第55話 海と空と

 子供頃に海に沈むことが好きだった。

 人の声が聴こえなくなって、身体の重さを感じなくなる。

 手足を自由を動かせる、地上ではできない動きができる。

 自由と呼べる感覚は、海の中でしか感じられなかった。

「塩分濃度が…」

 そういうことじゃないんだ…

 身体が…いや心も…軽くなった。

 魚が泳ぎ…海藻が揺れる。

 海から空を見ると…魚も鳥も同じ。


「プールだって…」

 全然違う…

 プールは牢獄と同じだ。

 溜まった水…平らな四角い世界。

 気持ち悪い世界


 陸に上がると潮風の匂い…生き物の腐った臭いが混ざるベタつく風

 押されるように…逃げるように…僕は海へ入る。


 自分の全てを塞ぐように海水に身を沈める。

 何度も…何度も…世界から身を隠すように…


 身をよじって身体を回すと上も下も解らなくなる。

 海も空も…

 どこまでも…どこまでも…

 海も…空も…どこまでも…。

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心象華 桜雪 @sakurayuki

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