第5話

目覚まし時計の音で目が覚める。

時間は午前7時22分。私は布団の中から手を伸ばし、目覚まし時計を止めてから布団から起き上がった。

今日も1日が始まる。面倒だと思うけど、今日はさすがに学校に行かないと。

窓際に移動しカーテンを開けると、太陽の光が私を照らした。今日も青空が広がっていて、スズメの元気な鳴き声が聞こえてくる。

着替えを済ませてカバンを持ち、歯を磨いてから1階のリビングに向かった。

中からはテレビ音が聞こえてくる。扉を開けるとお母さんとお父さんが、朝ご飯を食べていた。

お父さんの姿を見たのが久しぶりな気がして、なんだか緊張する。新聞を読んでいて少し助かった。

「おはよう夢。今日は早いのね」

「うん、おはよう。昨日はごめん」

あのあと、家に帰ってからお母さんに叱られた。

学校から何度も電話があったこと、どこに行ったか分からずとても心配したこと、いてもたってもいられず仕事を早めに切り上げて、あちこち探しまわったこと。

いつもなら鬱陶しいと思って適当にあしらっていたけど、目に涙をため声を震わせるお母さんを見たら、さすがに申し訳なくなった。

喫茶店から出ると、空が夕暮れになっているとは思っていなかったから。

結局あの場所は一体何だったのかよく分からない。少しの間だけ魔法がかかっていたような体験だったと、今は思ってる。

「ちゃんと学校にいかないと、いい大学にいけないよ。お金ももったいないんだし」

「うん、分かってるって。いただきます」

いつものお母さんの小言を聞きながら、パンを齧る。

「ねぇ、お父さん」

「ん?」

緊張をパンと一緒に咬んでごまかしながら、私はお父さんに声をかけた。

新聞を読むのをやめ、私の方に目を向ける。お父さんって眼鏡してたんだ。なんでこんなことにも気づかなかったんだろう。

「お父さんって、昔何かやりたいこととかあった?」

「うーん、そうだな」

少しの間天井を見ながら考えていると、私にこう言った。

「バンドやりたかったかな」

「えっ!? そんなのお母さん初耳よ!?」

「だって誰にも言わなかったから」

お父さんが苦笑しながら言う。少し固いイメージがあったお父さんからバンドなんて言葉が出てくるとは思わなかった。ちょっと意外だ。

「夢は? 何かやりたいこと見つかったか?」

お父さんは逆に私に聞いてきた。

「うーん、まだ分かんないや」

そう言って、私はパンをまた一口齧る。しっかり飲み込んでから、話を続けた。

「けど、今はそれでいいかなって。とりあえず勉強してみて、マンガ読んだり映画見たりしながら、やりたいこと見つけるよ」

お母さんは何か言いたそうに口を開いたけど、お父さんが先に言葉を発した。

「そっか。見つかるといいな」

そう言うと、お父さんは歯を見せながら笑った。

その笑顔を見た途端、心臓が少し跳ね上がった気がした。

なんだ、こんな簡単なことだったのか。どうしてお父さんに対して苦手な意識をもっていたんだろう。少し話しただけで、こうも胸の内がすっきりするとは思っていなかった。

「うん、ありがとう。ごちそうさまでした」

私はご飯を食べ終わり、玄関へ向かう。背後からは二人の「いってらっしゃい」という声が聞こえた。それに「いってきます」と答えながら靴を履く。

自分がどうしたいかなんて、まだ私にも分からない。けどそれは別に悪いことじゃないらしい。なんとなくこうなりたい、そんな感じでいいのだろう。

5年後10年後、私はどうなっているのかなど、そんなこと誰にも分からないのだ。

ならばいっそ遊んでみようか。髪を染めたり、ピアスもしたり。それはあんまり私っぽくないから、多分やらないだろうけど。

どこへ行くのも何をするのも、全て私の自由なのだ。ならいっそ、好きにやってみよう。

海へ行ったり、神社へ行ったり、喫茶店へ行ったり。

またあの夫婦に会えるだろうか? それも分からないけれど、もし再び会えるのなら、その時はまた貝殻を持って行こう。

私はポケットから髪止めを取り出し、玄関の鏡の前でそれをつけた。

最後のピースをはめる。これで今の私の完成だ。

扉を開けて、私はどこへ行くかも分からない新たな一歩を踏み出した。

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最後のピース @mutukiue

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