やっぱり、好きだ。
------やっぱり、好きなのかな。
最近のサヤ子センセは、すごく幸せそうだ。
最近の青山先生は、浮かれまくっている。
最近の朝倉先生は、謎にサヤ子センセと仲が良い。
最近の桜井先生は、やっぱり少し元気がない。
最近の俺は…。
「やーすだ♬」
「…何スカ?」
放課後、デスクで教科書を片付けていると、病み上がりの青山先生がご機嫌に話掛けてきた。
青山先生は、それはそれはサヤ子センセを溺愛している。
そして、俺の事も寵愛している。
青山先生の事は嫌いではない。どちらかと言うと好き寄り。
でもこの人は俺が好きだった人の彼氏なわけで。複雑。
「今日、飲みに行かね? 俺、奢るし」
「すいません。俺、これから部活…「私も今日部活」
何故か誘われてもいない朝倉先生が割って入って来た。
「何時に終わんの?」
「18時くらいかなー」
なんで朝倉先生が答えてんの? つーか、突然登場した朝倉先生にツッコめよ、青山先生よ。
「安田は?」
「…俺もそんくらい」
『----だってさー、サヤ子せんせー』
少し離れた所でホワイトボードに予定を書き込んでいたサヤ子センセに、青山先生と朝倉先生が声を揃えて投げかけた。
「え? 何?」
当然何も聞いていなかったサヤ子センセが、俺たちの方へ駆け寄ってきた。
「今日は18時から飲み会っつー事で」
青山先生が笑いかけると、サヤ子センセは『その話かぁ』と笑い返した。
なんとも幸せそうな2人は、微妙な心持ちになっている俺の事など気にも掛けていない様子。
「じゃあ、玉ねぎパーティーの埋め合わせって事で私に奢らせて!! 桜井先生の事も誘っておいてくれないかな? フフ。安田。フフフ」
何故か話の途中で笑い出したサヤ子センセ。
「飲み会まで我慢しろって、サヤ子先生。ククク」
「そういう、青山先生だって…プププ」
青山先生と、朝倉先生までもがおかしな状態になっている。
感じ悪いな、オイ。
「つーか、行くなんて言ってないじゃないッスか。桜井先生だって…「安田が呼べば来るでしょ」
人が喋っているというのに、何故遮る、朝倉先生よ。
「どういう意味?」
話の腰を折る朝倉先生に、イラっとしながら訊き返すと、
「生徒に見られたら面倒な事になるんで、ああいった事は屋内でお願いしまーす」
意味の分からない事返事をされて、更にイライラが倍増した。
何。ああいった事って。
…。
……。
………ッッ!?
「覗き見とか悪趣味」
慌てると朝倉先生の思うツボだと思って、平静を装ってみる。
「え? 大公開カミングスーンな感じだったから、もれなくサヤ子センセと青山先生にバラしましたけど? プププププー」
超絶可愛い顔の持ち主の朝倉先生が、くっそ意地悪な顔で笑った。
プププププーじゃねーし。大公開カミングスーンて意味分からんし。公開してんの? してないの?
「だったら、余計桜井先生は連れてけない。みんなでそうやって笑うんだろ? どうせ」
「そこを安田が庇って男を上げればいいんだよ」
あー。バカ(青山)が参戦してきたよ。
壮絶に厄介。もー、サヤ子センセ、助けてよ。
「ゴメンね。その話はしないよ。みんな安田の事大好きだから、つい絡みたくなっちゃうんだよね。私、桜井先生とも一緒に飲みたくて…安田がいてくれないと難しいし…」
本当に、サヤ子センセはズルイ。
そんな風に言われたら、断れない。
そんな風に言われたら、頭撫でたくなるじゃん。
「…桜井先生に聞いてみるね。ダメだったらゴメンね」
惚れた弱み。振られたって弱いままだ。
「アリガトネ、安田」
俺はそれでも、サヤ子先生のこの柔らかい笑顔が大好きで、いつも見たいと思うんだ。
部室に行き、桜井先生に飲み会のお誘いメッセージを打とうとポケットから携帯を出してはみたが…ためらってしまう。
目の前では生徒たちが『いかにカッコ良く上手に演奏できるか』を自主練している。
軽音部の顧問は楽しい。生徒を眺めていると、あの頃の自分を見ているようで微笑ましくなる。軽音部の顧問って、何をするわけでもないし、いてもいなくても同じなんだけど、俺はこのポジションが結構好きだったりする。
…サヤ子センセ、『安田のギター弾いてる姿、凄くカッコイイ』って言ってくれたなー。…って、なにセンチメンタル入ってんだ? 俺。
つーか、朝倉先生に見られてたとは…。
-----青山先生のお見舞いに行った日。
桜井先生を追いかけたあの日。
桜井先生はバス停のベンチで泣き崩れていて。
『生徒に見られたらマズイ』と思って、桜井先生を連れて近くの人通りの少ない座れそうな場所に移動して。
サヤ子センセに振られたばっかの俺は、桜井先生の気持ちを少しは汲み取れる様な気がしていて。
ガタガタ肩を震わせて泣きじゃくる桜井先生の肩を抱くと、桜井先生は助けを求めるかの様に俺に縋りついてきて。
だからそのまま桜井先生を抱きしめた。
「…ごめんね。服にマスカラ付いちゃう」
そっと身体を離した桜井先生は、唇までもが震えていて。
抱きしめても止まらない、桜井先生の肩の震えを、唇の震えを止めたくて。
離れた桜井先生の身体を引き寄せて、キスをした。
唇を離すと、
「…自分の事を好きじゃない人とのキスで、こんなにあったかい気持ちになったのは初めてだ」
桜井先生が悲しそうに笑った。
「…じゃあ、もう1回しよう」
「え?」
桜井先生の返事も聞かないまま、自分の唇を押し当てた。
その後も『もう1回』『もう1回』と何度もキスをせがむと『いいよ』と桜井先生は俺の頬を撫でた。
俺は何がしたかったのだろう。
桜井先生を慰めたかった? 俺のキスで?
俺、どんだけ傲慢なの?
-----イヤ、違う。
俺の傷を舐めて欲しかったんだ。
俺が桜井先生の気持ちを汲めるとしたら、桜井先生だって…。そう思ったんだ。
俺は、桜井先生を利用したんだ。
俺、最低だ。
その日から、今日は元気だろうか? 悲しい顔をしていないだろうか? と桜井先生を目で追う様になった。
『今日も1日頑張りましょうね』『今日も疲れましたね』などと毎日LINEして。
桜井先生を利用して自分の心の穴を埋めようとした俺を、少しでも卑怯者にしない為に優しい人間を装う、俺は最低人間だ。
そんな俺のLINEに桜井先生は『いつもありがとう』と返してくれる。
『ありがとう』という文字を見る度に申し訳なくて苦しくなるのに、いい人ぶりたい俺はLINEを送るのをやめない。
最低過ぎる。
きっとサヤ子センセは、こんな俺の本質を見抜いていたんだろうな。
可愛い奴を装ったって、身ぐるみ剥いだらこんな人間だもんな、俺。
「…はぁー」
「溜息吐いてないでさっさとLINE打てよ、瑠美に打とうとしてたんだろ?」
携帯を握り締めたままうなだれる俺のすぐ背後から、聞き慣れた声がした。
「青山先生!! いつの間に!!」
勢いよく振り返ると、『軽音男子はチャラい奴が多いなー』と呑気な顔の青山先生がいた。
「黄昏すぎだろ、安田。結構ずっといたし。3回呼んだし」
青山先生が俺の顔を見ながらニヤついた。
完ッッ全に勘違いしている。
「オイ、お前ら。安田先生借りてくぞ。今日はもう安田先生戻らねぇから17:45になったら楽器片して帰れよ」
「はぁ!? 何言って…」
部員たちに、自分が軽音部の顧問かの様に振舞う青山先生に、肩をガッチリ組まれ半ば強制的に青山先生のテリトリー(放送室)に連れて行かれた。
「別に早々に他の女に心変わりしたって、誰も安田の事を軽蔑したりしねぇのに」
放送室に入るや否や、 完全に勘違いしまっくている青山先生が、適当な椅子にドカっと腰を掛け、口を開いた。
「だから、櫻井先生をそういう風に見てないから」
仕方なく俺も近くにあった椅子に座る。
あー、なんかめんどくせー。説明めんどくせー。
「好きでもないのに路上でディープインパクトなチュウをお見舞いしてたのかよ、貴様!!」
「それ、青山先生だけには言われたくないわ。元チャラ男のくせに」
朝倉先生しかり、青山先生しかり、なんなの? 変な英語流行ってんの? サヤ子センセ、何教えてんの?
「一理あるな」
「一理しかねーのかよ」
納得したかのように腕を組んで頷く青山先生にすかさずツッこむと、青山先生が楽しそうに少年のような笑顔を見せた。
青山先生は顔も頭も良くて、子供っぽいけど性格だっていい。だから、サヤ子センセも桜井先生も朝倉先生も、青山先生を好きになった。
「青山先生って振られた事あります?」
多分ないだろうなーと思いつつも聞いてみる。
振られた事のない人に、俺や桜井先生の気持ちは分かんないだろう。
「うーん…。ないな」
一瞬悩んで記憶を遡る青山先生。
やっぱりなかったらしい。うん、だろうと思ってましたよ。
「ないけど、自業自得だけど、サヤ子が俺から離れていった時は毎日ヤケ酒してたなー。それが多分安田の言ってる『振られた』に近いヤツだと思う」
青山先生が頬杖をつきながらしょっぱい顔をした。
その顔を見て、うかっり薄ら笑ってしまった。なんつー顔してんだよ。
この人の話って『失恋話』なのかなー。でも、『失った』わけじゃなくて、自ら『捨てた』ようなもんだし。で、拾い損ねたり、拾うのやめてみたりで10年悶々としてたわけでしょ? この人って、ほんと、愛すべきアホだよなー。
「オイ、お前の質問に真剣の答えてやったのに、何半笑いになってんだよ」
口元隠してたのに、笑った事をすかさず指摘する青山先生。
「いや、別に。俺の気持ちを話したところで、モテモテ馬鹿な青山先生に理解出来るかなーと思いまして」
「言ってくれれば分かるっつーの。俺、理系だから『察する』とか無理だけど」
『察する』事が出来ないのを理系のせいにするしな、青山先生。
天然なのか、子供っぽいのか。
なんか、青山先生ってサヤ子先生に似てるよな。あぁ、だから俺は2人とも好きなのか。
「キスしたのは…『桜井先生の淋しさを薄めてあげるから、俺の淋しさも埋めて下さいよ』って事です。最低でしょ? 俺」
だっせーな、俺。自分に呆れて、笑いながら溜息が溢れた。
「違うと思うな」
「は?」
イヤイヤイヤ、俺がそうだって言ってんのに何『違う』とか言ってるの、青山先生。
予期せぬ青山先生の言葉に、若干遠い目をしていたであろう俺の目は、完全に青山先生にピントを合わせた。
「俺、結果的に瑠美をサヤ子の代わりみたいに扱ってしまってたわけじゃん。その事知ってる安田が、瑠美を利用するみたいな事は絶対にしないはず」
「何その確信。俺、超しょーもない人間ッスよ」
青山先生は俺の事を過大評価しすぎ。
『いいヤツ』って思われるのは素直に嬉しいけど、実際違うし。
「瑠美を好きかどうかは、まぁ、置いといてさ。安田、最近瑠美の事いっつも見てるじゃん? 『利用したいだけの女』をあんなに目で追ったりするかなー、普通」
「後ろめたいからですよ。利用しちゃったから、桜井先生が辛い時とか淋しい時とかに、俺の事を利用してほしいんですよ。だから、桜井先生の様子が気になるんですよ。様子がおかしい事を見落としたくないんですよ」
そう、青山先生たちが期待する色恋沙汰ではないんですよ。
ただの、俺の懺悔。
「ふーん? やっぱ俺には分かんねーな」
青山先生が諦めたように、両手を上げて背伸びをした。…って、やっぱ分かんないのかよ!!
「安田の言ってる事って、俺からすれば『瑠美が好き』って言ってる様に聞こえるんだけどさ、ただ、安田って普通の人間の3倍は優しさ濃度高いじゃん。だから『好意』じゃなくて『優しさ』なのかもとも思うし」
「何スカ? 『優しさ濃度』って。つーか、全然優しくないしね」
あー、青山先生の行く末が心配。こんな俺が『優しい人間』に見えるとは…。
この人、いつか絶対悪いヤツに騙されるわ。
「本当に優しい人間は、自分が相当優しいって事に気づかないもんなんだな。ま、いっか。取り敢えず瑠美の事、ちゃんと連れて来いよ。安田が誘った方が瑠美も来やすいと思うしさ。俺やサヤ子も、瑠美とギクシャクしたままってすげぇ嫌だし。安田に協力してほしいんだよね。アイツらには、『安田たちをニヤついた目で見んじゃねーぞ』って言っとくから。じゃあ」
言うだけ言って、俺の返事も聞かずに放送室を出て行った青山先生。
じゃあって。
しかも、ちゃっかり放送室の鍵置いてってるし。
「…戸締りしろってか」
鍵を掴んで放送室を出る。…のをやめて、ポケットから携帯を取り出した。
〔飲み会のお誘い。強制参加。欠席不可〕
超短文。超強引。
でも、桜井先生だってこのままでいいなんて思ってないはず。
また、前みたいに笑って働きたいって思ってるに違いないから。
俺は優しくなんてないから、桜井先生に断られたとしても連れ出してやる。
--------19:00。学校から少し離れた、上司が来そうにない若干賑やかな居酒屋。
「えー、ではでは。玉ねぎパーティーを変な空気にして見事にぶっ潰したサヤさんの奢りなので、皆さん、飲み倒して食いまくりましょう!! かんぱーい!!」
冗談なのか嫌味なのか分からない、朝倉先生の音頭で飲み会が始まった。
つーか、この音頭で変な空気になってますけど、朝倉先生よ…。
「今日、俺にも払わせて。コイツら多分本気食いするから」
サヤ子センセの隣に座った青山先生が、サヤ子センセに耳打ちした。
「私1人でお詫びしたいの」
サヤ子センセが笑顔で断ると、
「オイ!! ソコ!! イチャついてんじゃねーぞ!! てゆーか、なんで私がお誕生日席なの!?」
乾杯しかしてないのに、既に酔っ払ったかのようなテンションの朝倉先生が、早速サヤ子センセと青山先生に絡んだ。
サヤ子センセと青山先生は当然隣同志で、向かい側に俺と桜井先生が座った為、結果朝倉先生が溢れてしまったのだ。
「代わろうか?」
「あー、出たよ、出た出た。サヤさんはさぁ、親切でそういう事を言ってるのかもしれないけど、サヤさんの行動って、私をわがままな女に見せるのよね!!」
朝倉先生はサヤ子センセをいじめるのが好きだ。そして、そんな朝倉先生をサヤ子先生も好きだ。この2人が仲良しって本当に不思議。
でも、サヤ子センセが責められてるのは、冗談って分かっててもなんか嫌なわけで。
「サヤ子センセが何も言わなくても、朝倉先生は充分わがまま女だろーよ」
つい口を挟んでしまったら、剛速球のおしぼりをぶつけられた。
朝倉先生、細いくせにいい肩してんな。
ふと隣に目をやると、結構な勢いで飛んできたおしぼりに驚いた桜井先生が、口をあんぐり開けていた。
その仕草が面白くて、なんか可愛くて。
「口、開いてる」
桜井先生の口を指差して笑いかけると、桜井先生は慌てて両手で口を隠した。
最近の桜井先生は、ずっと気を張ってる様に見えるから、こういう気の抜けた感じを見ると、なんかホっとする。
桜井先生、今日ここに来る事、すげぇ躊躇ってたけど、無理矢理連れてきて正解だったな。
桜井先生とほんわかしていると、なんか視線を感じた。
視線の方に目をやると、他の3人が嬉しそうに優しく笑っていた。
あーあ、この先生たち性格良すぎ。
サヤ子センセと目を合わせると、サヤ子センセが『アリガトネ、安田』と口パクした。
本当にこの人はズルイ。
本当はこの中の女性たちの中で、1番男堕としのテクニシャンなのかも。
「でさぁ、女の方が人数多いって、女性に対して失礼な状態じゃん?」
はい、来ました。和やか空気を切り裂く朝倉先生の速球トーク。
まぁ、面白いからいいけど。
「そぉ?」
「イヤ、サヤさんは大学時代嫌われてたから1人余る状況とか平気かもだけど、世間的にはありえないんだって、この状況」
サヤ子センセに失礼極まりない事を言って、朝倉先生はギムレットを飲み干した。つか、全然ありえなくねーし。
朝倉先生は『ビールは嫌いじゃないけど、アルコール度数がケチケチしている。どうせ飲むなら強めで』と言って、乾杯時、ひとりだけギムレットを握りしめていた。
可愛い顔の朝倉先生は、本当にギャップ人間。口は悪いし酒は強いし。
でも、嫌いじゃないんだなー。この憎めない感じ。コイツもまた、ズルイ奴だ。
「サヤ子は別に嫌われてねーし。全部俺のせいだし」
普通にしょんぼりする青山先生。めんどくせーな。
この人、10年前の反省をここ半年で何回してんだ?
「あー、その話何回も聞いたからどーでもいいッス」
朝倉先生の話が青山先生の後悔話に移行するのを阻止するべく、バッサリ打ち切ってやると、
「最近、安田のキャラ変わったよね?」
サヤ子センセが笑いながら俺の方を見た。
「かわいそうにサヤ子、騙されていたんだよ。真の安田はこういう奴」
青山先生がチラっと俺を見てニヤっと笑うと、サヤ子センセの頭を撫でた。
…このヤロウ。
「そうそう。可愛いバージョンはサヤさん用だもんねー、安田」
朝倉先生まで面白がって青山先生に乗っかる。
コイツら…ウザすぎる。
「桜井先生の前ではどうなんですか?」
サヤ子センセが、会話に入って来ない桜井先生を巻き込む。
サヤ子センセ的には自然な流れで話し掛けたつもりだろうけど、傍から見れば緊張してるのがバレバレで、そんなサヤ子センセはやっぱり愛おしいくらいに可愛い。
「…可愛くないバージョン」
桜井先生が遠慮がちに答えた。
え? 今なんて?
『可愛くないバージョーン!!』
3人がお腹を抱えて笑い出した。
そんな様子を見た桜井先生も、つられる様に笑顔になった。
桜井先生の笑顔に気づいた3人は、嬉しそうにわざとらしい位の動きで笑い転げた。優しすぎるでしょ、この人ら。
「うるせーなー。いいじゃん、サヤ子センセに好かれたかったの!!」
バレたなら開き直るしかない。
『何か問題でも?』的な態度で悪びれる事もなくビールに口をつける。そんな俺に、
「『可愛くないバージョン』の安田も男前なんだから、取り繕わなくて良かったのに」
そう言ってサヤ子センセもカクテルを飲んだ。
「末恐ろしい女だよね、サヤさんって。彼氏の隣に座りながら、かつて自分に気があった男前の心を掴んだままにしておこうというそのテクと根性、伝授していただきたい」
嫌味全開の朝倉先生。
嫌味言いながら俺の事『男前』とか言うなよなー。普通に喜んで普通に照れるだろうが。
つーか、見てごらんなさいよ、サヤ子センセ。
アナタの隣に座るアナタの彼氏サン、漫画の様な八の字眉になってますけど。
「実際男前なんだよなー、安田」
サヤ子センセ大好き男、青山先生が悔しそうにサヤ子センセの言葉を肯定した。
イヤイヤイヤ、だったら顔面取り替えてよ。
青山先生、自分がどんだけ恵まれた造形の顔してるか分かってねーの?
なんなら、性格とかも総取替えでいいし。
俺のこの小賢しい性格ごと差し上げますけど。
「…『可愛くないバージョン』の方が男前だと思う」
隣でポソっと桜井先生が呟いた。
恥ず!! イヤ、そう言ってもらえるのは嬉しいですよ、桜井先生。でも、見てくださいよ。ウチらを見るあの3人の締まりなくニヤつく顔を。
「よかったねー、安田♬」
あーさーくーらー。ニヤニヤニヤニヤ…キモイがな!!
「だーかーら!! 俺の話どうでもいいっしょ。朝倉先生残り物話の続きは!?」
「は? なんつった!? 安田!!」
朝倉先生、怖!! 沸点低!! そんな睨まなくても…。
でも可愛い顔のコって、キレても崩れないもんだなー。感心。
「あ、でね、話を戻すと『私も次から男を連れて来たい』って事」
「えッ!! いつの間に彼氏出来たの!?」
あぁ、何気にサヤ子センセって恋バナ好きだったんだ。
朝倉先生の話に興味深々なあまり、前のめってるし。本当、可愛い。
「どんな男だよ、変なヤツに捕まったんじゃないだろうな?」
『お父さんかよ!!』
青山先生の言った事に思わず突っ込んだ言葉がサヤ子センセと丸被って、サヤ子センセと目を合わせて笑ってしまった。
「なんでそんなに息ピッタリなの?」
明らかに青山先生が機嫌を損ねている。
『たまたまじゃん』
そしてまたも被る俺とサヤ子センセの言葉。
三十路の男が隣で豪快に拗ね出しているというのに、サヤ子センセはオ俺と2度も被った事がツボったらしくケタケタ笑っていた。
やっぱ和むわ、サヤ子センセ。
「…ざまぁ」
…誰? なんか今、隣から声したけど。
「今度は青山先生がサヤ子先生にいっぱい振り回されればいいよ、いい気味」
桜井先生が強引にニヒルな笑みを作りながら『青山先生』と呼んだ。
つーか、何キャラ? 桜井先生。
そんな桜井先生に、青山先生はなんとも言えない顔で笑い返した。
「『サヤ子先生』?」
さっきからなんかちょっとカッコ悪い青山先生を気にも止めずに、サヤ子センセは目をまん丸くしながら桜井先生を見た。
「…だってみんなそう呼んでるから」
恥ずかしそうに俯く桜井先生に、
「是非とも、今後とも名前でどうぞ!!」
嬉しさ余ったサヤ子センセが、興奮気味に青山先生の二の腕をバシバシ叩いた。
青山先生は『痛いって』と言いながらも、喜ぶサヤ子センセを嬉しそうに見つめた。
「だから、私の彼氏話聞いてって」
そんな中、朝倉先生が半ばもうどうでもイイ話に再度戻そうとした。
「ゴメンゴメン、聞く聞く!! 聞かせて!!」
え? 聞くの? サヤ子センセ。もうよくね?
「あのね、2-5の…」
「担任誰だっけ?」
サヤ子センセが青山先生に聞く。
「吉岡先生」
「…吉岡先生って奥さんいるよね?」
青山先生に桜井先生が、嫌悪感いっぱいの表情をしながら確認した。
「いるな」
「不倫かよ」
青山先生が答えた瞬間にポロっと言ってしまった。…ら、朝倉先生にすげぇ勢いで睨まれた。
「違うっつーの」
「え? じゃあ、副担って?」
同じ流れでサヤ子センセが青山先生に聞いた。
「原先生」
「…そっか…原先生かぁ」
青山先生と桜井先生が半笑いになった。つーか、俺も吹き出しそう。
「原先生って、個性的っていうか中性的だよねー」
サヤ子センセの一言が、俺たちの笑いを加速させた。
原先生は中性的と言うより、オカマだ。
それを『個性』と捉えるサヤ子センセは、やっぱり心がピュアフレッシュだ。…あ、変な英語伝染した。
ゲラゲラ笑う俺たちに憤慨した朝倉先生が、テーブルを叩いて立ち上がった。
「だから、違うわ!!」
「…じゃあ、誰?」
唯一笑っていなかったサヤ子センセが朝倉先生を見上げた。
「浜岡大地」
「……」
「……」
「……」
「……」
『…生徒かよ!!』
4人の声が綺麗にハモった。
「それ、バレたらクビでしょ」
桜井先生が眉間に深い谷を作った。
「てゆーか、捕まる」
溜息混じりの青山先生。
「がっつり淫行」
そして俺も呆れる。…が。
「同意の上で付き合ってるのに『淫行』になる日本の法律がどうかしている!! 私は応援する!! ウチらがバラさず、優たんたちも誰にも見つかる事なく付き合って、浜岡くんが卒業するまでやり過ごせば問題ないじゃん!!」
サヤ子センセが拳を突き上げた。
リアクションが微妙におかしい気がするのは俺だけ?
「サヤ子、取り敢えず腕下ろそうか」
あ、俺だけじゃなかったか。
青山先生が静かにサヤ子センセの腕を机の下にしまった。
「…まぁ、そうだよね。お互い『好き』ってだけなのに法に触れるなんて変だよね。私も応援はするけど、飲み会に連れてくるのは遠慮して欲しいかな。バレたらマズイし」
桜井先生の言葉に朝倉先生が頷いた。
「つーか、彼氏未成年じゃん。もともと無理じゃん。何この発表。つか、彼氏の卒業まで付き合うの待てっつーの。大人なんだから」
『意味分からん』と呟いてビールに手を伸ばすと、
「分からんかなー? 彼氏出来てみんなの前で発表したいとか、可愛いじゃん、優たん。『卒業まで待て』って、やっぱ優しいよね、安田。優たんの事、心配なんでしょ? でも、本当に心配だよね。何としてでも隠さなきゃ」
サヤ子センセが俺の近くに枝豆が入った皿を移動させた。
「別に心配してるわけじゃないし。朝倉先生がクビになろうと、教員免許剥奪されようと、俺には関係ないし」
サヤ子センセの手も届く様に、枝豆の皿の位置を少しサヤ子センセ側に戻し、皿からひとつ枝豆を摘まみ、口に入れた。
「とか言ってー。朝倉先生がいなくなったら淋しがるくせにー」
サヤ子センセが、今度は殻入れを俺の方に置いた。
「…まぁ、いなくなってほしいわけではないからね。嫌いなわけでもないし」
『ありがと』とサヤ子センセにお礼を言いながら、殻入れに枝豆の皮を入れる。
そんなサヤ子センセと俺のやり取りを見ていた青山先生が、
「…似てるよなー、サヤ子と安田」
まじまじと俺らを見た。
『?』
サヤ子センセと目を合わせると、2人で青山先生に視線を返した。
「気を遣ってる自覚なく気が遣えるとことか、ツッコミ好きのくせにツッコミ甘いとことか…なんか雰囲気が」
「なんとなく分かるかも。姉弟みたい」
青山先生に桜井先生が共感していた。
…姉弟かぁ。誰の目から見ても、そうとしか見えなかったんだろうな…。
「安田が弟だったら、サヤさんの事だから意気揚々と周りに自慢して歩いてただろうよ」
俺が少し暗い顔をしてしまった事に気付いた朝倉先生が、そっけなく俺をフォローした。
変に喜ばせようとしなくていいのに。朝倉先生、いい奴め。
「そうかも。聞かれてもないのに、そんな話もしてないのに突然弟の話しだしそう」
サヤ子センセがケラケラ笑う。
「するな。絶対するわ。なんか、そんなサヤ子、目に浮かぶ」
青山先生も一緒になって笑った。
「俺なんか、自慢になる?」
兄弟に欲しいのなんて、普通に青山先生の方でしょ。
「謙虚だなー。超自慢になるけど、俺は弟に欲しくねーな。比べられたくねーし」
妄想話で拗ねだす青山先生。
その言葉、そっくりそのまま返したい。
全部持ってるくせに。顔も性格も好きな人だって。全部持ってるくせに。
「どんだけ安田先生に憧れてんのよ」
桜井先生が青山先生を見て笑った。
「ほんとですよねー」
サヤ子センセが笑いながら桜井先生に同調した。
笑ってはいるけど、桜井先生に話しかけるサヤ子センセはどことなく緊張している。
桜井先生から彼氏を奪い取った事を申し訳なく思っているのかな。
サヤ子センセのせいじゃない。
桜井先生だって分かってるはず。桜井先生はサヤ子センセをどう思っているのだろう。
それでもやっぱり、許せないと思うのだろうか。
「あのー、桜井先生も『瑠美さん』って呼んでいいですか? サヤ子先生も『サヤさん』なんで」
朝倉先生は勘がいい。
朝倉先生は、サヤ子センセと桜井先生が壊せなせないでいる壁を崩そうとしてるんだ。
コイツ、まじでいい奴。
「え…あ…うん」
桜井先生が戸惑いながら返事をした。
「じゃあ、俺は?」
何故か自分もアダ名で呼んでもらおうとする青山先生。
空気読めや!! 青山先生!! アンタにアダ名必要ないでしょうが!
「…ククッ」
突然サヤ子センセが小さく笑った。
「何? サヤ子センセ」
『トントン』とサヤ子センセの近くで机を軽く叩くと、サヤ子センセが俺を見てニヤっと笑った。
「翔太はねー…『ブー』だよ」
「サヤ子!!」
青山先生が咄嗟にサヤ子センセの口を押さえつけた。
「え? 何?」
続きが聞きたくて、サヤ子センセの方へ移動して青山先生の手を引き離すと、そのまま押さえつけ、サヤ子センセを桜井先生の隣に移動させた。
「『青山』→『ブルーマウンテン』→『ブルマン』で、『ブー』」
得意気なサヤ子センセ。
「そう呼んでたの、リブだけだろ!!」
青山先生が、押さえつけていた俺の手を振りほどき、サヤ子センセの腕を掴んで元の場所へ戻した。
「リブ?」
朝倉先生と桜井先生が『誰?』と顔を見合わせて首を傾げた。
「私の中学からの親友です。あ、ちなみに日本人ですよ。リブはアダ名です。てゆーか、私が『ブー』って呼んだら謎に『謝れ!!』ってキレまくったよね、翔太。超怖かった」
リブを知らない2人に説明を入れると、サヤ子センセは青山先生に向かって口を尖らせた。
「太ってもいないのに『ブー』って呼ぶからだろ!!」
そしてムキになって言い返す青山先生、三十路。
「だから、ブルマンの『ブー』でブタさんの事じゃないじゃん」
「『ブー』っつったら、ブタさんしか連想されないだろーが!!」
ブタに『さん』をつけながら言い合っている2人を見て呆れはしたが、なんか微笑ましくて、羨ましくなった。
「もういいし。青山先生にアダ名付ける気ないし」
朝倉先生が冷めた視線を2人に飛ばす。
「…スイマセン」
年下に頭を下げる三十路カップル。なんかオモシロイ。
「あ、ちょっと私お手洗い行ってきます」
桜井先生が立ち上がってレストルームへ行った。
桜井先生の姿が見えなくなってから、朝倉先生が口を開いた。
「んー、やっぱ分かんないや。安田自身も分かってないみたいだしね。安田は今、誰が好きなんだろうねー」
「誰でもいいっしょ。朝倉先生に関係ないっしょ」
『ほっとけっつーの』と朝倉先生に白けた視線を送る。
「ムカつくー!! 安田がムカつくよー、サヤさーん!!」
サヤ子先生に抱きつく朝倉先生。
きったねぇな、サヤ子センセに擦り寄るとか。
「首突っ込むのやめようよー、優たん」
『よしよし』と朝倉先生の頭を撫でながらなだめるサヤ子センセ。
そんなサヤ子センセを見ると、振られた今も心が和む。
「恋愛って焦ってするもんでもねーだろ」
ヤリチンだっただけで、さほど恋愛経験もないくせに『恋愛経験豊富です』くらいの勢いで分かった風な事を言う青山先生。逆に可愛くて好きだわ、こういう人。
「…んー。やっぱり好きだなーって思いましたよ、今日」
俺の言葉に3人が飛びつく様に食いついた。
「桜井先生が?」
朝倉先生が身を乗り出してきたから、何も言わずに笑い返してやった。
「…お前、やっぱまだサヤ子が?」
焦る青山先生が面白くて、今度は笑って何も言えなかった。
今も辛さを隠して笑って見せる桜井先生に、胸が詰まる。
複雑な想いのまま、それでも幸せを感じているサヤ子センセに、胸が締め付けられる。
-----うん、俺、やっぱり好きだ。
やっぱり、好きだ。
おわり。
やっぱり、好きだ。 中め @1020
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