「復讐入(フクシュウニュウ)」

低迷アクション

第1話

復讐入(ふくしゅうにゅう)


社会や個人に抱く憎しみ、あらゆるストレス、総じて“恨み”が溜まる現代社会において、

その大きさに違いはあれど、誰かや何かを憎む行為は人間の生活に

必要不可欠な“常”であると思います。


しかし、実際に“それ”を、呪いや直接的な手段(丑の刻参りや殺人、暴行など)で、

相手に実行できるか?というと…出来る人は少ないと思います。


これは、復讐したい対象に呪いをかけ、生活の潤い…副収入(復讐入)を

得て、最良の日々を過ごした人の経緯と、その末路の話です。



 “T”の知人“C”の妹が事故に遭いました。市内駅前の道、時間は夕方。社会人や学生の帰宅時間でした。学校が終わり、帰りを急ぐ彼女に背後から迫った車が、


急に歩道に乗り上げ、そのまま覆い被さるように彼女にぶつかったそうです。


車に片足を挟まれた妹に、降りた運転手の男性が駆け寄り、様子を見ます。

タイヤに足が潰された彼女の様子を見て、立ち尽くす彼に、


妹は救いを求めるように手を伸ばし


「助けて…」


と声をかけました。しかし、返ってきた言葉は信じられないモノでした。


「私にはできない。すまない。」


と一言放った彼は、車に乗り込むと、エンジンをかけ、その場を立ち去ろうと、

車を動かします。勿論、彼女が車の下にいる状態で、それをやれば、どうなるかは明白です。


「ぎゃああああああああー!!痛い、痛い、やめてぇぇえ!!」


まるで地面に擦り込むように、二度、足を引き潰され、絶叫を上げる妹に、通行人たちは、

半笑いのような顔をする者、目を覆う者。不快そうな顔をして、スマホの画面に視線を固定する者、顔を背け、その場から立ち去る者。後は…


「誰か警察を…」


「ヤバいってぇ~。」


を繰り返し、全員が示し合わせたように、スマホを掲げ、

写真や動画を撮るか、ブツブツ呟くだけ…


誰1人として車に近づき、運転手を引き摺り出し、止めさせる者はいませんでした。


やがて、車が、彼女の片足を完全に擦り潰し、走り去った後で、巡回中の警官が来ました。

救急車が呼ばれ、病院に運ばれた段階になって、ようやく、Cの職場に家族から電話が入りました。


慌てて病院に駆け付けた彼は、そこで母と1時間も待たされる事になります

(ちなみCは実家暮らしで、妹と母の3人家族です。父親は早くに亡くなりました)


手術室は面会禁止とされ、近くの看護師や事務員に様子を聞けば


「命に別状はありません。安心して下さい。」


の一言だけ。命の別状はないと言われても、大きな事故に遭ったとの連絡です。

安心できる状況じゃありません。


何処に怪我を負った?それは後遺症が残るものなのか?


ただ、それだけが聞きたいのです。


しかし、彼等は皆が口を揃えて


「個人情報は(身内の話ですよ?)何処で誰か聞いているかわかりません。

重体のケース以外は、電話や口頭でお伝えする事は出来ません。」


の一点張り。ようやく手術が終わり、担当医が出てきて、


「残念ですが、妹さんの右足の骨は修復が難しい程、粉砕されており、歩行が困難になると思います。」


と告げられた時は、


「何故、もっと早く教えてくれなかったんだ?」


と怒鳴りたかったと言います。ですが、医者は、これまたお決まりの定型文のような台詞で


「ご家族の方の受けるショックの大きさを考え、我々としても、最善の処置を行った上での

結果を、ご報告するよう、努めています。このような結果で、真に残念ではありますが…」


を繰り返すだけでしょう。容易に想像がつきます。

しかしCには、自身の憤りがあってか、どうしても医者の顔が


「あれだけ、足を潰されていれば、何をやっても結果は同じ。わざわざ、報告する必要はないだろう。」


と言っているように思えました。誰にでも経験がありますが、自身にとって、

最悪の答えや通知を受けた時は、たとえ、どんな慰めや労いをかけてもらった所で、

悪いようにしか受け取れないモノです。


そして、ようやく病室に移された妹と面会を許された彼は、ベッドで眠る擦り傷だらけの顔の妹の前で、泣き崩れる母を見ながら、呆然と立ち竦むだけでした…



 悪い事は続きます…


病室の外に出たCと母は、そこで待っていた担当の刑事と話をします。事件のあらましを聞いた彼は、逃げた犯人の事を聞きます。内容から言って、目撃者は大勢いますし、


最近、ドラマやニュースで使われる街頭に設置された監視カメラだってあります。

ましてや、あれほどの大騒ぎ、すぐにでも捕まるものだと思っていました。しかし…


「まだ捕まっていない?どころか、目星もついていない?…

い、一体、どういう事ですか…?」


驚きを隠せないCの言葉に、刑事は申し訳なさそうに謝り、夕方の時間帯、

ほとんどの人が帰路を急いでいたため、まともな目撃証言が得られない事や、


携帯で撮影した者もいたが、人を二度轢きするなどという凄惨な内容に“手ブレ”が激しく、

運転手や車のナンバーが映っていなかったり、

悲鳴を上げている妹の姿や、周りの人を撮った映像…


更に言えば、あろうことか自撮りしながらの実況中継のモノが

その大半を占め、役に立たないとの話でした。


最後にCが思った、街頭カメラについては、


「テレビじゃないですから。」


の一言で片づけられてしまいました。

あまりにも“事務的で無感情”な刑事の言葉は続きます。


「現行犯で捕まえられれば、良かったんですが、一度逃げられてしまうとね。

なかなか難しいんですよ。でも、大丈夫です。我々の方でも、捜査は継続しますから。


日が経てば、目撃者もきっと出てきます。妹さんからも証言を聞ければ…なるべく早い方がいい。事故の様子を覚えているので、捜査に役立ちます。ですが、本当に無事で良かった。」


“命があっただけでも…”なんていう言葉が出なくて本当に良かったとCは思いました。

無事な訳がありません。妹はこれから片足を引き摺って、もしくは車椅子の生活を送る事が決まっているのです。


その彼女に、自分の人生をどん底に叩き込んだ事件について、もう一度思い出して話せと?

何て話でしょう?彼等からすれば、手慣れた業務かもしれません。


しかし、それが被害者からすれば、どれだけの心的外傷になるのか?

彼等は本当に考えているのでしょうか?


妹は勿論、話せませんでした。あまりの痛みと恐怖に、自分に喋りかけた男の顔も、

何も覚えてないとの事でした。警察はしつこく、まるで犯人を尋問するように

何度も尋ねましたが、無駄でした。


さらに、その影響で、事態はもっと悪くなりました。


彼女の心は、完全に壊れたのです。学校には行けなくなりました。

車椅子に乗る事が決まった妹に、学校側が苦慮する様子を見せた事も原因の一つです。


階段が多く、エレベーターの設置がない校内環境では、彼女の登校は事実上無理でした。

直接話をしにいったCに、学校側では予算や行政上の問題を盾に、


肢体不自由の方が通う学校のチラシを見せ、暗に“転校”を示してきました。


何より、妹自身が事件の記憶を思い出し、部屋から出る事を拒否しました。

無理に出そうとすれば金切り声のような悲鳴を上げます。


それも毎日のように…やがては、部屋から出そうとしなくても、

何か用事を頼みたい時や、かまってほしい時にも、叫び声を上げるようになりました。

まるで生まれたばかりの赤ん坊です。


母親は体の調子を崩してまで、叫び、暴れ回る彼女の世話をしました。


妹の友人達も、最初の内はお見舞いに来てくれましたが、彼女の様子に“ドン引き”し、

やがて、自分達の楽しみや学業を優先するようになりました。


妹に、読書や絵を描く趣味があれば良かったと本当に思います。ですが、彼女は外で友達と

遊び、スマホを片時も離さない、今時の明るく元気な子でした。


慰めや楽しみとなるスマホを見れば、自分の事件のニュースが満載です。

ネットでこのワードを入力すればいいのです。


「二度轢き グロ注意」


「二度轢き 女子高生 悲惨」


スレッドも動画も山程ありました。別のモノを検索したり、他のサイトを見ても、

ページの片隅には、そのリンクや広告バナーが、必ずと言っていいほど貼られていました。

妹の安らぎや趣味を得る事すら出来なくなりました。


テレビや新聞は散々、話題に載せ、学校側や関係機関に、

働きかける動きを見せてくれましたが、


2週間もすれば、ニュースとしての旨味が無くなったモノとして、連絡も無くなりました。

こちらから電話をすれば


「担当が不在です。」


の一言で片付けられました。福祉関係の相談所や役所の関連機関も、

本人に“サービスを受ける意思”があるか?もしくは“要請”があればを盾に、

動いてくれる気配は一向にありません。


関係業務に就く友人の言葉を借りれば、


「妹さんのように精神的な障害、環境に問題があるようなタイプ、受け答えや会話の理解が出来る、健常者だけど、普通に暮らせない。つまり引きこもりや、


精神障害でも軽度の“ボーダー”な人達の扱いは、


まだ法的にも曖昧なんだよ。障害手帳の取得だって、

面倒だし、何より、本人がそれを望まないだろう。」


との事でした。正にその通り、妹はこれらの福祉相談を受ける事に関して、

金切り声で答えました。


どれだけ、福祉が理解される世の中と豪語する社会になろうとも、


それは、あくまで“他人目線”自らが、その立場になる事を良しとする健常者はいません

(大変、失礼な表記かもしれませんが、紛れもない事実です。)


こういった最悪の経緯を経て、Cの家庭は完全に崩壊しました。彼自身も家に帰れば、

妹の金切り声と母親の苦言に付き合い、癒える事の無い疲労に神経をすり減らし、仕事も

ままならない日々が続きました。


“T”が、彼の元に現れたのは、そんな時です…



 「そろそろ限界かと思ってね。」


家から近い居酒屋で会う事にし、

(もし、妹の様子が悪化した時を考え、彼は外出を極力控え、仕事以外を

ほとんど家で過ごしていました。)


先に待っていたCの顔を見て

Tは開口一番こう言いました。ゲッソリと痩せこけたCと比べ、浅黒く、ガッシリとした彼です。直接の付き合いはありませんでしたが、


大きな飲み会で、連絡先を交換していました。その程度の付き合いの彼から、

会う事になるとは、正直驚きましたが、何かの気晴らしになればと思ったのです。


「妹さんの事を聞いたよ。ヒドイな。先に言わせてもらうが、俺が来たのは

宗教の勧誘とか、福祉の新たなサービスの営業とかじゃぁ、ないぞ。」


「じゃぁ、何なんだ?」


Tの言葉にCは思わず苛立ちます。正直、この手の話は、事件当初に電話や訪問販売のような勧誘者から嫌というほど聞かされました。また似たような話かと思ったのです。


「“呪い”をかけてみないか?」


「呪い?ハッ!今度はオカルトか。やっぱり勧誘じゃないか?いい加減に…」


「最後まで聞けよ。これはあくまでも、お前の今の様子を見て、少しは気晴らしになるか

と思って、話すだけだ。途中で席を立ったって、俺は別に構わない。」


この言葉にCは立ち上がりかけていた腰を元に戻しました。確か知人の紹介では、彼は

ホラーやオカルトに詳しく、実際に心霊スポットや曰く付きの話などに詳しいとの事です。


それに、Tの口調には、何処か話を聞きたくなるような、そんな響きが込められていました。


「呪いは“復讐入(ふくしゅうにゅう)”と呼ばれてる。

神奈川の何処かの町に朽ち果てた祠がある。


昔は処刑場や、死体置き場が多くあった場所だ。

そこに“首だけの地蔵”が祀ってあるらしい。


昔、その土地で飢饉や、戦乱で被害を受けた時、家族も友も全て失った男が、

祀ってあった石の地蔵の首を素手で折り


“この世には、情けも、仏もねぇぞ。それを証明してやる”


と叫んで、地蔵の頭を、丸のみにし、石の頭に喉を突き破られて、死んだそうだ。


以来、そこには喉を破られた、真っ赤な影がうろつき、見たものは、皆死ぬって話だ。


加えて、これまた、いつの頃からか、恨みをぶつけたい相手の名前を書いた紙、

強く相手の顔を想像したモノ、写真や相手の持ち物なら、余計にいいな。


それを持って祠跡、実際に、地蔵の頭だけが祀ってあるらしい場所で願うだけで、

呪った奴に障りが出るという噂が出来た。


自身の復讐心を、地蔵の頭に入れて、恨みを成就させる。

この事から“復讐入”と言われるらしい。


障りの程度は様々で、恐らく恨みの強さの度合いなんだろうな。はっきりしないが、

上手くやれば、相手を死に追いやる事だって出来るらしい。勿論、それは自分次第。


少しの気晴らしと鬱憤晴らしに使うも良し。相手を殺すために強い念を込めるのも、

何でも自由だ。


どうだ?少しは興味が沸いたか?」


「興味が沸くも何も、その祠の場所がわからなければ、呪いをかけるなんて、

出来る訳ないだろ?」


淡々と全容を語ったTにCは当然の疑問を口にしました。

すると彼はニヤリと笑い、自身のスマホを操作し、画面を見せます。


「祠に行かなくても効果がある。この画像を見て、呪いたい相手をイメージするだけで

いい。」


Tのスマホには赤黒い丸石が、崩れかけた社に鎮座しているモノが映っていました。

これが、恐らく地蔵の首なのでしょう。


スマホを下げた彼が、指で端末を操作します。

まもなく、Cの携帯が振動し、画像が送られてきた事がわかりました。


その画像を見つめる彼に、Tが少し表情を歪ませて、話しかけてきます。


「気を悪くするかもしれないけどさ。妹さんが事故った動画は削除されてるの

も多いけど、ネットで探せば、普通に見れる。


それを撮った奴、周りにいて、助けなかった奴。無能な警察、そして犯人、これは後ろ姿だけだが、皆わかるぞ?方法は簡単だ。


“自分の目で見た相手を呪いたいと思えば、誰でも簡単に呪える。”


道具や決まり事も特にない。しかも、かけた方にはリスクが一切こない。

誰が呪いなんて信じる?こんだけ動画が上がってんのに、


事件を解決できない警察なんかじゃ、絶対にわからないし、


呪いを違法にする法はない。逮捕はされない。


だから、昔からずっとコイツは存在している。今は画像見るだけでいいって言うから、

便利だな。更にやりやすくなった。


話はお終い…良かったら、試せ。」


Tはそう言い、席を立ちます。Cはそれを見送る事なく、画像に映る、赤黒い地蔵の頭を

ずっと見つめ続けていました…



 家に戻ったCは、自室でネットを検索し、事件の動画を検索しました。映像には、

無責任な言葉を並べる投稿者の音声や、


悲鳴を上げる妹を遠巻きに眺める通行人達が

次々と映り、最後は車に乗り込み、逃げ去る犯人の後ろ姿もありました。


改めて見ると、怒りが沸いてきます。これだけの人がいるのに、誰1人犯人を止めようとする者はいません。彼の耳には、悲鳴を上げる妹の声がいつまでも響いていました。


しかし、そうだからと言って、Tの教えてもらった“呪い”を行うまでは考えません。

信憑性がないのは、勿論ですが、やはり後ろめたさがあります。


それが“変わったのは”次の日でした。


会社に向かうCは偶然にも、事件現場に居合わせ、何もしなかった女性の一人を…

動画に映っていた女性とすれ違いました。


驚く彼の横を通り過ぎ、友人らしき連れと楽しそうに歩く彼女を見て、怒りが沸き上がるのを感じました。


そのまま出社し、仕事を始めたCですが、楽しそうな女性の顔が、

どうしても離れません。そのせいで仕事は全く進みません。


上司や同僚達の苛立ちに近い視線も感じます。以前は事件の事もあり、

優しくしてくれた彼等も、事件から幾日かたてば、扱いもぞんざいになります。


無言の視線はこう言っています。


「いい加減に、事件を早く忘れて、まともに仕事をしろ!」


(月日がたてば、被害者の、家族の傷が癒えると本気で思うのか?

前を向いて歩けると言うのか?自分の身にもなって、考えてみろ。)


Cの怒りは頂点に達しました、しかし、辺りに怒鳴り散らすなんて事は

気弱な彼には出来ませんし、考える必要はありませんでした。


自分には、そ・の・鬱・憤・を・晴・ら・す手段があったからです。


退勤時間までどうにか過ごし、家路についたCは携帯を開き、画像を出しました。


“復讐入”をする事に決めたのです。


携帯に映った地蔵の首を見ながら強く念じます。映像に映った人々、誰も助けなかった

通行人、今日すれ違った女性、Cにぞんざいな対応をした医者、刑事、そして、全ての

現況とも言える轢き逃げをした犯人…


あの男がいなければ、全ては元のままだった。妹も母だって、穏やかに楽しく暮らしていた。あの男が憎い。憎い、憎い、憎い!憎い!!そう強く念じた時…


「うわっ!」


思わずCは携帯を取り落としたそうです。気のせいか、静止画像の地蔵が

少し赤みが増した、いや、まるで笑ったように動いた気がしたのです。


「気のせいか?」


ちゃんと見直してみれば、画像に変化はありません。気味の悪い感じでしたが、

その日は特に何もないまま、終わりました。


次の日になりました。日常に変化はありません。新聞やメディアでも犯人が捕まったという話も聞きません。そのまま4日経ち、2週間が過ぎました。


Cの生活に何も変化はありません。ですが、呪いという行為を行った事で、彼は何か

“吹っ切れた”感覚を抱いたそうです。呪いの効力は、依然として確認できませんが、


普段、他者に対し、強く出れない自分が相手を憎み、怒りをぶつける行為を出来たという

達成感に近いモノ、自信を持つ事が出来ました。


呪いを行った事で、思わぬ副産物、臨時収入と言うべきでしょうか?まるで、副収入を得た

ように、楽しく爽快な気分になったそうです。


(これから何か、嫌な事があった時は、あの画像を見ようかな?)


そんな気分転換に使おうと考えた程だったと言います。


おかげで以前のように仕事もしっかりこなし、職場にも、家族にも

笑顔の自分を見せる事が出来ました。


そして、そんな兄を見た妹が、リハビリや福祉のサービスを受ける事を決め、

前向きに生きる姿勢を見せた時点で、彼等の生活は新しい道を進み始めました。


あの日、Tが教えてくれた呪いは、確かに効果のない、まやかしだったかもしれません。


ですが、その復讐入のおかげで、暗い人生に、明るい副産物、正に副収入を得て、

新しい道を歩む事が出来たのです。彼には、ただ感謝しかありません。


(今度会ったら、お礼と出来るだけの感謝をしよう。)


そう思ってから幾日が経った頃、町ですれ違った“あの女性”が

車に轢かれるニュースがテレビで流れました…



 翌日は2人、ネットに映っていた通行人が同じような交通事故に遭いました。

彼等の証言によれば、


「誰かが自分を押した。」


「車がこっちに突っ込んできた。」


との事で、原因も、それどころか車に乗っていた人物すら、特定できませんでした。

警察が事件解決に無力なのは、あえて書きません。


そして妹を治療した医者と、刑事の名前が報道に挙がった段階で、

Cは確信します。


彼等は事故で、両足を失っていました…


呪いが“現実のモノ”となったのです。通行人達は骨折や入院で済みました。


ですが、2人は両足を失っています。Cが強く憎しみを持った者程、

呪いにかかる度合いが強い事を示しています。という事は妹を轢いた犯人は…


そう考えた日の夜、彼に電話がかかってきました。


相手はCの名前を確認し、震える声で伝えてきます。


「…あ、貴方の妹さんを轢いたのは私です。本当に申し訳ない事をしました。


ですから許して下さい。お願いです。赤い…赤い影がちらつくんです。職場で、町で、

自宅でも!あれは、そうなんでしょう?貴方が願ったんですよね?


周りで見ていた人達は交通事故で半年の重体…担当した医者は両足を失いました。


呪いをかけた相手の憎しみが強い分だけ、障りは酷いと書いてありました?


と言う事は、私は…私は。お願いしま…」


途中で電話を切りました。犯人の言葉に気になる言葉がありました。

ネットを開いて、ある文字を検索します。


画面に所せましと映る赤黒い地蔵の頭の画像、説明はこう書かれています。


「自分が被るリスク一は切無し、復讐したい対象を

頭に浮かべるだけで効果がある呪い。呪いの名前は復讐入」…


呆然とするCは、もう一つの“ある事”に気づき、確認をとりました。


やがて、それは“確信”に変わりました…



轢き逃げ犯と思われる犯人が、死亡するニュースがテレビで流れました。

最早、Cにとって、それを喜ぶ気持ちにはなれません。更に恐ろしい事が起こります。


仕事から帰宅する道で、誰かに見られているような視線を感じました。振り向いた彼は、

夕暮れが迫った町の風景と、その建物の影に立つ“赤黒い人型”を見ます。


何度も、後ろを振り返り、走って帰ったのは言うまでもありません。

Tが訪れたのは、その翌日でした。


「久しぶり。だいぶ元気になったな?」


Cの顔を見て、Tは笑いながら、そう言いました。


精一杯の笑顔で頷いた彼は、呪いをかける前と、かけた後の生活の変化のお礼を述べた後、

インターネットで呪いを調べた事、呪いを止める、終わらせる方法を聞きます。


Cは自分の周りに赤い影が見えたのも、呪いの影響による障り、しっぺ返しの

ものだと考えていました。


そんな彼の言葉に、Tが突然、大声で笑い始めます。


「何を言ってる?呪いの影響で、代償で、赤い影を見たと思っているのか?違うね。

答えは単純。“誰かかが、お前に呪いをかけたんだ。”


ネットを見たと言っていたな。よく読んだなら、わかるだろ?

止め方なんて書いてないし、ないだんよ?


自分に被るリスクは確かにないよ。自分が呪われなければな。

誰だって簡単で呪える手段があれば、それを使うさ。世の中、大小様々、不満が


溜まってるからな。程度の大きさは関係ない。自身の地位、身辺に一切迷惑が

かからない呪いなら、皆こぞって、それを使うさ。


付け加えれば、ネットに上げたのは俺じゃない。誰かが、気を利かせたんだよ。


“自分もこれ使って、だいぶスッキリしました。恨み晴らしたい方リンク貼っときます。”


なんてな。商業の動画とかを違法で上げている奴等と大差ない、使命感に駆られてな。」


笑うように喋るTに思わずCは反論します。肝心の点、自分が最も知りたい部分の説明が

ありません。


「なんで、俺が?誰にも恨まれる覚えはない。」


当然の疑問でした。しかしTはあっさりと言った感じで言葉を返します。


「本当にそうか?お前が呪いをかけた相手はどうだ?

お返しの呪いが来るとは考えなかったか?


それとも、死んだ犯人の置き土産かもしれない。もっと身近で言えば 

職場でお前が自暴自棄な時に、その煽りをくった同僚はいないか?


はたまた、道でぶつかった誰かに舌打ちをしなかったか?嫌な視線を向けなかったか?

あるいは、お前が呪いをかけた後で、


変にテンション上がって楽しそうに歩くのを見て、イラついた

“誰か”かもしれないだろう?


今は、指一本で簡単にネットを覗ける時代だろう?誰でも“復讐入”をやるさ。」


絶句するCの様子を可笑しくてたまらないと

言った感じで、Tが笑い、やがて床に倒れ、更に笑い転げます。


その声が、だんだん掠れ、喉に詰まったような、不気味な音を出し始めていきました。

恐怖を抱くCは、この段階で自身が調べた確信を、口にする事を決めます。


「お、お前は一体誰なんだ?」


何とか絞り出した声は震えていました。そうなのです。ネットで復讐入の情報を見た時、

全てを思い出しました。そこに残った過去の検索履歴には、


事件の直後、自分が憑かれたように、呪いや、誰にもバレない殺人方法などを

検索していた記録がしっかりと残っていました。妹の事で壊れていく家庭の中で、彼は

“安定剤”として、それらの情報を調べていたのです。


呪いをかけた後は、悪い夢を見たように、これらの事を忘れていました。


今、目の前で笑い、日に焼けた肌をさらに黒く、いや、だんだんと赤黒い様子になってきている彼を“T”だと判断した事も、その要因の一つです。


飲み会の時に、ホラーやオカルトに詳しい人物として覚えていて、

自分を今の現状から抜け出させてくれる存在として無意識に、迎え入れ、


憎しみを晴らす方法を教えてくれる存在として心の何処かで欲していたからです。


だからこそ、現れた彼を、抵抗なくTという自分の知り合いに

当てはめていました。


そして、確認のため、本物のTの番号に電話した時も

(考えてみれば、目の前の人物は、いつも連絡なしで彼の家を訪れていました。)


相手はCの事をまるで覚えていませんでした。


では、彼は一体何なのか?答えはもう出ていましたが、

それを口に出したくはありませんでした。


今、Cの目の前で、Tだった人物の顔は、赤黒い血交じりの色に包まれ、

自身が昨日見た赤い影と同じ姿になりました。


恐怖に慄き、言葉も発せないCに、相手は掠れた声で話かけてきます。


「この世に情けも仏もねぇ。いつの時代もよ。確かなのは、憎しみだ。

これだけは、人の心に必ずある。


だからこそ、どうなっても構わない他人、もしくは相手を選んで放つ呪い、

ふ・く・しゅ・う・にゅ・うは、呪いは蔓延り続けるのさ」


そうやって、聞いた事もないような奇声“ケケケケケケ”と笑う彼の喉元が突き破られ、

赤い地蔵の頭が飛び出た段階でCは意識を失いました…



 以上が連絡を受けたTがCの元に訪れ、彼から聞いた話です。

会った場所は病院でした。赤い影を見た後、Cは意識を取り戻し、


自信の下半身に、何の感覚も無い事に気づいたそうです。


母に救急車を呼んでもらい病院に運ばれました。結果は下半身不随。

突然の発祥で原因は全くの不明との事でした。


(不気味な事に、偽物のTが訪れ、Cと会話をした時、家族は

Tの来訪も、そもそもCが家にいた事も気づかなかったとの事でした。)


そして“赤い地蔵の首”の画像はネットから消えていたそうです。


「だが、連日の事件報道や不可解な事故が絶えない昨今の様子を見ると

“復讐入”が消えたとは思えない。」


Cはそう話していました。


彼の妹はリハビリに励み、パラリンピックを目指していると言います。

母は福祉の勉強を始めました。


これからは車椅子の生活をする事になるとCはTに話し、最後に、こうも言いました。


「自分は社会的に弱者となった。こうすれば、誰かから余計な恨みを買う事はなく、

逆に哀れみを受ける存在になるだろう。だが…福祉の介護や支援に疲れた職員達が


殺傷事件や虐待を起こす、今の世の中で、彼等が憎しみやストレスを解消する手段として

あの“呪い”を知ったら?


自身がいくら気を付けていても、支援してくれる人達にかける負担は必ずある。


それが簡単にかけられる呪いを知った時、私の前に、あの赤い影が

また現れるかもしれない。」…



Cの話はこれで終わりです。最後に、あれは一体何なのでしょうか?

全てを憎んだ男の怨念?それとも社会に常としてある憎しみ、恨みの塊?


それはTにも、これを書いている私にもわかりません。

あの赤い影は、また何処かで、恨みを持つ誰かを探し、呪いを教えるのでしょうか?


ファミレス、居酒屋、職場、自宅でもいい。こけた頬とギラついた目に、

あらゆる負の感情を満載し、外や周りを元気に、楽しそうに過ごす人々を見て


「憎い…」


と呟く、彼か、彼女達の前に、浅黒い肌の“あれ”が姿を現し、

こう言うのかもしれません。


「そろそろ限界かと思ってね。」…(終)



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