文学補給のためのSS勝負巌流島

東山ききん☆

真夏のお題小説、第一夜

「妖怪とウオッチャー」


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 幽霊とか妖怪とか、そういう奴よりよっぽど怖いものといえばストーカーではないか。

 このごろ、そう友人に語っている新井和樹(あらいかずき)である。

 彼は身近に心当たりがあるようだ、ストーカーの。



6/24

 新井和樹、27歳独身。クールでハンサムな面構えにして創作和菓子店の若きオーナーである。だがそういう派手な肩書の人物こそ、案外堅実な日常を過ごしていたりするもので。



 駅から近いタワーマンションの一室に彼の日常はある。近所づきあいは良好で、隣人に創作和菓子の試作をおすそ分けしたりする程だ。

 シフト勤務なので日によって出勤時間が違うものの、毎朝七時には起床している。

 職場の和菓子店からは毎晩遅くとも午後七時には帰宅。家に帰ってからは夕食を取り、創作和菓子の試作や、ワインボトルを開け、趣味の映画鑑賞に浸ったりと。

 実に平凡な日常である。



 そう、彼がストーカー被害に遭うまでは。



「実は最近ストーカー被害にあってるっぽいんだよね」



 電話で友人に相談する彼。



「いや、実際に見たとかそういう訳じゃないんだけどね。誰かに常に見られてるっていうか、誰かの気配を感じるんだよ」



「そう、最近は不安で夜もいまいち安眠出来ないんだよね。元々夜型ってのもあるけどさ」



「えっCD?ヒーリングCDとかがいいの」



 どうやら彼は友人にヒーリングCDを進められたらしい。

 確かに森林のざわめきや波の音と言った自然音には癒し効果があるという。

 翌日、彼は早速ヒーリングCDを買ってきた。どうも波の音が気に入ったようで、十二時になるとタイマーを一時間セットして、そのまま波の音と共に安眠という訳だ。



6/22

 隣人が妖怪かも知れない。

 白石武蔵丸(しらいしむさしまる)がそう考えるに至ったのはつい先日の出来事だ。

 仕事が遅くなった帰り道、隣人の新井さんが近所の川で何かしている所を目撃したのが始まりだ。

 遠くからではっきりとは見えなかったが、ざるで何かを洗っているように見える。それも何か黒いモノを。それがあまりに不気味なもので、白石は自宅のタワーマンションへ一目散に駆けだした。



 家に帰り、白石は考えた。もしや新井さんは小豆を洗っているのではないか。

隣人は妖怪「小豆洗い」なのかも知れない。



 妖怪「小豆洗い」とは何か。

 地域によってその伝承に多少の違いはあるものの、水辺で小豆を洗っている人型の妖怪とう点で共通している。


 だが白石は小豆を洗っている隣人の姿を見たというだけで、隣人を小豆洗いだと決めつけたわけではない。

 そこには明確な根拠があるのだ。



①和菓子をよく貰う

 白石は改めて隣人の新井さんについて考えてみる。それで気づいた事が一つ。

 まだ引っ越してきて数か月だが、既に何回か和菓子をおすそ分けしてもらっている。

 余っているからとよく和菓子を貰い、その時は特に何も考えていなかったのだが。

 これはもしや、自分で洗った小豆で作った和菓子を人間に食べさせ、徐々に人間を取りこんでしまおうという罠ではないか。

 そんな考えが白石の頭をよぎり、夜も六時間くらいしか眠れない日が続いた。



②小豆を洗う音がする。

 一度気になったことは徹底的に調べないと気が済まないのが白石武蔵丸という男だ。

 さて、このレジデンス・セメタリーというタワーマンションだが意外と壁が薄い。タワーマンションなのに。

 妙に安いタワーマンションだとは思っていたが、そういうカラクリがあったのかと入居当初に納得したものだ。だが、今はそれが幸いした。

 即ち、壁に耳を当てればかすかに隣の部屋の様子がわかるというもの。

 その事に気付いた白石はずっと壁に張り付き、壁に白石ありという訳だ。



 壁に張り付き三日目、ついに決定的な確証を得るに至った。

 小豆を洗う音だ。その日から毎晩十二時になると決まって小豆を洗う音がするようになった。

 白石の推測では毎晩テレビを見ながら少しの酒を飲み、翌日の準備をしてから目覚まし時計をセットして、それから小豆を洗うようだ。

 実際に見ている訳ではないが、音だけでもある程度は推測出来る。



 さらに不可解なのが小豆を洗うのは決まって一時間。一体それに何の意味があるというのか。

 気になって仕方がない白石はごはんが毎食二杯しか喉を通らない日々が続いた。



③名前がそれっぽい

 新井和樹って小豆洗いになんか似ている。



④SNSの名前もそれっぽい

 新井和樹という名前が気になった白石はネット方面を調べる事にした。



 ネットには疎い白石だがFatebookという奴は知っている。ネットで実名を晒す系のSNSだ。名前と住所からそれらしいアカウントを発見した白石であるが、数年前に登録してわりとすぐに放置しているようだ。だが白石武蔵丸はそこで諦める男ではない。

 城攻めは外堀から順に埋めていくのが基本。白石が目を付けたのは新井をフォローしている友人らしき人物達だ。彼らの名前を一人ずつZwitterやインダスグラムで検索。

 すると白石の予想通り発見、Zwitterを本名で登録している人物。そこからさらにフォロワーを辿って行くとどうだろう。



 結果としては怪しすぎるフォロワーが出て来たではないか。なんとアカウント名は「小豆洗い」。もう、そのままではないか。このアカウント名はもう完全にアウトだろう。確かに新井さん本人のアカウントの様だ。驚きのあまり白石は座っている椅子ごと垂直に飛び上がって天井で頭を強打した。

 肝心の中身はどうかと言えばそうでもない。最近見た映画の感想がほとんどで、たまにチンパンジーでカーリングした話とかワインの話があるくらいだ。



 当然といえば当然なのだが、白石が勝手に妖怪疑惑を持っている新井さんにも日常があった。もし、新井さんが本当に妖怪だとして、それで日常がどこか変わったりするものだろうか。

 暗い部屋の中、白石の頭にはまった蛍光灯だけがチカチカと点滅している。



⑤青年が危ない!!

 それはある日、いつものように隣の部屋を音で分析していた時の事だ。



「それが結構美味そうなんだよ」



 どうやら新井さんは誰かと電話しているようだ。



「それがまだ十代の青年なんだけどね。はい」



「いいだろう」



「獲りたいね、絶対に逃がさないよ」



「もちろんさ、調理しないとな」



「和菓子のガーゴイル屋本店で明日の十時だ」



「待ちきれないんだよ」



 これは一大事だ。確か小豆洗いは地域によっては「小豆洗おか、人取って喰おか」などと歌っていたり、人をさらったりする地域もあるという。

 今の会話を聞けば、新井さんが仲間の妖怪と青年を捕って喰おうとしている事は明白。

 嗚呼、こうしてはいられぬ。なんとかしなくてはならないと義憤にかられ、風呂上がりのビールも喉を通らない白石だった。



6/30

 ストーカー被害が前よりも悪化している気がしてならない新井和樹だった。

 以前から誰かに監視されているような気がしたが、最近はさらにその頻度が増えた気がする。

 それは錯覚ではない。zwitterで全く知らないアカウントにフォローされたりと目に見える形で異変が現れ始めたからだ。



 ただ脅えているだけなのもどうかと思い、友人に相談してみたりもした。念には念を入れてカラオケ店「メキシコシティ」という密室で。



「この前紹介してもらったCDは良かったよ。でも事態はもっと深刻みたいでね」



「まったく小豆洗いは怖がりだなぁ」



 と友人は暢気な事を言ってるではないか。ちなみに小豆洗いというのは少年時代からのあだ名で、由来は本名の通りだ。



「実際にストーカーされたら怖いもんだぜ」



「吸血鬼の方がよっぽど怖いだろ」



「実際、十字架もにんにくも怖くないけどさ、ストーカーはやっぱり怖いって」



 新井和樹は西洋妖怪の吸血鬼と人間のハーフではあるが、十字架もにんにくも怖いと思った事がなかった。

 彼がここまで恐怖を覚えたのはストーカーと日本の年金問題くらいなものだ。



「いっそ引っ越したらどうだ」



「いや、それはなぁ。今のタワーマンション結構気に入ってるんだよ」



「確か人間社会に溶け込めそうな妖怪専用のとこだっけ」



「そうそう、隣近所もいい人そうだし、駅から徒歩十分で家賃五万円だし、人間社会で暮すのも案外悪くないんだけどなぁ」



「へぇ、あっそうだ。それはそうとお前和菓子店の店員募集してたよな」



 もう友人の中では意識がストーカーから別の話題に移っている。どうも大して気にされていないらしい。



「俺の知り合いでさぁ、廃業した和菓子屋のとこの息子がいんのよ」



 この日はプライベートな相談をしたかったのだが、ビジネスの話をして帰る事になった。



 それから、さらに数日後には全く知らない番号からの着信があり



「ずっとお前を見ているぞ」



 とだけ男の声で言われたりした。まったくもって気味の悪い話だ。いくら毎晩ヒーリングCDを聞いていても安眠出来そうにないと思い始めた。



 新井は不安を拭うかのようにワインボトルを手に取る。



「これが最後の一本か」



 新井が見つめているのはただのワインではない。赤ワインにウナギの血をブレンドしたものだ。新井の吸血鬼としての本能が血液を求めるのだが、人間と共存する以上は人間の血は控えようという新井なりの気遣いである。



 ちなみにこのためにわざわざ川で獲って来たウナギの血を抜き取り、それを火にかけて毒素を飛ばしてからワインとブレンドしているのだ。

 だが、それも最後の一本。新たにウナギを捕ろうにも、どうも外を出歩きたくない気分である。



 こういう日は気持ちを切り替えて仕事の事を考えてみたりする。

 そう言えば友人に紹介してもらった廃業した和菓子屋の息子と実際に会った。若いながらも大した実力で和菓子作りの腕も申し分のない好青年だった。



 その話をまだ副店長にしていないではないか。早速電話をする。



「へぇ新人ですかい」



「そうなんだよ」



「和菓子作れる人なんでしょうね」



 と副店長が念を押すのは、新井が過去に謎の黒人エルフを連れて来た前科があったからだったりする。もちろん、彼は草野球大会以外で活躍することは無かった。



「それが結構上手そうなんだよ」



 どうやら副店長はまだ疑っているようだ。



「本当ですか。もしかしてベテランだけど死にかけの爺さんとかじゃないでしょうね」



「それがまだ十代の青年なんだけどね。はい」



「おお、店長にしてはまともそうな人選で」



「いいだろう」



「それで店長は採用するつもりですか」



「採りたいね、絶対に逃がさないよ」



「じゃあ今度連れてきてくださいよ。知能がチンパンジー以上有るかしらべないと。それから調理の実技試験もしましょう」



「もちろんさ、調理しないとな」



「場所は駅中店ですか、ロソーンの隣店ですか、本店ですか」



「和菓子のガーゴイル屋本店で明日の十時だ」



「いきなりですね、店長はいつも」



「待ちきれないんだよ」



 不安に押しつぶされそうな時は予定を詰めるのが新井流だ。



7/4

 新井が経営する創作和菓子店「和菓子のガーゴイル」本店にはとある来客があった。先日から主にメールで連絡を取り合っていた潰れた和菓子屋の息子である。



「どうも、桂木千伊豆(けいき ちいず)っす」



 それと思わぬ来訪者が同時に。



「待て、やめろ新井さん」



 隣人の白石さんではないか。なんかすごい顔で、それも薙刀を持って店に入って来る。



「どうしてここに」



「どうしてって、俺はただ黙って見てられなかったんだ」



 白石さんは血走った目で薙刀をこっちに向けてくるではないか。これはただ事ではなさそうだ。



「待って落ち着いて白石さん。あなたの要求は一体なんなんです」



「その青年から離れて、今すぐここから解放するんだ」



「わかったから薙刀はやめて」



 とりあえずやばそうが白石さんなので要求に従う新井さん。



「白井さんが何を考えているかわからない。同じ妖怪同士仲良くしようよ」



「やっぱりそうか。だが悪いが俺は妖怪ではない。完全国産天然モノの人間なんだよ」



「えっ人間!?そのビジュアルで??じゃあなんであの妖怪タワーマンションに」



「タワーマンション??安かったからなぁ」



 などと白井さんは言っているが、ここで新井に一つの疑惑が生まれる。



「こんな事して、新井さんは僕を殺すつもりなのかい」



「殺すなんて、俺はただ新井さんの事がもっと知りたかった。だけどこれじゃあもう、新井さんとその青年を黙って見過ごすわけにはいかなくなっただろ」



「もしかしてですかね」



 あまりにも情熱的な人物だと感心する反面、その情熱は少し病的なものを感じずにはいられない。



「言っときますけど、あの青年と僕は別にそういうのじゃありませんよ」



 とりあえず白石さんに付いた炎を鎮火しようと放った一言から思わぬ事実が。



「そうなのか、電話では獲って喰うとか言ってたから」



「えっ……なんで電話の話とか知ってるんです……」



「あっ……」



 ここで白石の中でなにかが繋がったようで。



「もしかして、Zwitterとかも監視してたり」



「うん……」



「じゃあ突然、『見ているぞ』とか電話してきたり」



「いやっ……それは俺じゃないわ」



「えっ……」



「えっ……」



 ストーカーというのは案外身近にいるものかもしれませんよ。そう、アナタの後ろにも……。






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「妖怪とウオッチャー」


コウベヤ

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