第二十六話 ジョンの災難 後編

「そいつ……一体誰?」

 G・ロードランナーのゴマちゃんはハナちゃんに尋ねました。

「私のお父さんのジョンです」

 はなちゃんの横にはみすぼらしいイエネコが立っています。

「イエネコがお父さんって……お母さんが再婚でもしたのか?」

「いえ、実の親です」

 ロードランナーはキョトンとしました。

「実はイエイヌだったのですが、ワケアリでイエネコになったのです」

 はなちゃんはこれまでの経緯を説明しました。

 元ノライヌでスケコマシだったこと

 恋人だったシロの妊娠を知った途端、逃げたこと

 シロはジョンに養育費を払わせるためにイエネコになる呪いをかけたこと

 ジョンは寄生先の女性をすべて失い、マタタビ代すら払えない貧乏人になり、数日で行き倒れてハナちゃんに助けてもらったこと

 すべてを聞いたゴマちゃんは正直に答えました。

「こんなクズ、おいらにどうしろって?」

「お父さんを一人前にしたいのです! ゴマちゃん師匠の力を貸してください!」

「絶対に嫌だよ!」

 全力でゴマちゃんはお断りしました。

「というかさ。ジョン、さっきからなんも口開いてないじゃん」

「そうですね。お父さん? おとーさーん?」

「………………あ」

 ジョンはやっと口を開きました。

「あんまりだよこんな人生! おれは面白おかしく暮らしたいだけなのに! なのにさっきからお前ら全員俺をクズ呼ばわりなんて! ひどすぎる! 最低だ! クズ共め!」

「あー」

 女子小学生に向かって人生の理不尽さを嘆く残念な大人の姿がここにありました。

 ゴマちゃんは小声ではなちゃんにいいました。

「あんたのお父さん、やばくない?」

「恥ずかしながら、ゴマちゃんの言う通り、私のお父さんはやばいと思います」

「どこが恥ずかしいものか。俺は真剣だぞ。あとやばいってどういう意味だこら」

 ジョンに聞こえました。

「いい意味で言ったに決まってんじゃん」

「ふん。なら良しだ」

 ジョンはそこそこ得意げでした。

「なあジョン」

「なんだ?」

「どうしてハナちゃんのお母さんを捨てたんだ?」

「うぐっ! ……それはだな」

 ゴマちゃんの質問に、ジョンはたじろぎました。

(やべえ。家庭に入るのがめんどくさいから逃げたなんて言えねえなぁ……)

「……それはあれだ。どうしても俺にはやりたいことがあって」

「やりたいこと?」

「そ。だからどうしても、何があっても心を鬼にして、はに……シロをおいていかなきゃいけなかったんだ!」

「「……」」

「ど……どうしたんだよ?」

「それは本当の理由ですか?」

 ハナちゃんは尋ねました。

「ほ、ほんとうだよ!」

 声がうわずってます。

「じゃあ、やりたいことって何?」

「……あああああああああ!!!」

 ジョンは叫びました。

「言えるわけねえだろうが! 俺は決していわないぞ! そんなことはどうでもいいだろ! 俺のために超かんたんでラクに稼ぐ方法を教えてくれよ! たのむ! ゴマちゃん師匠! 頼むからお願い! お願いします!」

「ええ……」

 ジョンの言葉に、ハナちゃんは正直ドン引きしています。

「……いいぜぇ」

「え?」

「オイラがあんたの性根を叩き直してやるぜ!」

 ゴマちゃんはビシッといいました。

「いや、なんで俺の性根の話になるの? 必要なのは金だけなんだが」

「あーはいはい、そうだね」

 ゴマちゃんはジョンの言い分を流しました。

「あと、やりたいことがあるって話が本当だったとしても、一方的にその人を見捨てちゃいけないんだぞ」

「……」

 女子小学生に説教されるジョンでした。


〜〜〜〜〜〜〜〜

動物園

〜〜〜〜〜〜〜〜


「ええ、俺に動物の世話なんてできないぞ」

 嫌がるジョンにゴマちゃんは言いました。

「いいや、世話するんじゃなくて、世話される側になればいいんだよ」

「なるほど!」

 動物としてここで暮せば、食って寝るだけで稼ぐことができます。

「経営者の人にあって面接してもらいましょう」

 3人は事務所に入り、ジョンを働かせてほしいと伝えると、人事の方と話をすることになりました。


「君が動物志望の方かい?」

「はい! ジョンといいます!」

 人事の方はジョンをまじまじと見つめます。

「だめですね」

「え! なぜ??」

 いきなり突っぱねられました。

「あなたがただのイエネコだからです」

「おいおい。いきなり差別は良くないんじゃないか」

「区別です。意味を履き違えないでください」

 人事の方はため息をつきました。

 人事の方はジョンを更にまじまじと見つめます。

「じゃあ、特技は?」

「自分の魅力で、メスのイエイヌをメロメロにして俺なしじゃ生きていけない体にすることが出来ます!」

「そうですか。じゃあ私をあなたなしじゃ生きていけない体にしてください」

「え?」

 人事の方は真顔でいいました。

「私はメスのイエイヌですが、あなたには少したりとも、オスとして魅力を感じません」

「……」

 人生で初めて、これほどはっきりと異性から魅力なしと言われ黙りこくるジョンに人事の方は更にため息をつきました。

 そして、あなたが受からない証拠を見せてあげましょう、と人事の人は3人をある檻の前に連れていきました。


「これが我が動物園のスーパースター、ホワイトタイガーです! これが本物の美、そのものですよ!」

 人事の方は生き生きした表情です。

「わあ……!」

 美しい白い毛皮に縦に入る黒、まさに幻想的な美しさを表しています。

「ぐうぐう……すやすや……」

 そして眠り姫のように寝ています。

「……ずっと寝てますね」

「彼女は夜行性なので、開園中はダラダラしてるか寝ています。さあわかったでしょ。彼女の魅力の足元程度になってから出直してください」

 ジョンは「ああああああ!! 羨ましい!! 羨ましい!! あのホワイトタイガーがすごく憎い」と叫びちらし、動物園に多大な迷惑をかけたあと、逃げるように二人はジョンを連れて出ていきました。


〜〜〜〜〜〜〜〜

猫カフェ

〜〜〜〜〜〜〜〜


「了承です。うちで雇いましょう」

「本当ですか! やりましたねお父さん!」

「ああ! こんな楽な仕事はないぜ」

 面接から1分も立たないうちに受かりました。

 猫カフェは、お客様と触れ合うだけのかんたんな仕事です。

「それじゃあ今からあなたの去勢手術を始めましょう」

「? 今なんて?」

「従業員同士で妊娠しないようにみんな去勢するんです。さああなたも――」

「断る!!」

 ジョンは即座に断ります。

「「お父さん」「ジョン」をお願いします!」

 娘たちからタマタマをとられそうになりましたが、ジョンはなんとか逃げました。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜

道端

〜〜〜〜〜〜〜〜


「なかなかうまくいきませんね」

 ハナちゃんは困り顔です。

「まあまあ、やっぱりラクな方法なんてないってことさ。地道に頑張ればうまくいくって」

「地道に頑張る……はあ」

 ジョンはゴマちゃんの言葉に大きなため息をつきまいた。

 地道、努力、頑張る、全部ジョンが嫌いな言葉です。

「もういいよ。マタタビなめて寝るからお前らも帰れ」

「お父さん……」

「なあジョン!」

 帰ろうとするジョンにゴマちゃんは問いかけました。

「かっこ悪いままで終わるのか?」

 ジョンはだるそうな表情ですが、足を止め、耳を傾けました。

「みんなからクズだのなんだの言われても負けるなよ! 自分で自分を見捨てたら終わりだぞ!」

 そう言って、ゴマちゃんはジョンに手を振り、さらに大声でジョンに言いました。

「やっぱりさっきのはなし! かっこ悪いままで終わってもいいけど元気でな!」

「ゴマちゃん! 訂正早くない!?」

「だって、こんなくさいセリフいって恥ずかしくなったんだもん」

 はなちゃんのツッコミが響く中、ジョンは二人から離れていくのでした。


・・・


「ああくそっ」

 つい、ジョンの口からそんな言葉が漏れました。

 ハナちゃんたちとは別れ、一人でなんの宛もなく彷徨うのでした。

(こんなのは自分の姿なんかじゃない。ほんとはもっとかっこいいイエイヌで、たくさんの女の子が俺をかわいがってくれる)

 ジョンは、自身の容姿の良さが、自分の長所だと信じて疑いませんでした。

 その長所を生かした結果、ジョンはたくさんの女性を股にかけて、喜びを享受していました。

 ジョンはすべてが満たされていたのです。

 しかし、今はイエネコ。

 自身の長所はなくなり、これまで手にした全てがこぼれ落ちたのです。

(じゃあ、俺はなんにもないじゃん。こんなやつ、見捨てる以外の選択肢あんの?)

 今が幸せなら何でもOK。

 ジョンはそう考えようとしていました。

 正確には、そんな幻想をいだくことで、自分の悪いところ、だめなところ、嫌なところを見ないようにしていました。

 そして、今のどうしようもない状況に、ただただ舌打ちして、いらいらして、落ち込んでました。

――自分で自分を見捨てたら終わりだぞ!

 ふと思い出したのは、ゴマちゃんの言葉です。

(逆にチャンスじゃないか、これは。ここで今まで馬鹿にしてた奴らを見返すようなでかいことやれば、みんな俺のことを認めてくれるはずだ! 顔や種族なんて関係なく前ぐらいにはいい生活に戻れるに違いない!)

 ジョンは本来のポジティブさを取り戻しました。


 そんなとき、大きな声が耳に入りました。

「? なんだ?」

 よく聞いてみると、それは助けを呼ぶ声でした。

「だれか助けて!」

 何だと思い、ジョンは声の方向へ足を運びました。

「サーバルさん?」

 声の相手はスナックの店主、サーバルさんです。

「ジョン! 助けて! お客さんが酔っ払った勢いで川に落ちたの!」

「まじか!」

 ジョンは川の場所へ向かいました。

 道路に面した河川敷、その斜面を下ると大きな川が流れています。

 そしてその川に、垂直の姿勢のまま、両手両足をばたつかせたイエネコが流されており、だんだんこちらから遠ざかっています。

 そのイエネコは顔を水面に出そうともがくのが精一杯の様子でした。

 それを見たジョンは、なんと川へ駆け出しました。

「ジョン、はやく泳げそうな動物を探さないと…って、ええ!!」

 サーバルさんは川へ飛び込むジョンに驚愕しました。

「ジョン! 泳げるの?!」

 本来、例外を除けばネコは泳ぐことが苦手です。

 しかし、ジョンは両手を交互に、大きく手を前へ振り、泳いでいます。

「犬かきくらい、俺にだってできらぁ!」

 元イエイヌのジョンはそう言って、川の流れに乗りながら、溺れたイエネコの元へと近づきました。

 そして、あっという間にそのイエネコに手が届く距離まで来ました。

「いま捕まえるから……て! うぷっ?!」

 溺れたイエネコは藁にもすがる思いで、ジョンを水面へ押し込み、浮き輪のようにしてしがみつこうとしています。

「げほっ!! だっっ! っだずっげっで!」

 そのイエネコはパニック状態のためか、自分が助かることで頭がいっぱいです。

(くそ、こいつ助けに来た俺まで溺れさせる気か!)

 ジョンはブチギレました。

 自分に巻き付いたイエネコの手を力ずくで振りほどきました。

「これでも喰らえ!」

「もがっ! がばばばば!」

 そして、逆にイエネコの頭を両手で押さえつけ、水面に押し込みました。

 最初こそ暴れたものの、徐々に気を失っているのか、そのイエネコはおとなしくなりました。

「よし、これで救助できる。……あれ、よく見ると以前一緒にマタタビなめたおっさんじゃないか」

 まあいいや。とジョンは思いながら、おっさんイエネコの薄くなった髪の毛を引っ張りながら陸地まで引き上げました。


「お前は命の恩人だ!」

 息を吹き返したおっさんはジョンに感謝を述べました。

「……ああそうだな! 大変な目にあったんだ。もっと感謝してもいいくらいだぜ」

 ジョンなりの照れ隠しです。

「すっごーい! ジョンすごく上手に泳げるんだね! それに水を怖がらないなんてとってもすごいよ!」

「まあそうだな。俺ならチョチョイのちょいだ」

(大抵のイエイヌなら犬かきくらいすぐに泳げるんだが)

 自分がイエイヌだったことには口を閉じつつ、褒められて嬉しいジョンでした。

「なあジョン。おまえさんには心の底から感謝しとる。だから何かお礼をさせてくれ」

 おっさんがジョンに言いました。

「うーん。お礼ね……なら、マタタビをおごってくれよ」

「そんな安いものでいいのか?」

「野良で無職な上、手持ちがないから、この間のマタタビ代すら払えてねぇんだ」

「ふむ」

 おっさんは少し考えた仕草をしたあと、よし、と言いました。

「うちで働いてみないか?」

「うちで働く?」

「そ、スポーツクラブを経営しててな、今はスイミングスクールの人員が不足しているのですよ。君は十分に能力がお有りだ! なあにまずは1ヶ月の研修を受けてから、その後うちで続けていくかは君の自由意志だ」

(まあ、別にやることもなにも決まってなかったし、流されるのは楽だしな)

「…………………じゃあ、やってみるよ」

 そうして、ジョンはスイミングスクールで働くことになりました。


〜〜〜〜〜〜〜〜

数カ月後

〜〜〜〜〜〜〜〜


「ほらよ。養育費だ」

 あるカフェの一席で、ジョンはシロに、お金の入った封筒を手渡しました。

「ジョン……本当にあなたジョンなの?」

「最初の言葉がそれかよ」

「これ、本物の……ちゃんとしたお金ですか……」

「いやいや、当たり前だろう!」

 ジョンはこの数カ月間、スイミングスクールの先生として、子どもたちに犬かきを教えたり、面倒を見たりしてます。

「うれしい! ありがとうジョン!」

 あまりの嬉しさにシロは飛びつきました。

「お父さんかっこいい!」

「んだよ。ちったぁ見直すところあるじゃねえか」

 ハナちゃんとご主人さまもジョンを褒めました。

「まあ俺にかかれば、それほどでもないさ………………おや?」

「これは……?」

 ジョンの体が突然光り輝きはじめたのです。

「俺にはわかる。養育費を払ったことで呪いが解けたんだ。イエイヌに戻れるぞ!」

 そうして、輝きが徐々に大きくなり、体もイエネコから元のイエイヌの体に変化していきます。

(最初イエネコになったときは人生最悪の気分だったが、今になって考えればそう悪いものじゃなかったな)

――そして、ジョンはイエイヌの体に戻りました。

「数ヶ月ぶりの、俺の体だ……うわああああ! やったーー!」

 ジョンは有頂天です。

 奇跡の瞬間、ある声がジョンを現実へと引き戻します。

「あら、ジョン。奇遇ですわね。こちらにいましたの?」

 女性の声です。

 ジョンたちはみな、そちらのほうを見ました。

「探してましたのよ」

「探したって……どうして?」

 ジョンには彼女に見覚えがありました。

 5人目の(正確には元)彼女です。

「あなたとの子供が出来ましたの」

「「「子供!!?」」」

「結婚は望みませんの。養育費だけいただければ構いませんわ」

 それだけ言って、5人目の元彼女は「それではごきげんよう」と言ってさりました。

 その瞬間、ジョンはまた光り輝きました。

「嘘だろ。もう養育費は払っただろ!? また払えっていうのか?? また養育費を払わないと戻れないのか??? うわああああ!!!」

 ジョンが光り輝く目の前で、シロはショックのあまり、口から魂が抜け出ていました。

「だめだこりゃ」

 ご主人さまは頭を抱えてジョンに呆れ果てました。

「わーい! 新しい兄弟が出来ました!」

 そんな修羅場かつ地獄絵図の中、ハナちゃんだけは、純粋に喜びました。

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