦那は言いました。


「ここからは私の話です」


 本来ここで終わるはずのスピーチに、旦那は言葉を紡ぎました。


「この絵を見てください」


 ハト丸とハト音から手渡しされた絵を掲げました。


「私とリョコウバトさんが共に歩んで来た人生そのものです。私達夫婦を囲んでいるみんなが、笑顔で楽しそうにしています。彼女が日本にやってきて、私と出会ってから悩んだり頑張ったり驚いたり苦しんだりで、小さいけど、たくさんの出来事が積み重なっていきました。それこそが、幸せなんだと今気がついたのです。それを気づかせてくれたみんなに心から感謝します。そして――」


 旦那は横に立っていたリョコウバトさんの方へ向きました。


「これから先もずっと大好きだ」


 その言葉に、リョコウバトは嬉し涙で答えました。


「ええ!――私も大好きよ!!」


 ちゅ

 二人は愛を誓い、リョコウバトの家族は世界中から祝福されたのでした。


――我々夫婦は共に道を歩む努力を惜しみません

――授かりし子は全身全霊で可愛がりなさい

――たとえ離れ離れになっても、家族だということを忘れません


 共に歩む人生は長くなるからこそ、

 結婚は一瞬の喜びだからこそ、

 初めて結んだ約束を二人は大切にし続けたのです。



終わり

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リョコウバトのお嫁さん シャナルア @syanarua

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