第二十五話 ジョンの災難 前編

●第二十五話 ジョンの災難 前編



 ジョンのポケットから携帯が鳴り出しました。


「お、五人目の彼女から電話だ」


 着信音をそれぞれの彼女毎に使い分けています。


「ねえ、ジョン。今日は私をお誘いになりませんの?」

「もちろんそのつもりだったさ、ハニー。言うのが遅くなって悪かったね」

「ううん、いいのよ。それではいつもの場所で会いましょう」

「ああ、楽しみにしてるよ」


 ジョンは電話を切り、ほくそ笑みました。


「しめしめ、またあの女からたらふくの高級ジャーキーをいただくとしよう」


 彼の名前はジョン。

 顔立ちがよく、彼を好む女性から貢がせながら日々を過ごす、スケコマシなノライヌです。


 そして、ジョンは五人目の彼女と呼んだイエイヌと一緒に、ラブホテルの一室で熱い夜を過ごしました。



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 夢の中

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「やあ」


 ジョンは突然、女性から話しかけられました。


「だれ……? てかここどこ?」


 ジョンは目の前にいる女性以外には何もない場所に立っていることに気づきました。


「ここは夢の世界です。夢を通してあなたに私の思念を送っています」

「……はい?」


 どう考えても胡散臭い変人の言葉だとジョンは思った。


「申し遅れました。私はアメリカレアのレイアです。占い師をしています」

「へー占いね」


 とりあえず話を合わせました。


「なにか占ってくれるの?」

「残念。今日は違う用事で呼びました」


 レイヤはニコリとほほえみ、さらりとそのことをジョンに言いました。


「あなたは呪われました」

「は?」

「呪いを解きたければ、今から伝える住所に占い部屋がありますので、自分の全財産を持ってきてそこに来てくださいね!」


 レイアは狼狽するジョンを無視して、住所を伝えました。


「なんの冗談かな? 占いじゃないよね?」

「それじゃ、よろしくね!」


 その言葉を最後に、ジョンは現実へ覚醒していくのを自覚しました。



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 ラブホテル

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「う……変な夢だった……」


 ジョンはベッドから上半身を起こし、一緒に寝た彼女を見つめます。


「あら、ジョン。おは――ひぃ!!」


 彼女は突然、引きつった声を上げました。


「え、どうしたんだ?」

「いやあ!! 来ないで!!!」


 突如悲鳴を上げて暴れだす彼女にジョンは驚きます。


「あなた誰なの!! 動いたらすぐに警察を呼ぶわ!!」

「待って! なんの冗談だ! 僕はジョンだ! わかるだろ!?」

「あなたがジョン?? それこそなんの冗談なの???」


 ジョンは彼女に自分のことを認識してもらえてないことに気づきました。


(自分になにか変なことがあるのか?)


 ジョンは部屋に備え付けられてる大きな鏡を覗き込みました。


「あ、あれ……お、おれ……」


 細長い瞳孔、まん丸い顔、小さな口。

 ジョンはそれが自分の姿だと理解した瞬間、大声で叫びました。


「イエネコになってるーーーーー!!!」



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 アメリカレアの占い部屋

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「どういうこっちゃこらぁ!! だれがイエネコなんかにしろって頼んだんだああん?! 彼女たち全員から【イエネコの彼氏なんていらない】なんて言われた俺の心の傷をどうしてくれんじゃおらぁ!」


 息を荒げながら、ジョンは占い部屋へ怒鳴り込みました。

 一人称だった僕が、俺に変わってしまうほどです。


「いらっしゃいませ、ジョンさん。お待ちしておりました。さあ、応接間へ案内します」

「あ、応接間?」

「あなたを待ってるイエイヌがいますよ」


 ジョンは渋々案内されて、個室に入りました。

 中には、二人のイエイヌ、シロとハナの親子がいました。


「ジョン……待ちわびましたよ……」

「……ええーと……ああ、ハニー! ハニーじゃないか!」

「……私の名前、覚えてませんね……シロですよ……」

「……はは! いやぁ、そんなことないって……たまたまさ!」


 ジョンは話をしながら、シロのことを徐々に思い出します。

 過去に、シロと恋人同士になりましたが、シロの妊娠を知った後、めんどくさいことになったことを悟り、姿をくらませたことがありました。


(ちぇ……まじかよ……)


 内心舌打ちをするジョンだが、スマイルを崩さずにシロに話しかけた。


「じゃあ、こっちの子供はもしや俺の……?」

「そうですよ。ハナちゃん」


 シロの横に座っていたハナは自己紹介します。


「はい。ハナです! よろしくおねがいします」

「おお……これが俺の……」


 ジョンはハナちゃんを自分の子供だと意識した瞬間、愛着のようなのが湧いてきます。


(将来は美人さんだな)


「わーい! イエネコのお父さんが出来ました!」


 ハナちゃんは無邪気に喜んでます。


「僕のことはお父さんと呼んでくれないか」

「え、嫌です」

「反応がさっきと変わってない?!」

「リップサービスですよ」

「ひどい!」


 膝をつくジョンにシロは話しかけます。


「おほん。それでは本題を話しましょう」

「あ、そうだよ! 俺の体はどうなっちまったんだ!」


「それは私の口から話しましょう」


 レイアが語りました。


「今、シロさんのご家庭は経済的に大変な危機に直面しています。子供の養育費に、ご主人のご病気の治療費にと大きな出費が立て続けに……。そこで、この貧乏地獄を脱出するため、あなたに白羽の矢が立ちました!」


 ビシッとジョンに指を指しました。


「シロさんからご依頼を受けた私は、あなたに【養育費を払わなければイエネコになる呪い】をかけました!」

「犯人はてめえか! それは占いじゃねえだろ!」


 ジョンはブチ切れました。


「さあジョン! 私に養育費を払ってください!」

「いやいや払えねえよ。大体そんなお金あるわけ無いだろ!」

「そんなぁ、まとまったお金でなくてもいいから援助してほしいのですよぉ」


 シロは懇願しています。


「うう……お父さん……」


 ハナのキラキラとした瞳、子供特有の甘えた声。


「うっ……」


 ジョンは二人のおねだりに負けそうです。


「お願い。お母さんの言うことを聞いてほしいの」

「……ああ! 分かったよ! ……分かったのはいいけどよ……」


 ジョンは困った口ぶりで言いました。


「まじでお金ない」

「……今なんて?」

「財布の中に300円しか入ってない」

「……」


 悲しいことにジョンの全財産は、シロの想定を遥かに下回っています。


「なんだよそのゴミを見るような目は! 俺は俺の彼女たちに恵んでもらいながら生きてきたんだ! 金! 女! ジャーキー! 俺には全部揃っていたんだ! けど今はな、イエネコになったせいで全く誰からも相手されねえ! もうこれからはゴミあさって生きていくしかねえんだよ!」


 一人で勝手にブチ切れるジョン、シロは呆然としています。


「ねえシロさん」

「……なんでしょう。レイアさん」

「呪いの代金、3000円になります」

「……ズサァ(砂になって崩れ去る音)」

「お母さん?!」


 シロさんは自腹で支払う羽目になりました。


「全く……これだからハニーは。昔から言うじゃないか。人を呪わば穴――」

「お父さん」

「……はい! 何でもありません!」



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 夕方

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「ちぇ」


 ジョンは一人で道端を歩きました。

 シロに養育費を払わないとイエイヌに戻れないままなので、お金を稼ぐ必要があります。


「どうすっかな……」


 トボトボ歩いていると、


「……ん? なんだこの匂い」


 なにかすごく、自分の何かを高揚させてくれるような、そんな匂いに引き寄せられ、あるお店に入りました。


「ようこそ、いらっしゃいませ! サーバルキャットのスナックへようこそ!」


 サーバルキャットの女性がお出迎えしてくれました。

 店内は狭く、椅子はカウンターに置いてある数席分のみです。


「初めて見る顔だね!」


 どうやらこの店のマスターはこの女性のようです。


「いやぁ色々あってね……」


 そもそも猫のお店に入るのは初めてだ、とジョンは思いました。


「はは、そんなことよりも……この匂い」


 ジョンは匂いの先を見つけました。

 カウンター席には一人だけイエネコの男が座っており、その皿の上に乗っている粉から芳しい匂いが漂ってきます。


「ん? なんだい兄ちゃん。俺が食ってるものに興味があるのか?」

「あ、ああそのとおりだ。一体これはなんなんだ?」


 ジョンの口からよだれがぼとぼと落ちています。


「そんなに知りたいのか? これは――」


 男は、ふっ、と笑いジョンの問に答えました。


「ヤクだ」

「……これが……ヤク……!」


 ジョンは、まじかよ、という表情です。

 しかし、1秒でジョンは誘惑に負けました。


「サーバルさん、ヤクをください」

「「ぶふっ!」」


 店内の猫たちは吹き出しました。


「はいはい、マタタビのことを麻薬というのは止めてね」


 サーバルさんはすぐにお皿の上にマタタビを盛り付け、ジョンに出しました。


「どうぞ召し上がれ!」

「いただきまーす! ペロペロペロペロ!!」


 やべえ、これがマタタビの味か!! たまんねえ! たまんねえよ!!

 ジョンは狂ったかのように皿を舐め回しました。



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 シロさんの家

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「……あのさあシロ、俺の知らないところでなんてことをしてるんだ。クズに期待なんてしたら、バカを見るに決まってんだろ」

「はい……ご主人さま」


 シロはご主人さまにこっぴどく叱られました。


「まあよ、俺たち家族のためにしてくれたことは嬉しいけどよ――」


 ピンポーン

 インターホンが鳴りました。


「なんだ? こんな時間に客か?」

「開けてきますね!」


 シロとご主人さまはドアを開けました。


「やっほー! ハニー! 会いに来たよ!」

「ジョン!? どうして!?」


 ベロベロに酔ったジョンが扉の前にいました。


「あ、お前がジョンとかいうクソみたいなノライヌか? なんのようでここに来た。返答によっちゃすぐに追い出すぞ」

「僕はね。ハニーにお願いしにきたんだ!」

「お願いだ?」


 ジョンは一枚の紙を取り出し、二人に見せました。






「マタタビ代、払って!」

「「帰れ!!!」」



 続く

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