第二十四話 ポチとポチの家族 完


●第二十四話 ポチとポチの家族 完



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 回想 リョコウバトさん視点

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 リョコウバトさんはシロさんの家に残り、ご主人さまのお世話と家事を手伝うことにしました。

 そして、リョコウバトさんはシロさんにある部屋に案内してもらいました。

 その部屋には一人の老人がいました。


「紹介します。こちらが私のご主人さまです」

「はじめましてですわ」


 ご主人さまと紹介された老人は、「うぅ……ああう……」と要領を得ないうめき声をあげました。

 認知機能の衰えのためか、話したい言葉がすぐには出てこないようです。

 リョコウバトさんとシロさんが何度か「どうしましたか?」と何度か声を掛けてようやく、理解できる言葉を発しました。


「……お前さんはだれかのう」

「シロですよー。ご主人さまの飼い犬ですよ。そして、こちらがリョコウバトさんですよ」


 シロさんとご主人さまが何度も何度も繰り返してきたやり取りです。

 ご主人さまはほとんどの記憶が抜け落ちており、大切なシロのことすら認識できません。

 大人として積み重ねてきた人格は崩れ去り、ただただ無邪気で正直な幼子のようでした。


「……」


 リョコウバトさんはそんなご主人さまをじー、と観察しました。


「シロさんのご主人さま、少しお手を貸してもよろしいでしょうか」

「リョコウバトさん? どうかされました?」


 確かめたいことがありますわ、とリョコウバトさんは答え、ご主人さまの手を握り、脈や肌色を確かめました。


「……これは、もしかして」


 リョコウバトさんはある可能性に気がつきました。

 そして、少し考える仕草をした後、シロさんに言いました。


「シロさん。ご主人さまの認知症についてですが、セカンドオピニオンを受けてはいかがですか?」



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 回想 終

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 数日後、ついにこの日が来ました。

 シロさんは自宅の庭に待ち合わせしています。


「ああ、早く逢いたいなぁ」


 今か今かと待ち続けました。


「……あ!」


 ポチを迎えに行っていたリョコウバトさん達の匂いが近づいてきました。

 シロさんはすぐに自宅を飛び出し、リョコウバトさん達の元へ向かいました。


「リョコウバトさん! 旦那さん! あれ?」


 すぐに二人は見つかりました。

 が、ポチはというと、旦那さんの後ろに隠れています。

 旦那さんの足元から、ふさふさしたしっぽだけが見えています。


 ほら、隠れてないで出ておいで


「だって、なんて言えばいいのか分からないし……」


 恥ずかしがるポチに、みな表情が自然と緩んでいました。


「ねえ、ポチ」


 シロさんは腰をおろしました。そして、隠れるポチに優しく語りかけました。


「あなたには素敵な家族がいることを聞いたとき、私はとっても嬉しかった」

「……嬉しかった?」

「ええそうです。私達、イエイヌは心の底から大切なパートナーと出会えたとき、全身全霊を持って忠誠を尽くします。その人からもらうご飯とナデナデと遊びと散歩――パートナーの喜びを生きがいにして、どんなことだって覚える努力をします。

――それが私達イエイヌの生き方です」


 それは、シロさんがポチに伝えなければいけないことでした。

 けれど、それはもう不要でした。


「私が言葉で伝えなくても、あなたはもうすでに立派なイエイヌの生き方をしていますよ。ポチが心を通じ合わせた相手が、今の家族なんですよね」

「……うん」

「それがとても嬉しいのです。ポチが心の底から大切だと思える人たちに出会えて」


 シロさんのポチを想う気持ちが通じたのか、ポチは旦那から隠れるのをやめて、シロさんに姿を見せました。


「ああポチ――すっかり立派な顔つきになって……! 目元が特にジョンに似てますね!」

「えぇ……それ褒めてんのかよ……」


 涙目になって喜ぶシロさん。

 そして、自分の血の繋がった母親という女性を初めて目の当たりにして、顔が紅潮してしまうポチ。


 そんな二人に一人の老人が近づいてきました。


「お前さんがポチかい」

「ご主人さま!」


 その老人は、シロさんのご主人さまでした。

 その立ち振舞には年相応の貫禄があります。


 あ……あれ……? シロさんのご主人さまは認知症では……?

 かなりシャッキリしてるようだけど……


「治りましたわ」


 え?! 認知症って治るの?!


「ええ、どうやらご主人の認知症の本当の原因は、低血糖からくる認知機能の低下のようですわ。だから、ブドウ糖を摂取して血糖値を正常値にすればすっかり元通りになったそうですわ」


 驚く旦那さんと説明するリョコウバトさんに、ご主人さまは「お前さん方にも迷惑掛けてすまねえ」と頭を下げました。


 いえいえ、ご回復なされて喜ばしい限りです。


 ご主人さまはポチに向き直りました。


「なあ、ポチ。お前の祖父は俺の友人になるんだがよ。亡くなったってことなんも知らねえでな、何も葬式も墓参りもなんにもできなくて申し訳ない」

「いや……その……」


 ポチは突然祖父の話を振られ、動揺しました。


「俺がお前を預けるときな、二人で話し合ったんだ」



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 回想

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 俺は友人のゾウ十郎の家にあることを相談するために尋ねた。

 それはシロの産んだ二人の子についてだった。


「身勝手な話なのは承知してるが、二匹の中から一匹を養子として預かってもらいてぇんだ。頼む。俺にできることなら何でもする」


 頭を下げた俺に、あいつは顔色一つ変えずにいったよ。


「いいですよ、テツヤ」

「……ありがたいし、俺が言うのもあれだがよ……そんなことスパッと決めちまっていいのかよ」


 ゾウ十郎は2,3秒ほど考えてから答えた。


「私の娘夫婦からは反対されるかもしれませんね」

「おいおい……」

「ですが、それでも私は迎え入れたいと考えています」


 ゾウ十郎は不思議なやつだった。

 誰に対してでも好々爺で、朗らかな笑みをいっつも浮かべてた。

 俺なら叱り飛ばすようなことを誰かがやらかしても、その柔和さを崩さず相手を理解し、諭した。

 俺とは真逆で、怒りや激情を捨て去ったようなやつだった。

 しかし、ただの気弱な奴とは違い、自分のやりたいことはそう簡単に曲げやがらないやつだった。


「実はもうすぐこの街を引っ越すのです」

「……そりゃ初耳だな」

「ええ、娘夫婦の仕事の都合でどうしても、ですね。私はいいのですが、孫のゾウ太郎が中のいいタイリクオオカミの友達と離れるのをとても嫌がっているのです」

「なるほどな」


 タイリクオオカミはイヌ科だ。


「つまり、その友達との別れたあと、孫のゾウ太郎が寂しくならないように代わりの犬がほしいってんだな」

「ええ、有り体に言えばそうです」


 ゾウ十郎は正直だった。


「人生に出会いも別れもつきものです。しかしゾウ太郎の歳でただ別れさせてしまうだけでは悲しみだけが強く残ってしまうもの。私達家族ではその悲しみの理解者になれても、癒やすことはそう容易いことではありません」


 この老人はゆっくりと力強く語る。


「――出会いこそがこれからあの子に必要になる癒やしになります。そして君が託してくださるその子犬との出会いこそが――あの子にとっての天啓となると感じます」


 俺は「はあ」とため息をついた。

 結局は山勘。目に見えないものを見ようとするやつは変なことばかり言いやがる。


「天啓ねえ……俺は運命だの神様だの眉唾ものを信じねえが……

――お前のことは信じてる。どうかよろしく頼む」


 神様だのがいようがいまいが、目の前の男は間違いなく俺の眼鏡にかなうやつだ。

 そう確信したよ。


「ええ、こちらこそ。私達の家族として、その子を暖かく迎え入れたいと思います」


 ゾウ十郎は首のマフラーを器用に動かし、俺に握手を求めた。


「おまえも相変わらず変なこと言うやつのままで嬉しかったよ」

「変なことを言ったつもりはないですが……まあ構いません」


 ガッチリ握手した。


「ところで、お別れがてら、一緒にパオパオしませんか?」

「ぶふっ! ……いやしねえからな」

「でもテツヤ。何でもするって……」

「それは絶対にしねえからな!」



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 回想 終

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「やつの言葉を借りれば、天啓ってんだろうな。ゾウ十郎の思い描いたとおりに物事が運んでいったことはよ。ポチがゾウの家族に迎え入れられ、そしてポチも彼らもみんなが幸せになった。だからよ、これだけは言わせてくれ」


 ご主人さまの目から、かすかな雫がこぼれました。


「――お前の元気な姿が見れて、心の底から安心したよ」

「……じいさん」


 自分はどうしてアフリカゾウの家族になったのか?

 その疑問や違和感に対して、自分のルーツを聞いたことで、ポチは初めて答えが出せそうな気がしました。


「なあシロ、お前もよく頑張った。一人で苦しい中、ポチに会いたいって決意するの、本当に苦しかったよな」

「…………ほんとうにほんとうにくるしかったですよぉ。でも、ハナちゃんとリョコウバトさんたちとご主人さまがいてくれて……支えてくれたからですよぉ……うわぁぁん!」


 感極まって泣き出すシロさん。

 ご主人さまは優しくその頭をなでました。


「ねえ……シロさん……」


 ポチはシロさんの前に立ち、意を決して伝えることにしました。


「……あの……その……!」


 ポチはどんどん顔が赤くなっていきます。

 言葉がたどたどしくなり、頭が回らなくなってきました。


 周りのみんなはポチの言葉を待ちました。

 たとえ、次の言葉がどんな罵倒であったとしてもそれを受け入れる――

 その上で、彼の気持ちを信じていました。


「……母ちゃんって、呼ぶにはまだ恥ずかしいけどさ……いつかそう呼んでも……いい、かな?」


――ああ、信じてよかった。

――苦しい思いも悲しい思いもいっぱいして、ずっと逃げ続けたけど。

――でもこれからは違う。

――これからはこの子の名前だって呼べるし

――この子の得意なことや苦手なこと、好きなことや嫌いなこと、いろんなことを知っていけるんだ


「……はい! もちろんですよ! ポチ!」


 シロさんはポチを抱きしめました。

 こうして二人の親子は出会うことができたのでした。



●第二十四話 ポチとポチの家族 完










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