老婆をひいた……【1分で読める短編】

伊達 皆実

老婆をひいた……

『くそったれ!ひいちまった!!』


 夜の20時を過ぎて外は暗くなっていた頃、 車内で俺は焦っていた。


 疲れも溜まっていたのだろう。全くと言っていい程、老婆の存在に気付かなかった。


『ここで焦ったら…終わりだ』


『……誰かにひいてしまった事を知られる訳にはいかない』


 俺は只一人ひっそりと呼吸を整えた。


『大丈夫…俺なら上手にやれる。大丈夫……』


 自分にそう言い聞かせるも小刻みな手の震えが止まらない。


 焦りと不安を押し殺しながら、過去に自分が乗り越えてきた苦難を思い返す。


『そう。あの時だって。成金野郎との駆け引きの時だって、俺は上手くやれたじゃないか』


『あいつは金持ちなのを良い事に、最初から自分の手札を惜しみなく切ってきやがった。多くの人員を使い、俺にはできない様な事を平然とやってきた』


『でも、俺はそれに耐えきってみせた。一度しか来ない様なチャンスが来るのを待って』


『そして俺はそのチャンスをものにして生き残ってここまできたんだッ!!』


 もう、手の震えは止まっていた。


『まず俺がしなければならない事は…、俺がひいたという事実を消すこと……』


 落ち着きを取り戻した頭で考える。


『そうだッ!誰かにもう一度ひかせてしまえば良いんだ』


『そうすれば俺がひいたという事実は消えてなくなる』


『なんだ。簡単な事じゃないか』


 俺は老婆を目立たない端の方に置き、ひかれるのを待った。


 しかし、一向にひかれない。


『やはり真ん中に置かなければ、ひかれないか…』


『しかし、真ん中に移動させているところを誰かに見られでもしたら……』








「はいっ!これで、あたしもアガりっと!」


「翔太は大貧民は強いのに、ババ抜きになると途端にダメだね」


 修学旅行の帰りの新幹線の中で、それを聞いた友人みんながドッと笑った。

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