第9話


 二階に上がると、ストラの言う通り机上に二人分の食事が用意されていた。


「…んー……?」


 しかし意外な事に、マーシィはまだそれに一口も付けずに、部屋の中央でくるくると何かと舞っていた。


「…何してんだ?」


 俺の声にマーシィは動きをぴたりと止めて、持っていたものをこちらに見せた。


「[マーシィへ]ってストラさんがこれを。すごく綺麗なんですけど、使い方わかんなくて…」


 彼女の手にあったのは、濃紺の宝石の様なものを中心に埋め込まれたペンダントだった。

 これにもどこかで見たような鳥の模様が刻まれており、とても高価そうに見える。


「あぁ、ストラが製球してくれたみたいだな。この前の天性真球だぞこれ」


 ストラの手作りだと聞いてか、彼女の目はきらきらと輝き始めた。


「この前の!やっぱりそうですよね!」


 ふふー。と間延びした笑いを零すマーシィは本当に嬉しそうだ。


 そしてまたくるくるとそれと共に回りだす。


「だからそれは何してるんだ?」


 真剣な顔でふざけた真似をする彼女がどこか可笑しくて自然に笑みが溢れた。


「いや、だからこれどう使うんですかーって」


 俺はため息混じりに、台風の目に突っ込む。


「ほら貸してみろ」


 回転の隙間を見極めて彼女のがしりと両肩を掴む、小首を傾げたままのマーシィがぴたりと目の前で止まった。


 ペンダントを手に取って、首に後ろに手を回す。


「な、何を…!?」


 身を強張らせて小さくなったマーシィに構わず、金具を留めた。


 直ぐに俺は身を離した。


「おう。似合ってるぞマーシィ」


「……早速ストラさんの約束破るのかと思いましたよ」


「はぁ?無ぇよ、万が一にも。まだ死にたく無いし、ちょっと可愛いからって自惚れん……」


 脇腹が疼いて、俺はハッと気がついた。


 視線の先、マーシィが口を真一文字に結んで今にも泣きそうな表情を浮かべている。


 さすがの俺もこれには慌てて、話題を転換させるべく俺はペンダントに視線を向けた。


「そ、そのペンダントはな?さっきも言ったが元はマーシィの天性真球から造られたもんなんだ。本当は鍛冶屋に持って行ったりするんだがな、五狂のストラが造ったとなると凄い事だぞ!」


 しかしマーシィは話題に乗ってこず、こちらをジトッと見つめている。


「ご、ごめんって…!」


 俺は仕方なく頭を下げた。


 するとマーシィは満足したように小さく笑い、ここは見逃してあげますか。と言わんばかりに溜息をついて言った。


「…へぇ。何が凄いんですか?」


「……知らん、俺持って無いし。まぁ、なんでもセレクテッドの必需品らしいから、何かパワーアップしたんじゃないか?」


 相手の機嫌が直ったようなので、ぶっきらぼうに適当に俺は答えた。


 じゃあ。と小さくマーシィは呟き目を瞑った。そんな俺に構わず真剣な様子だ。


「ーーミーンさん、私の姿は今、痩けていて看板娘にしてはほんのちょっぴり可愛さが足りませんよね」


 唐突な質問に俺はあまり了見を得なかったが、流されるままに頷いた。


「き、傷つきますね…。…ごほん。では、同居人としても、もっと可愛い女の子の方がミーンさんも幸せですよね?」


 これもまた、はぁ?と漏らしそうになったが、言葉を飲み込みぎこちなく頷く。


『ふふ、では。ーー君に贈る』


 マーシィがそう呟くと、いつもは患部が光っていた筈なのに、その代わりにペンダントが強く光を放った。


「ーえ、嘘。冗談ですよ!!?」


 さらに光度をました光はマーシィを包み込み、彼女に驚くべき変化を与えた。


 痩けた頬はハリを取り戻し、瞳はさらに輝きを増し、若干痛みかかっていた髪がサラサラになり、年相応に華麗になった少女が目の前に現れた。


 容姿一つで客を引き寄せる、文句一つない看板娘の誕生である。


「……何でもアリかよ…」


 俺は丁度、机の上にあった空いた皿に飲み水を汲み、マーシィに渡した。


 マーシィは恐る恐るそれを覗き込む。


「……私って伸び代すごくないですか?顔も天性も」


「顔はまだガキ臭いけどな」


「同い年のクセになに言ってるんですか」


 べー。と舌を出してふざけたマーシィに、不意に心音が高鳴って、俺は驚きながら彼女から目を逸らした。


 待て、露骨な反応を見せれば付け入られる事は確実だ。


 自心に芽生えた心情を否定するべく、負けじと視線を戻す。


「どうしたんですか、顔赤いですよー?」


 さっきの反撃と言わんばかりに、ニヤニヤと笑うマーシィが俺のすぐ側まで歩み寄っていた。


「ーーお、俺をからかうな!!」


 弱々しくも伸ばして腕でマーシィを軽く押しのけて、俺は数歩後ずさった。


 俺には異性にカケラほども免疫が無い。


 ストラは幼馴染感が強すぎるし、マーシィだってまるで妹のように思っていた。


「あれ。もしかして効果アリですか、そうですか」


 しかしそんな妹が、今では見違えるように一瞬で育ってしまった。


「……じゃあまだ勝機はありそうですね」


 マーシィが俺に聞こえないようにか小さくなにかを呟いた。


「今バカにしただろ……?」


「さぁどうでしょうね?それよりご飯食べましょうよ!」


 そう言いながらマーシィは、有無を言わさず椅子に座った。


 上手い具合にはぐらかされたが、追撃しても怪我を負うのはこちら側なのは明白だったので、俺も素直に卓についた。


「このご飯もミーンさんのおかげです。バカになんて絶対にしません」


 こっちを真っ直ぐに見つめて、マーシィは言った。

 会話の雰囲気ががらりと変わってしまったせいで、俺は冗談すらも返せなかった。


「…これから頑張りましょうね、二人で」


 きっと俺はまだ子供で、マーシィの方がずっと先を見据えているかもしれない。


「あぁそうだな。人生今日から再出発だ」


 自嘲的に、俺は笑った。

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最低の天性“卑怯”、それでも俺は俺を為す さんずいあき @sanzuiaki

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