真夏のお題小説、第二夜

『魔性の怪談』


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 理解出来ない不思議なモノなんて、いくらでもいるものだ。


 近畿地方のとあるマンションに伝わる話にこんなものがある。

 昔むかし、ある日のこと。かくれんぼのたいそう得意な子供がいた。


 とても活発な娘で、誰からも好かれる、性格の明るい子だったそうだ。

 いつも子供たちみんなと一緒に鬼ごっこやTVゲーム、かくれんぼをして、日が暮れるまで遊んでいるような子供だった。


 本名は内田乃絵といったが、その子はみんなから〈のちだ〉と呼ばれていた。


 さて、

 ことマンションでかくれんぼをするとなると、意外と隠れられる場所は少ない。どこも画一的で同じような構造をしていて、あまり工夫を凝らすのに向いていないからだ。

 しかし、〈のちだ〉が一度隠れれば、誰も見つけることができなかった。


 みんな、〈のちだ〉がどこに隠れているのか、不思議でならなかった。


 そして、ある日のこと。

 その前の日は夜になっても〈のちだ〉を見つけられなかった。諦めて帰った子供達の前に、〈のちだ〉は翌朝ひょっこり現れた。


 気になった子供たちみんなで問いただしたそうだ。

「一体、いつもどこに隠れているのか」と。


 その時、〈のちだ〉は「日によって違う」と答えた。


 子供のひとりが「それじゃあ、昨日は一体何処にいたのか。昨日は誰も〈のちだ〉を見つけられねえで、結局、家でゲームしてたよ」と問うたそうじゃ。


 マンションの中には選りすぐりのゲーマーがおった。一時は、子供達は日が暮れるまで〈のちだ〉を見つけられなかったとき、そいつの家でVRをするのが恒例になっとったほどじゃ。


 すると〈のちだ〉、「昨日は205号室に世話になっていたよ」と告白しただよ。

 この回答は子供たちにとって衝撃的じゃった。なぜって、かくれんぼの最中に自分の家へ隠れるのは、子供たちの間では当時すでに常套手段じゃったが、縁もゆかりもねえ他人様の家に上がりこんで隠れるなんてこと、誰も思いついても出来ねえからだ。


 それに、〈のちだ〉の話にはもっとおかしなことがあった。

 子供んたちの中で、〈のちだ〉も含めて205号室に住んでる奴なんておらんかっただよ。

 それどころか、205号室に住んでるなんて人間、この世にはおらんかった。そこはずっと空室だったんじゃもの。


 人っ子ひとり住んでねえんだから、〈のちだ〉を内へあげる人間などいるはずもなかったがじゃ。


「それじゃ〈のちだ〉、空室に入ったか。そいつはルール違反じゃねえか。許可されて入るなら兎も角、誰も許さずに勝手に無人の部屋に上がりこむのはマナー的によくねえ」


 納得のいかぬ一人が異を唱えた。これは他の子供達に取っても同意じゃった。


「そうだ、そいつの言う通りだ。そいつは最新のゲームばっか自慢するクソ野郎だが、遊ぶ際もマナーを守って正しくゲームをする。かくれんぼなんてルール無用みてえなもんだが、それでも子供たちが守るべき一般的な社会常識や公序良俗を遵守して遊ぶべきじゃねえのか?」


 子供たちの意見は意外と理知的じゃった。これは余談じゃがマンション住まいのクソ餓鬼どもはだいたい口が達者なクソ餓鬼が多かった。遊びを高尚なものと勘違いしていたからじゃろう。


 しかし、〈のちだ〉に子供たちが本当に驚かされたのは次に出た言葉じゃった。


「それは違う。205号室にも人は住んでる。203号室には小島さんが、204号室には石橋さんが住んでいるように。なぜって、標札はないけど、」


 呼び出せば、答えてくれるから。

 そいつが〈のちだ〉の答えじゃった。


 はじめ、子供たちは誰ひとりとして信じようとせんかった。

 今まで〈のちだ〉が如何にして、かくれんぼを凌いどったか。それは子供達も認めただよ。


 考えてみれば、明るく元気で礼儀正しい〈のちだ〉はそれだけで一種の才能のようなものじゃ。大人がそんな子供に頼まれれば、家に隠してやるなど、まあ忙しくなければ断ることもあまりなかったのじゃろう。


 それはいままで内緒の話じゃったろうが、それを聞いた子供たちは、まあよしとした。


 じゃが、205号室の話は譲れんかった。

 自明の理じゃ。そこには誰もおらんのじゃから。


 そのうち、ひとつ試してみよう、と誰かが言い出した。

 誰が言い出したのかはわからん。


 ただ、205号室に誰かが住んでいるなら、〈のちだ〉がやったみたいにやれば、きっと答えは返ってくるはずじゃと、そういう話になったのじゃ。


 そこで、〈のちだ〉を連れて205号室を訪ねることにした。

 その時にな、ロビーのオートロックシステムから部屋番号を押して呼び出すのではなく、直接205号室へ赴いたのは、昨日の〈のちだ〉がそうしたからじゃ。


「〈のちだ〉いつも、オートロックから番号押してないのか?」


 何気なくそんな話になっただよ。

〈のちだ〉は首をぶんぶんと横に振った。


「違う。昨日は鬼になった子が、3階で10秒数え始めてから、直接205号室に向かった。その前は、マンションの外で数え始めたから、オートロックで204号室を呼び出したんだ」


 要するに、鬼に決まった子が後ろを向いて10秒数える間、どこかに隠れなければいけねえ。〈のちだ〉はその時々で、一番近道の方法で、他人様の部屋に上がりこんでおったのじゃった。


「なんで2階ばっか選んでる?早く隠れるんなら他の階でも良いじゃないか」


「マンションでかくれんぼする時はな、みんな上の階に隠れる。だから逆に上の階にいたら見つかりやすい。そして鬼が次に探すのは1階だ。でも、隠れる側からしたら、下の階の方が階段を下りるのが早い。だから移動する途中で鬼に見つからんようにするには、2階が一番いい」


 じゃが、ここまで〈のちだ〉の説明を受けても、なお分からぬことが子供たちにあった。というか、確認したいことがあった。


「なんで、203号室、204号室、205号室の順番なんじゃ。なんで、部屋の中に招き入れてくれるなんて思える。そんな連続してお邪魔したら、ご近所の噂になると思わないか」


「それこそたまたまじゃ。ほら、『大丈夫な家』とか、なんとなくわかるんじゃ。それがたまたま、番号が続いてただけじゃ」


 理解はできなかったが、子供たちは納得しただよ。

〈のちだ〉には分かるのじゃ。その家が自分にとって安全か、そうでねえか。


 さて、そこまで分かってから、子供たちははじめて205号室の呼び鈴を鳴らしただよ。

〈のちだ〉が『大丈夫な家』だと思っているのなら、きっと絶対に大丈夫なのじゃろう。

 ……少なくとも、何が起ころうともじゃ。


 なんでそんなことを子供たちが確認したかというと、今しがた子供たちのひとりが思い出したのじゃが、205号室は何があろうと絶対に近づいてはならんと、前に理事長が言っておった部屋だったからじゃ。


 案の定、ドアから出てきたのは黒人のラッパーじゃった。


「Yo, マザファッカ!また来たのかよベイベ!今日はメチャンコイカしたリリックが頭に思い浮かんだんだ。後で聞いてくれよ。でも忘れちまった!HAHAHA!」


 子供たちは205号室に来たことを早くも後悔しておった。

 黒人は西海岸系のファッションに身を包み、サングラスをかけて、なんか煙を吸っており、ラジカセを肩に乗せて上半身が裸でおった。


「Yo! DJ.COOL.GAY!ベリーファックセンキュー!今日も得体の知れない卵焼きみたいな食べ物貰いに来たよ。キルユー!HAHAHA!」


「HAHAHA!」


 子供たちは完全に失念しておった。〈のちだ〉はだいたい誰とでもすぐに仲良くなれる奴じゃった。誰も住んでないはずの部屋に住んでる黒人のラッパーと仲良くなることなど、造作もないことじゃった。


 その時、別の全裸の黒人が縛られて血まみれの状態で廊下から野犬に引き摺られながら出てきた。


「Ahhhh……help, DJ.COOL.GAY! please……」


 DJ.COOL.GAYは無表情になってズボンをまさぐると、中から拳銃を取り出した。


「あっ失礼いたしました」


 子供たちは全力でドアを閉めた。

 ドアの向こうからは笑い声と殴る音と発砲音と叫び声がずっと鳴り響いておった。


「HAHAHA!HAHAHA!」


 みんな、今日見たことは全部忘れようと固く誓ったのじゃった。


 全員逃げた。とにかくその場から逃げただよ。

 もう205号室には絶対に近づくまいと心に誓った。というか2階に住んでる他の住人は胆力がすごいと感心したものじゃった。


「いや、アレは『大丈夫な家』だから。風呂場を見ない限り『大丈夫な家』だから。」


 焦燥しきった子供たちに、〈のちだ〉は205号室の安全性を必死に説いただよ。風呂場を覗いたらヤバいことが〈のちだ〉には本能的に分かっておったのじゃな。


「…妖怪じゃ」


 誰かが、耐えられず呟いた。


「〈のちだ〉は妖怪じゃ…マジで…」


 子供のひとりが言った。それは拒絶でも興味でも驚愕ですらなく、ただただ心の中に浮かんだ有り様をそのまま口にした、生の言葉じゃった……マジで…


「マジで…」


〈のちだ〉もまた、子供たちと同じ表情をせざるを得なかった。ルールを守っているのにむしろ不利益を被るという現実を直視出来なかったのじゃ。少なくともここまで憔悴しきった友人達の姿を見るために205号室へ案内したわけではなかったじゃろう。


 さて、この話には続きがあるだよ。

 翌日のことじゃ。マンション管理組合の理事長が血相を変えて緊急集会を開いただ。

 そこには〈のちだ〉や田吾作をはじめ、子供んたちも呼ばれていた。


「とんでもないことをしおったな、マンションの悪ガキども。呪われし205号室にはあれほど近づくなとマンションの掟を説いておったじゃろう」


 みんな、理事長の話を真剣に聞いていた。


「このままではマンションに災いが降り注ぐぞよ……誰もこれ以上呪われし205号室を刺激してはならぬ。子供たちもマンションの掟に従い、今晩は自分の家から出てはならぬ!厳しいようじゃが、これは古くから伝わるマンションの掟じゃ」


 マンションの掟に従い、その日の晩はみんな自宅に籠ってゲームをしておった。

 外に出ようとは到底思えんかった。


 その後、マンションのヒスパニック系なんかと黒人系なんかのなんかが激化したらしいと子供たちは風の噂に聞き及んだ程度でことは済んだだよ。


 さらにこの話には続きがある。

〈のちだ〉は旅をしたいと母親に語った。


 生来、明るく素直で礼儀正しく、誰とでもコミュニケーションを取れる子じゃ。そのうえ、安全について分別もある。

 母親も、可愛い子には冒険をさせろという世間一般に流布する慣用句に従い、二つ返事で〈のちだ〉が家を出ることを許しただよ。


 家を出た〈のちだ〉はそれから、各地の他人様の家を転々として渡り歩いただ。

 幸い、寝泊まりには一切困らなんだ。

〈のちだ〉には『大丈夫な家』が分かったからじゃ。


 大抵、そういう家は心優しく親切だ。しかし悪く言えば隙が多く、〈のちだ〉に言わせれば、そこへ入り込むのに労力など要らんかった。


 誰かの家に世話になるとき、そこは絶対に安全な家となる。何が起ころうとも、絶対に安全は保障されることを〈のちだ〉は感覚的に理解しておったのじゃ。


 そのうち、〈のちだ〉自分が人間ではなく、妖怪なのだと得心した。当たり前のように人間社会に紛れ込むのが得意な、妖怪じゃ。


 はて、〈のちだ〉が住んでおったのはマンションの何号室じゃったか。母親とは何号室の人のことじゃったか。

 そもそも、〈のちだ〉はマンションの住人じゃったか。


 それからも、〈のちだ〉の姿を見たものはいくらでもいる。






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『魔性の怪談』

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