ロッドベルにようこそ!

@guest08

第1話

 いやに霧の深い道だった。

 視界は白く濁り足元の地面すらおぼつかない。

 おまけに凍えるような寒さが身体を覆っている。まるで厳冬の冬山に閉じ込められたような錯覚を覚えるほどだった。

「こー、ひゅ……、こー、ひゅ……」

 少年は凍り付きそうな肺で途切れ途切れの呼吸を浅く繰り返して歩み続ける。

 じくじくと痛む腹に目を落とせばシャツの胸から下が真っ赤に染まっていた。シャツを上から押さえつける右の手の指も赤く濡れていて、ぽたりぽたりと鮮血の雫が爪の先から垂れていた。

「ぐぐぅ……ぎ……ぎぎ……」

 その光景は忘れかけていた痛みを呼び覚まし、刃物を突き刺してグリグリと捻じるような鋭い痛みが腹部を苛んできた。

 ――早く行かないと。

 少年は急かされるように歩を進めた。

 理由は分からないが、この霧深い道を進んでいくうちに不思議と徐々に痛みが和らいでいくのだった。 

 楽になりたい。この苦痛から解放されたい。その一心で霧の中を歩いていく。

 がむしゃらに、身体を引きずるようにして必死に前へと進んでいく。それが意味する事も深く考えずに。

「クノール」 

 すぐ後ろから誰かが少年に声を掛けてきた。

 声はわずかに間を置いて何度も少年の名前を呼んでくるのだった。

 ただその声を聴くたびに少年の身体を苛む痛みが蘇ってくる。自然と声から逃げるように早足になるのだった。

 少年が気づかないフリをしてしばらく歩いていると、再度声が聞こえてきた。

「クノール」

 声は今にも泣きだしそうなほどに震えていた。

 少年は思わず足を止めてしまう。

 だけど振り返りたくなかった。そっちに戻ると痛みがさらにひどくなるのだ。

 放っておいてくれとばかりに少年は再度歩き始めようとする。

 だがそれより先に、少年の腰辺りに負荷が掛かって動きを止められる。

 見てみると、後ろからズボンを掴まれていた。

 あっ、と少年は驚いて首を上げる。

 ズボンを掴む小さな手の先、涙と鼻水でしわくちゃになった少女の顔があった。

 少女は涙にゆがむ新緑色の瞳でじっと少年を見上げてくる。

 視線が引き込まれる。

 腹を裂く痛みが増し、厳冬の空気が心臓まで凍り付かせようと身体に纏わりついてくる。

 しかし、その痛みは先ほどまでのものとは違った。

 死へと誘うものじゃない、生への回帰を促すものとして、少年の頭に掛かる霧を吹き飛ばしたのだった。

 飛散していく記憶の世界の中、少女が鼻水をすすり、小さく唇を震わせる。

「……めん、……て……クノ」

 だが言葉は最後まで聞き取れず、少年の意識は急速に覚醒していった。

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