とびだせ!チョロん島

化野生姜

「血と硝煙の先を抜けるとそこには…」

縦に伸びる梯子の先。

丸い蓋のような扉を私は開ける。


上部が草に覆われた

カモフラージュされた扉。


研究所に秘密裏に養育されていた

実験体に気付かれないようにする工夫。


ある程度の予想はしていたものの、

地上へ出た私は息を飲まざるをえなかった。


緑や赤のカラフルな水玉ついた草木。

小さな椅子ぐらいはありそうなキノコ。

歩いてみると地面すらどこか柔らかく感じられる。


ここが、政府が汚染地域として隔離し

ひた隠しにしていたエリアだったのか…


「どーしたのー?おじさんだーれ?」


不意に声がかけられる。


あどけなく年端もいかないような、

可愛らしい子供の声。


みれば、木の陰から何かが覗いている。


大人の身長がすっぽり収まるような

二等身の着ぐるみ。


だが、その体にはチャックや

被り物特有の境目がない。


頭も胴も繋がった、

ふわふわの体毛を持つ、

水玉のような頭部と園児服姿。


着ぐるみにも似ているが、

私の知る限りそれは生物学上の

どの項目にも該当しないように見えた。


それは知性を持っているのか、

周囲を見渡すと大きな声でこうさけぶ。


「モグん太ー!ぽむりーん!

 お客さんが来たよー!」


とたんに、木々の向こうからフサフサの耳を持つ

スカートすがたの同型の生物が走ってきたかと思うと、

ポカリと目の前の水玉をなぐった。


「アホか、そんな大声出さなくても、

 ちゃーんと聞こえてるに決まってるでしょ!

 もう、チョロ助はいっつも大声出すんだから。」


ついで、目の前の地面がぼこりと盛り上がり、

犬の顔にも似た泥だらけの服の着ぐるみのような

生物が顔をだす。


「ぷはぁ、どうしたんだが?

 うわあ!知らない人だがー。」


それは地面から出てくるなり、

私を見て大げさにひっくりかえって見せた。


目の前で繰り広げられる、

対象年齢の明らかに幼い会話。


この、どこか幼児向け番組の人形劇にも

似た光景に私は気分がぐらつくのを抑えつつ、

必死に会話を試みることにした。


「君たち、ここはどこだい?」


すると、彼らは顔を見合わせて口々にこう言った。


「えー、知らないのお。チョロん島だよ。」


水玉の着ぐるみ。


「海に浮かぶ小さな島よ。

 ときどきカモメさんがやってくるの。」


フサフサ耳。


「俺も穴掘って移動するけど、

 完全に外には出たことないがねえ?」


犬。


すると、水玉のような頭部の生物…チョロ助といったか、

それが「あーあ」と言って空を見上げた。


「でも、一度でいいから島を出てみたいなあ。

 本か映像でしか外の世界を見たことないもん。」


それに対し、ぽむりんと呼ばれたフサフサ耳が

「まーた始まった」とため息をつく。


「…もう、そんなことばかり言って。

 このあいだもチョロ助の提案で海の水を左右に分けて

 海底を移動しようとしたけれど上手くいかなかったじゃない。」


「そーいがー」と、モグん太も腕を組む。


「途中でチョロ助が寝たのがいかんがって、

 それで海面の水が戻って結局戻ってきたが。

 必死に逃げたこっちの身にもなってが…」


「モグん太も寝ながら

 私に背負われていたからおんなじ。」


「そーいがー。」


そのとき、私は気づいた。


彼らの会話は無邪気そのものだ。

研究所で兵器として作られていたという自覚もない。


兵器としての自覚を持たない子供。


好奇心と自立心、

そして冒険心を持つ子供。


彼らを育てた環境に少なからず興味がわく。


「…なあ、君たち。」


私は彼らに尋ねてみることにした。


「私以外で、大人って見たことはないのかい?」


首を横に振るぽむりん。


「ううん、物知りのダヒエ爺さん以外だと全然。

 写真とか映像で人はみるけど。」


チョロ助が手を挙げる。


「あ、そうだ。ダヒエ爺さんは物知りだよ!

 これっくらいの細っこいおじいさんなんだけど、

 ぼくたちが聞いたことを何でも答えてくれるの、

 おひげの白いちっさいおじいさんなんだよ。」


そう言って、

両手で示した身長は30センチほど。


それを聞いて、

私の胸がズキンと痛む。


…血と硝煙の匂い。


息を切らしながら、

たった一人でのぼる梯子。


立ち去った部屋の一室に『稗田』と書かれたロッカーと

不恰好な老人を模したパペットがぶら下がっていなかったか?


ダヒエと稗田ひえだ

簡単なアナグラム。


子供たちと会話するために

つけていたであろうパペット。


私は…いや、私の所属していた部隊は何をした。


軍事兵器を秘密裏に作っているという情報の元、

私を含めた母国の偵察部隊と某国の特殊部隊が侵入し、

研究所内で互いに衝突した。


血で血を洗う戦闘。

互いの利益のためだけに行われる殺戮。


散らばる研究資料、

散らされる銃弾。


研究員と兵士の折り重なった死体の廊下。

あの中に、この子たちを育てた父親がいて…


「おじさん、大丈夫。顔色わるいよ?」


気がつけば、

チョロ助が心配そうにこちらを見ていた。


私は少し首をふると、

必死に笑顔を作りながら、

木々の向こうを指差した。


「なあ、向こうは海なんだろ?

 木の向こうからでも見える。

 おじさん、あの場所に行きたいんだ。」


島の動植物とは違い、

近くで見る海はどこでも見るような

ありふれた海だった。


私の手を引くモグん太は、

上を向きながら口を開ける。


「なんかな、昔この島に隕石が落ちてきて、

 おらたちが生まれたんだがって、ダヒエ爺さんが。

 だから、父っちゃも母っちゃもおらたちは知らんが。」


ゆっくりと歩みつつ

私はその話に耳を傾ける。


…私は、その話の真実を知っている。


数年前、

この辺りに落ちた隕石の影響により、

島の生態系が一変した。


百人も満たない村民が住む島。

廃れかけた漁村。


落ちてきた隕石は家一軒分ほどの大きさだったが、

小さな島の表層部を壊滅させるには十分なものだった。


人の…いや、生物の生存は不可能に思われた。


焼けた土地、焼け焦げた木々。

崩れた建物の残骸…


だが、その中にかろうじて

生きていた女性がいた。


三人の女性。


村唯一の診療所で

臨月を迎えようとしていた女性。


隕石の影響を…隕石のもたらした未知の物質による

影響を受けながらも彼女らは島で治療を受け続け、

政府の研究所の保護下で子供を産み落とし亡くなった。


子供は人の姿をしておらず、

人では持ち得ない能力を持っていた。


それが目の前に居る三人の子供であり…


研究所から奪い取った資料を懐に入れ、

私は、彼らとともに海辺を歩く。


国の研究機関に資料とこの子たちを提出すれば、

私の仕事は終わりを迎える。


…そう、終わるはずだった。


「でもな、ぽむりんもチョロ助もいるからおれはさみしくないが。

 正直、チョロ助と同じ海の向こうに行きたい気持ちもあるだがね。

 ぽむりんもああして文句は言うが、本当は一緒に行きたいんが。

 …あれ、あれはボートが?船なんて、初めて見るが。」


モグん太はそう言うと私の手を離し、

ボートを見るために波打ち際へと走っていく。


…そう、あれは私がこの島に来る前に

遠隔操作ができるよう仕込んでおいたボート。


今まで島の海流は船が入れないように人為的に調整されていたが、

研究所内のスイッチを切った以上、船の出入りは容易くなっていた。


そして、私はボートを操作するためのリモコンを取り出すと、

一番手近な子供へ…チョロ助へと渡す。


「ほえ?」


首をかしげるチョロ助、

私は言った。


「潮の流れが変わったんだ。

 これでボートを操作すれば君たちは行きたい場所に行ける。

 リモコンには方位磁石が付いているから南東を目指すんだ。

 三時間ほどボートを進めれば、大陸に着くことができる。」


私は、少し息を吸ってから言葉を続ける。


「実は、ダエヒ爺さんに頼まれていてね、

 今日が君たちの旅立ちの日なんだ。

 君たちを見守る役として私はここに来たんだよ。」


その言葉に、驚いた顔をするチョロ助。


「本当なの?」


私は笑顔で答える。


「もちろんだ。」


首をかしげるチョロ助。


「嘘じゃない?」


「嘘じゃない。」


嘘だ。だが、彼らはすぐに喜んだ。


「やったー、ぽむりん、モグん太!

 外だよ!ぼくら外の世界に行けるんだ!」


リモコン片手にぴょんぴょん跳ねるチョロ助に、

ぽむりんはさっとリモコンを取り上げると、

大事そうに胸ポケットにしまいこむ。


「ほーら、そうやってはしゃぐから物をなくす。

 これは私が管理します。ねえ、これの使い方をちゃんと教えて。」


そうして、同じく嬉しそうな表情でリモコンの使い方を

聞いてくるぽむりんに対し、モグん太は手際よく止まったボートに

手近に生えていた果物や持ち物のお菓子を詰め込み、

ポンポンと自分の手を叩く。


「これで当分、食うには困らんが。

 で、おじさんはどうするが?一緒に行くが?」


私は、それには首を振って笑顔で答えた。


「…いや、私はお留守番だよ。

 ここで君たちの旅立ちを見守るように言われてる。」


もちろん、それも嘘だが、

お腹を押さえながらも私は近くの樹木に腰掛ける。


「私は、しばらくここで君たちを見ているよ。

 ちゃんと旅立てるかどうかをね。」


子供たちはすぐにボートに乗り込むと、

教えた通りにリモコンを使い、

少しずつボートを動かし始める。


キラキラしたあどけない表情の子供。


姿形は違えど、

それは人間の子供と変わらない。


彼らは私に手を振り、

ボートは次第に遠ざかっていく。


「おじさーん、バイバーイ!」


…もう、服の中に入れていた資料は、

血に濡れて使い物にならないだろう。


扉から出た時に腹を撃たれたと気付いてはいたが、

手遅れなのはわかっていた。


手をゆるめると、服がみるみる赤く染まっていく。

もともと返り血で汚れていたし目立たなかったのが幸いした。


彼らは知らなくていいのだ。

この地面の下で何が起こったか。

何が行われたのかを。


私は最後の力を振り絞って

彼らに手を振る。


「気をつけて、外の世界を見ておいで。」


研究所の先で開けた扉。

その扉の向こうは奇妙な場所だった。


得体の知れない植物。


人の姿をしていない、

だが誰よりも子供らしい子供たち。


私は、ここに来れて良かった。

未来ある子供たちを見送れた。


彼らの、父親に代わって。

彼らに自由を与えられた。


そして私は遠くなっていくボートを見送ると、

奇妙な木の下に腰掛けながら静かに目を閉じることにした…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

とびだせ!チョロん島 化野生姜 @kano-syouga

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ