「パンク・オブ・ユーフォリア」
低迷アクション
第1話
パンク・オブ・ユーフォリア
一際大きな振動が、旧式の機内に佇む俺のけだるい気分をさらに盛り上げた。
手にした突撃銃が機左に、右への揺れに合わせて鈍く光っていく。
「宇宙まで数時間でいける、このご時世に・・・この進歩のなさ、たまんないねぇ?」
用途不明の機材が点滅しまくる壁際に呟くが、答えは帰ってこない。設置されている意味を理解する必要はなさそうだ。俺には多分必要ない事だからな。
現在は恐らく近未来、文明が発達しすぎたのか?それとも人間の精神構造が
トップギアにインしたのか?学がねぇ俺にはさっぱりわからない。
とにかく言える事はクールジャパンが「狂うジャパン」なんて皮肉られる時代になった
事だけは、確かで、この機体内に光る機材も、俺が引き受けた仕事も全てが、
その影響を受けている…らしい。
ふいに機械群の一部が強く点滅し、四角い枠組みが形成され“ボコッ”という音と共に、
液体の入ったビニールパックが現れた。
俺は考えを止め、素早く封を切り、口元に流し込む。何とも言えない味が口内に広がる。
それと同時に電気ショックを受けたような感覚が脳内を走り、頭の中に様々な図面や
人物の写真が映し出されていく。
便利な時代だ。荒事にしか興味を示さない筋肉馬鹿に事細かく、かみ砕いて説明するより、こっちの方が断然早い。余計なもめ事もしなくてすむ。
俺は理解したという風に頷き、装備の点検を始める。愛用している戦闘ヘルメットには
薄い鉄版を2枚貼り付けて装甲を強化してある。腰のベルトには大小様々、多様な種類の手榴弾が2つずつの計6個。
反対側には45口径自動拳銃と予備弾倉の入ったホルスター。着込んだ防弾アーマーに
マガジンポーチをくくりつけ、30発入りの弾倉8つを差し込む。
仕上げは肩のナイフベストにレールナイフ(電磁式ナイフ)を納めて用意完了だ。
旧式突撃銃の安全装置を外し、昔好きだったロボットアニメの台詞で今日は決めてみる。
「“軍曹”出るぞ。」
ほどなく静かな開閉音が聞こえ、これから飛び込む外の景色が見えてきた…
眼下は歓喜のざわめきで満たされていた。日の光を鈍く反射した掘っ立て小屋の集まりと砂が舞う荒れ果てた町並が広がる。イメージは紛争地帯、荒廃した世界ってところか?
騒がしさの正体はその中にある広場で蟻のように蠢く群衆だ。制服女子にメイド、露出が高いのもいれば、変身ヒロインもどき!
容姿は皆、共通の童顔、清楚に天然顔と多彩な女性像に加えて、
特撮に出てくるフルフェイスのヒーロー、ファンタジーの甲冑騎士に
黒いローブの魔法使い。今日は、巨大ロボットがいないのが救いといったところか・・・
「欲望を物質的に変換し、持ち主の容姿や能力を爆発的に飛躍させる。」
そんな技術が、極東の電気街で提唱、実現された。欲望を脳内で感じる、それを体内に埋め込んだ「変換機」が感知し、体中に張り巡らしたカテーテルが各器官にエネルギーを送り続ける仕組み。
「ヒーローになりたい。」
「魔法少女になりたい。」
そんな願望を心に思い、それに酔うだけで実現する。性転換手術も、ロボット工学も、
難しい科学法廷式もミミズの這ったような古代呪文も必要なし。
今や「コスプレ」はキャラの真似をするのではなく、そのキャラになる事が出来る。
個々の抱く欲望が、現実世界に溢れだし、混じり合えば、どうなるか?
待っているのは、ごちゃ混ぜ混沌のパンク世界の始まり…そうして、
世界は壊れに壊れた…
自動操縦の輸送機はそろそろコースを帰路に変更するだろう。
俺はゴーグルをかけ、口元を布で覆う。降下の用意ができた。最後に流れた政府の放送を思い出す。
「体内の変換機を取り出し、欲望を抑え、人間に戻ろう。」
なんて事を言っていたっけ?馬鹿らしい。そう喋っている元枯れ木ミイラ顔の広報官ですら、爽やかな好青年みたいな面になっていた。
政府はその日の内に崩壊し、後には、自己の欲望のために殺人すら
いとわなくなった者同士の常識無用な戦いの日々…
脳内に記載された目標の映像はどこかの僧侶を思わせる年老いた老僧だ。
「変換機」があれば顔なんていくらでもいじれるのに、
わざわざヨボヨボのじいさんになるのはどうかと思うが、わからない訳ではない。
欲望同士がぶつかり合い、破壊を繰り返し、世界中が散々荒れ果てた後になって、
ようやく連中は気付いた。自己の欲望だけでは「飽き」が来る。
時には他者の考えや趣向を取り入れる必要があるという事に・・・
欲望によって形成された体は、それが尽きれば供給元が無くなる。
後には完全な死が待つのみだ。焦った人々は個々での探求を止め、再び社会の形成を始めた。「運営」と呼ばれる管理者達の元「イベント」と呼ばれる空間、会場を作り、
自己の欲望を新たに探究する取り組みを始めた。時には自分の趣向や相手の考えを思考のみではなく、データ媒体や冊子など、現実的なモノにして、
空間内で売り買いする「同人誌即売会」のような意味合いを含ませたものもあるくらいだ。
そして運営元はそれに相応しい姿、つまり指導者の姿をイメージする。ここの運営主も
ご多分に漏れず、そういうスタイルを貫いているらしい。
もう、ここまで言えばハッキリするだろう。俺の仕事は、この空間の支配者を殺す事という訳だ…
広場中央に設けられた高台に一人の男が上がってくる。上空からの視界ではハッキリしないが、俺の持つ銃より、もっと旧式のカラシ二コフ突撃銃を携えたアフリカ系の兵士風の男だ。
容姿を代えているが中身は基本的に東洋人、自身の持つ武器ですら、自分でデザインできるこの時代。この男が抱く理想の姿はアフリカの解放戦線の兵士といったところか?
そう考える俺の下で、アフリカンな男は拡声器を口に近づけ、怒声を上げた。
「野郎共、いよいよ、今イベント開催の時間になったようだ。待ちに待ったショーの
始まりだ。まずは生け贄共の登場。派手に頼むぜ。」
男のドラ声を合図に拍手と歓声が一際大きくなる。
高台に数人の男女が上がってきた。派手に着飾っている奴もいれば、
一糸纏わず、その妖艶な肢体を観衆に見せつけているものもいる始末。
どいつもこいつも観衆の声に、応えるように後ろ手に縛られた体をくねらせ、思い思いのポーズをとっていやがる。
彼等彼女が浮かべる表情はみな一様に笑顔だ。だいたいの予想はついていたが、嫌な光景が始まろうとしている。連中の立つ高台の床は、空の上からでもわかるくらいに赤黒い。
ここは公開処刑場。連中はそのショーの主賓を務める死刑囚達だ。何で全員、楽しそうな理由は単純。変換機によって「ありとあらゆる欲望が実現する世界」になったご時世…
つまり「死」さえも一つの欲望の「ジャンル」として確率されている。
殺される連中は死に対する恐怖や死亡直前の最高潮(連中に言わせれば)の興奮を味わう。
それは一瞬の場合でも、長くジワジワと時間をかけて殺されるのも、また違った快楽を味わえるっていうのが、通の楽しみらしいが、俺にはサッパリ理解できない。
連中は一度目の「死」を迎えた後、別の肉体に自身の変換機を取り付けてもらう。通常は人間の死体だが、時には生きた人間に移植する事もある。
そうする事によって、変換機に残されたエネルギーで身体と人格を再構成し、二度目の「生」を迎える。
潜在意識は残るか?の疑問には個人差があるようだ。(強い欲望、二度目の生の執着心が決め手となるらしいが・・・)
どっちにしたって、わざわざ死にたがる感覚だけは、心底理解できないが、
様々なジャンルの欲望が飛び交うこの空間なら「あり」という事になるのだろう。
興奮をさらに加速させるように、再びアフリカンが吠える。
「生け贄共!最後を堪能したかい?そしたら、ここで本日の処刑人を勤める御仁に登場して頂こう。」
床が大きく揺れ、地響きのような足音が上がってきた。首と胴体のさよならリズムに
死刑囚達は恍惚とした笑みを一様に浮かべる。
俺としては、こんな余興はどうでも良くて、運営主が開催にあたっての挨拶に現れるのを期待していた。
そうすれば、航空照準で1発、頭と変換機を吹っ飛ばして終いにすればいい。
そろそろ、連中の上空を飛んでいる不審な機体に気まぐれな1発、誰かが破壊光線でも
撃たないとも限らない。もっともそれだけ、連中の関心が処刑台に注目されているのも
事実だが・・・
凄まじい地響きの主が階段を上ぼりきった。
「野郎共、紹介するぜ。最強にして最悪の処刑人。エスパンタホのご登場だ。」
アフリカンの絶叫に近い声を押しのけるように処刑人が姿を現す。小山のような巨体に乗った頭巾頭は、所々に太い釘が刺さり、まるで裁縫に使う針山だ。
来ているものは血しぶきと肉片によってデザインされたエプロン一つ。そこから生えた2本の腕は、はち切れんばかりに隆起し、フライパンみたいにでかい手に、
切るというより物を叩きつぶす方が似合いそうな大斧が握られている。
確かにエスパンタホ(確か、スペインか南米の言葉でカカシや化け物だったか?)
という名前に負けていない迫力だ。
中身は普通の人間だが、あんなものを自身の姿として、望む神経が信じられない。
だが、広場に集う群衆には受けたようだ。割れんばかりの拍手と歓声が響き渡る。
エスパンタホはその声に、巨大な腕を振り上げ、最初の犠牲者、ドレスのような衣装で
着飾った男か女か?よくわからない中性的な奴の首を掴み、勢いよく床に押しつける。
アフリカンの解説より早く、群衆から一斉に
「殺せ。殺せ。」
の声が沸き上がる。押しつけられた生け贄からは官能を秘めた吐息が漏れる。全身を震わせ喜んでやがる。本当に胸くそが悪くなる光景だ。怪物はゆっくりと斧を振り上げ、
何の躊躇もなく一気に振り下ろす。肉の砕ける嫌な音より、轟音に近い衝撃音が響き渡る。怪物が斧を引き上げると、頭部どころか身体全体を完全に粉砕された死体・・・
というより赤黒い血だまりが残っているだけだ。群衆の興奮は頂点に達し、
その悲鳴に近い歓声が町全体を揺らすようだ。怪物もつられたように笑い出す。
笑うたびに処刑台事態が激しく揺れるのもお構いなしだ。処刑台から落ちそうになる
生け贄達を上手く支え、自身もバランスをどうにか整えたアフリカンが拡声器アナウンスを再開した。
「まずは、一人目を、あの世にー。と言いたいところだが、エスパンタホ~?注意してくれよ。今みたいに粉砕しちまったら、コイツ等生き返る事ができないだろう?そこんとこ頼むぜぇ。」
冗談めいた言い方に怪物と群衆が弾かれたように咆哮する。生け贄となる連中は薬が効いているのか、それとも血だまりになる自分を想像して興奮したのか?
狂ったような笑いを辞めない。
だが、凄惨たる光景の中で、俺は全く別の事に注目していた。今まで怪物の巨体に隠れて、わからなかったが、怪物の着ているエプロンに何かが引っかかっている。
怪物に比べれば、小さいがそれは一人の人間だ。
「フックガールか・・・」
思わず呟いてしまう。まるで、こちらの心を読んだようにアフリカンが説明を始める。
「野郎共、気がついたか?それではエスパンタホの可愛らしいアクセサリーの紹介だぁ。」
怪物が自身のエプロンを持ち、誇示するように群衆へ見せつけた。
そこには、エプロン上部に鎖で両腕を吊された、まだ若い少女の全体像が改めて現れる。服装は胸と秘所を布きれで覆うのみで、色の白い肉体には先程の犠牲者の返り血が飛び散っている。
顔はボサボサの金髪に隠され、なおかつ俯いているため、ハッキリとわからない。
アフリカンの声が続く。
「ここにいる連中のほとんどはすでに知っているし、持っている奴もいると思うが、
こいつ等は今流行のフックガール。身体が、でかい奴ら御用達の人造人間アクセサリー。
自分達の好きなようにデザインした疑似肢体を持ち歩くファッションさ。
まぁ、普通の人間ボディーじゃ、壊れちまうからな。ある程度固くねぇとよ。
そんだから、用途も多彩。自分のデザイン性や趣向をそのままアクセサリー(肉体)に
刻みつけてもいい。
フックを外してファックもオーケー。そんな事からファックガールなんて呼び方もあるくらいだ。さらに、このエスパンタホの持つアクセサリーの凄い所は。」
そこでアフリカンは言葉を切る。怪物がおもむろに少女の顔を掴み、引き上げる。
髪が乱れ、顔が露わになる。そういう風にデザインされたとはいえ、整った顔立ちは
どこか憂いを含んだ表情、まずまずといったところだ。怪物のバットみたいな指が
遠慮なく、彼女の口に押し込まれる。
「嫌っ」
そこで少女は表情を歪ませ、小さな悲鳴を上げた。群衆から驚きの声が上がる。その反応を楽しむようにアフリカンが叫ぶ
「見たか。今までのフックガールにも感情はあった。だが、それは創り手のプログラム通りのもので、それ以上の感情。今みたいな、不意をついた、ご主人のお仕置きに対する
拒否反応が出来る奴は少ねぇ、全部パターン通りのもの!
だが、彼女は違う。自分の意思を持ち、様々な事柄に対し、本物の人間と同じような反応をする。完全な人工頭脳の完成さ。どうやって作ったか?その製作法は今イベントで即売する。楽しみにしていてくれぇ。」
エスパンタホがフックから外した少女を高く掲げる。群衆の興奮に満ちた歓声に包まれ、少女は目をとじ、唇を固く結んでいる。
その一連の動きを、突撃銃に取り付けられた高性能照準器で余すところなく
見続けた俺は一つの不味い感情が自身を支配し始めている事に気づく。
(無駄なく整えた肢体は神秘的な美しさを持っている。そして何よりあの表情。)
笑いがこぼれる。心のどこかで
「いけないぞ。この流れは絶対に失敗する。惨めに死んでもいいのか?」
という警告音がうるさいくらいに叫んでいるが…気に死ねぇ!
(知ったことか。このイカレパンクに抱かれた世界でまとな事なんてありゃしねぇ。
感じたままに行動するだけよ。)
自身の警告を叱りつけ、俺は機外にゆっくりと足を進める。ふいに壁の機械類が点滅し、感情の無い無機質な声が響く。
「サークルコード、軍曹。何をしている。目標は、まだ現れていないぞ?作戦の変更は
困る。」
なんだ?しっかりモニタリングしてるじゃないか?俺は苦笑いを浮かべながら依頼主の
指摘に答える。
「状況が変わった。一暴れして、目標を引きずり出す。良いだろ?」
俺の台詞に素早い返事が流れてきた。
「確かにその方が効率的だし、お前らしいと言えば、お前らしい。しかし、本当の理由は違うだろ?」
くそっ、お見通しかよ?だが、自分から認めるのは、何だか気が進まない。
「別に俺みたいな捨て駒、失って困る事はねぇだろ?仕事はきちんとする。これはその・・・一つのボーナスみてぇなもんだ。なぁ、たまには良いだろ?」
それに対する返答は無く、代わりに機内壁の一部が開き、銃身を切り詰めた、これまた
旧式の2連式散弾銃と、ひとつかみの散弾が現れる。
「餞別って事か。なら、最初から出してくれりゃいいのに。」
依頼主の、武器の趣味は理解に苦しむが、ありがたいのも事実だ。眼下では2人目の処刑が始まったところだ。
「待ってろよ。カワイ子ちゃん。」
呟き、そのまま床を蹴る。数秒後、俺の身体は群衆ざわめく広場に向かって、まっすぐ
弾丸のような早さで降下していった・・・
目があった魔法少女風の女には、悪い事をしたと思う。俺はそいつの身体を落下時のクッションに使った。顔面と顔面がぶつかり合う。お互いの顔の骨が、砕ける音を
そのまま、接吻にしては熱すぎる接触を続ける。彼女の身体は、こちらの比重に合わせて
地面にめり込む。俺の口元に激しい衝撃と一緒に、血の鉄臭い味が広がっていく。
だが、それも一瞬の事だ。全身に広がった痛みは波が引くように治まる。
グシャグシャに潰れた顔面の再生も早い。
俺はそのまま全身に力を入れ直し、立ち上がった。周りの奴らは呆けたようにこちらを
見ている。これもイベントの余興と思っているのかもしれない。
勘違いありがたし!素早く腰の手榴弾を3つ掴む。安全ピンを外し、群衆の中に投げつける。種類は微妙に違うモノだ。
1つは通常の爆発を起こすもの、2つめはその爆発を3倍に促進させる増幅粉を噴出し、3つめはその爆発を大気中の酸素に反応させ気化爆発を巻き起こす液体をばらまく。
その効果は絶大だ。4秒と絶たぬ内に巨大なキノコ雲が広場に立ち上り、
群衆の半分以上を吹き飛ばす。
姿形は、ヒーローや魔法使いの姿をしていても、中身は普通の人間だ。
身体面を強化している者ならともかく、たいていの奴はその身体を粉々にされれば、死を迎える。
爆発を躱し、肉片と爆煙により、赤く彩られた広場の中、処刑台を目指して進む。
構えた突撃銃は時々動く人影に向け、容赦なく撃ち込んでいく。
鉄鋼弾を用いた銃撃は何が起こったか把握できてない連中の頭部を
粉々に吹き飛ばす。
子供達が好きそうな戦隊物のヒーロー面、耳の生えたメイド、
理解に苦しむデザインのぬいぐるみ野郎、華奢な身体つきの美青年。
それら全ての頭や身体全体を分け隔てなく、破壊する。30発の弾倉はたちまち空になり、既に3つを交換している。思いっきり叫びたい所だが、そうもいかないだろう。
赤い煙の中に佇む処刑台が見えてきた。それが合図のように前方で光が見え、
前触れなく俺の真横を鋭い光線が通過する。慌てて身を躱そうと動く自分に、
今度は数10本の矢が降り注ぐ。突撃銃を振りかざし、矢に向けて銃撃するが、
迎撃仕切れなかった数本がアーマーと腕にそれぞれ突き刺さった。
激痛はほとんど感じない。俺は笑い声を上げた。もう位置はバレている。
じたばたしてもしょうがない。そんな俺の頭上に甲高い銃撃音と供に、
弾丸が雨のように降りかかってきた。
装甲強化のヘルメットに当たって跳ね返る銃撃の位置からして先程の司会をしていた
アフリカンが攻撃をしてきているようだ。
目下の敵は4人。光線銃を持っている奴に弓矢使い、それに処刑台のアフリカンと
エスパンタホだ。3つのそれぞれ種類の違う攻撃を躱しながら、
増幅粉の手榴弾を放る。爆発が無い場合は煙幕として使う。俺はゴーグルを操作し、
暗視装置に切り替えた。視界不明瞭な煙の中に緑色の影が浮かぶと同時に気づく。
迂闊だった。攻撃をしかけてくる奴らは接近戦を得意とする味方の陽動、
暗視装置が色取る緑の世界には、眼前に迫った3つの新たな敵を映し出していた。
「チェストォォォ」
奇声を上げ、煙の中から突っ込んできた侍風の男が振り上げた日本刀を
プロテクター防護の腕で受け止める。何とか防ぎ切れたが、
剣撃の衝撃で突撃銃を落としてしまう。侍の顔に笑顔が浮かぶ。
奴さんのニヤケ面が終わる前に、その顔面に引き抜いた散弾銃を突きつけ発射する。
頭半分、キレイに吹き飛ばされた肉塊をそのまま背中に担ぎ上げ、
中腰状態で次の攻撃に備えた。お次の相手は甲冑騎士と格闘家…もう何でもありだ。
俺は1発残った散弾銃と腰のホルスターから自動拳銃を引き抜く。両手に持った2つの
武器から拳銃弾と散弾を同時に発射する。
騎士の甲冑は、見た目以上の堅さで拡散した散弾を弾く。拳銃弾の方は上半身裸の
格闘家の頭を正確にぶち抜いた。
上げた戦果に一休みする暇もなく、鋭い剣先が俺の喉元に向かってくる。
背中に担いだ侍でどうにか防ぐが、貫通した刃先は止まらず、
着込んだアーマーとマガジンポーチでどうにか弾き、発生した隙を見逃さない。
侍ごと騎士を蹴り倒すと、3つめの液体榴弾を騎士に振りかける。
自身にかけられた液体に、一瞬動きを止める騎士。そこに自動拳銃の弾丸を撃ち込む。
金属の爆ぜる音が同時に小さく上がった火花が液体と混じり、小規模の、だが充分な爆発を巻き起こした。
半身を吹き飛ばされた騎士を一瞥し、そのまま走り出す。弓矢と光線の攻撃が再開される。煙もだいぶ晴れてきた。
もう、互いに的を探す事もない。見れば、砂煙舞う広場には死骸の道が広がっている。
フリフリの可愛らしい衣装にしっかりと作り込んだ装甲服。それらを纏った肉塊が延々と散らばる景色を見て、俺の興奮は頂点に達していく。
足下が死体で滑りやすいのも気にならない。弓と光線の応酬が再開される。
俺は奇声を上げながら、その発射元に向かって走りだした…
突撃銃の銃弾に身体を蜂の巣にされながら、長い弓を持ったエルフ風の女が絶命する。コイツの所に辿り着くまでに、弾倉2本をタップリ使った。
矢も芋刺しで体に刺さっている。右目のゴーグルレンズを貫いたものが邪魔だ。
俺は舌打ち一つ矢を抜き去る。頭蓋を震わす痛みは痺れたように残るが、徐々に良くなる。
真っ暗だった片目の視界もボンヤリと光が戻りつつあった。ふらふらと体勢を整え始める俺に黒い装甲服を纏い、昆虫のようなマスクを装着した先程の光線銃野郎が立ちふさがる。
右手には銀色の注射機のような武器を携えており、そこから強力な破壊光線が出るようだ。
「お前の目的は何だ?」
変声機を使っているのか?感情の無い声が昆虫マスクから発せられる。
周りの仲間達の死骸も、矢と銃弾をタップリ喰らって平然としている俺にも、
さほど驚いた様子はない。どうやら、コイツも「狂うジャパン」の恩恵をタップリ授かり、暴れ回った口らしい。
「ウォージャンキー(戦争中毒者)か?その体の特性は瞬間再生というところか?」
言葉を重ねる昆虫マスクの問いかけに俺は何も答えない。ゴーグルと布で覆われた俺の顔からじゃ、表情もろくに読めないだろう。
「どうやら、会話は無駄か・・・」
昆虫マスクの携える光線銃が光り、あっという間に銀色の斧に変わる。
接近戦を行うつもりらしい。悪いがこちらは、それに合わせるつもりはない。
おもむろに突撃銃を構え、銃撃を開始する。銃弾は吸い込まれるように敵に命中していく。いや、した筈だった。見れば敵の姿が消えている。まさか、この能力は?
気づいた時にはもう遅い。後方に気配を感じ、冷たい刃先が首筋に当たる。
「もう、お前が次の朝日を見る事は無い。」
決め台詞のつもりか?そんな言葉を使うのは何の作品だったかな?考える間もなく、
首筋に今まで以上の激痛が走り、俺の首は胴体と綺麗におさらばした・・・
景色が反転して見える。首が逆さに地面に落ちていくようだ。片割れの胴体が静かに
崩れ落ち、周りのコスプレ死体の仲間入りを果たす。
俺の意識はいつまでもつだろう?瞼に過去の映像が流れ始める。不味い、これは走馬灯だ。こいつが流れるのは相当ヤバい。
走馬灯にしたって、どうせ、思い出したくないものが、大挙して流れるに決まっている。本当に・・・俺の思考は次第に停止に向かい、映画の逆再生みたいなものが始まった。
最初は路上の地面。若い頃、といっても数年前の俺が地面に血反吐まき散らして倒れている。恐らくこれは欲望変換機が世に出回り始めた頃だ。
町中で連中が縦横無尽に力を使い、その姿や能力を、集まった群衆に見せつけていた。
現に俺の前を、真っ黒いスーツに身を包み、コウモリみたいな面構えのヒーロー気取りが通り過ぎ、そのはち切れんばかりの筋肉を集まった人々に見せびらかしていた。
人々が、その姿を薄型携帯端末で撮影し、漫画やアニメ・ゲーム世界の現実化を喜んでいた。初め、彼等の存在を毎月数万回再生を叩き出す動画作成者や芸能人、はたまた
非常にクオリティが高いコスプレイヤー程度の認識で見ていた。
無様な俺は酔った勢いで、そいつらに喧嘩をふっかけたチンケな小悪党の役割を演じて、路上に転がっていた筈だ。
このすぐ後に変換機の製造、体内への装着方法があらゆるメディアを通じて流されていく。
次に映る映像は、空を縦横無尽に飛び回る鳥人間、天使などが舞い、地上ではありとあらゆる姿、形をした異形の怪物達と正義のヒーローが血みどろの戦いを繰り広げている。
通りはその巻き添えを喰らった人々(もうその人々ですら、普通の姿をしていなかったが・・・)
介入すべき警察や政府はとっくに崩壊しており、力の強い者が生き抜こうという原始的な本能のみが支配した空間。
「人間に戻ろう。」
と唱えた好青年面の爺もあながち間違いではなかったと思う。
俺はこの時、どうしていたのか?勿論、逃げ回っていた筈だ。なぜなら俺には連中のように“欲望を変換する手段”が無かったからだ。
3つめの映像は荒れ果てた都市群と、きのこ雲がいくつも上がった風景。
もう何かもが手遅れになった後の世界だ。その次に流れる映像は
自分でも、あまり見たくないものだ。場所はどこかの地下室、ひび割れた電灯の明かりは薄暗く、代わりに俺はろうそくを灯していたと思う。
瓦礫やガラス片にぶつかり、剥がれた爪の跡地に激痛が走る。体の所々も損傷していた。
俺の歩いた後には糸を引くような血の道が出来ている。ボロボロの手をどうにか動かして押す台車には死体の山が積まれている。
瓦礫や川原で転がった死体を拾い集めてきた。この頃すでに、生き残った連中は
「イベント」という活動を始めていた。そこに集い、自身の探求した欲望を発表、
即売する活動を「同人活動」という輩も出てきた。
同じ志を持ったものが集まる活動。それは旧世紀の詩集に始まり、そこから漫画、ゲームといったあらゆるメディア媒体を通して活動してきたものが、
この欲望の最終戦争を終え、自らの姿、能力を使う表現方法となった訳だ。
俺はこれに参加したかった。だが、結局のところは、ある程度の技術や表現方法を身につけたものが「参加者」となり、それを持たない者は「お客・視聴者」になるしかないという現実を突きつけられた。
無論、その空間に身一つで飛び込んでみるのも良い。それ事態は簡単だ。全く相手にされない覚悟と忍耐力が備わっているのならの話だ。
さらに言えば、この世界の同人活動では、それが直接「死」と「生け贄」に繋がる。
ほとんどの奴らは、この欲望剝き出しの世界が訪れた時、最初の内は狂喜乱舞したらしい。
だが、それもすぐに終わり、後はその欲望を危険としていても、変換機を捨てる事が出来ない「イベント参加者」と変換機を外し「元の生活に戻ろうとする人々」に分かれた。
俺にとっちゃ羨ましい悩みだ。世界で、たった一人変換機に拒否された俺に比べれば・・・
この技術が世に出回り、まだ平和だった頃、俺はすぐに変換機を取り付ける手術を行った。製造方法が出回り、裏に手を回さなくても、町医者でやれる手軽さがあった。
だが結果はノー。耳を疑う診断結果だ。次は、もっと大きい病院に行った。結果は同じ。都内大手の大学病院。専門の医者、裏の医者、どれも結果は同じ。
俺の体は奇跡としか言いようがない確率で、変換機を受け入れないとの事だ。
「100%ありえない事だが、あり得るということは1%の確率があったんだね。学会で発表したいくらいだよ。もっともこの変換機があれば、どんな医療技術だって、論文だって書けてしまうがね。全く欲望の力は最高だよ。」
どこかのドラマでしか見た事がないような美形面の老医者の話を、俺は皮肉な笑いで聞いた。どんな藪医者でも、名医になっちまう未来。不老不死の技術も目前ってところまで
来ている時代に、その変換機をつけれない?
笑いしかこぼれてこない。一度だけ、無理を言って(札束を掴ませて)取り付けてもらった事がある。1週間も、もたなかった。俺の体は骸骨みたいにやせ細り
(最初、医者はそうゆう欲望の変身を遂げたと本気で勘違いした。)
あやうく死にかけたところで変換機を外した。全然納得出来ないが、体は口ほどに物を言うとはこの事だ。俺の体から外された変換機を眺め、医者は笑いながらというより、呆れた風にこう言った。
「どうやら君の欲望は100%受け身によって生成されるようだね。」
「?」意味がわからない。訝しむ俺に医者は続ける。
「この欲望を実現する変換機は自己の脳内で感じた欲望を物質エネルギーに生成し、
カテーテルを通して、体中に送り込むというものだ。この1連の流れが出来てしまえば、
人は食事に、下手したら、睡眠をとる必要もなくなる。つまり体の器官はカテーテルに
合わせて自動的に機能を停止する訳だ。それだけのものを担えるほど、人の欲望とは凄まじいものなんだよ。
ところが君の場合は、この変換機に対する様々な奇跡や能力を見過ぎて、自分の欲望、
強い自己を失ってしまったんだね。
その結果、変換機は正常に機能せず、君の体のカテーテルは何のエネルギーを供給せず、体の器官も機能しなくなったから、死にそうになったという訳だ。」
爬虫類好きなのか?顔全体トカゲ頭の医者は赤い舌を出しながら、俺に告げた。たまらず叫び返す。
「そんな事は無ぇ。俺の欲望を聞いてくれよ?先生。俺だって、空を飛んでみてぇし、
手から光線出して、町をぶっ壊してみてぇ。
山くらいある怪物にもなりたい、正義のヒーローだってそうだ。
おとぎ話に出てくる魔法使いにだって、可愛らしい変身ヒロインにだって、
何だってなりてぇんだ。これの何処が欲望が無いって言うんだ?
欲望っていうのは無限大に膨らませるものだろ?違うのかよ?」
もやしみたいに細くなった手を、トカゲのつるつる肌にどうにか絡ませ、俺は懇願する。だが、トカゲ医者は俺の手を冷たくあしらい、死刑宣告にも等しい話を始めた。
「そこだよ。君。その部分がそもそも分かっていない。良いかい?この変換機が
どんな事でも可能にできるものだと、信じているのかもしれないが、
実際はそうじゃない。欲望を使いこなすには、それなりの努力が必要なんだよ?」
訳がわからない。呆然とする俺に向かって医者が続ける。
「君は、欲望を物質に代えてエネルギーにする行為がどれほど大変かわからないだろう?
例えば私がこのトカゲの姿を維持するためには、トカゲを構成するエネルギー要素を常に送り続けなければならない。
つまり、それだけトカゲに対する愛を、リスペクトし続けなければいけないんだよ。
これは本当に好きなことが一つで、それを突き詰めなければ、
脳は欲望を生み出さないという事だ。それが出来ない人も勿論いる。
そういった人達は、始めに簡単な願望から始めるんだ。若返りとか、健康とか、目が良くなるとかね。それらはイメージしやすい。
若かりし頃の青春を懐かしんだりするといった風に、かつて経験した事を思い出すだけで良いからね。
だが、かつてトカゲだったという人はいないだろう。無論、ヒーローもだ。そういった
空想的な願望は、常日頃から頭の中で考えているとか、創作活動をしている者、
実際にそれを他者に見て貰ったり、売り物にしたりしているクリエーター気質な人の方が得意なんだよ。」
話が見えてきた。つまりは
「俺みてぇな流行に浮かれた、にわか野郎には、いきなりその願望はハードルが高いっていう事か?」
トカゲ医者が目を細める。
「そういう事。ただ、君の場合は本当の得意体質だよ。望む願望のイメージが多すぎたのかな?普通は脳がその中でもっとも強いものを選んで物質エネルギーに還元するんだけど、
君はその、先程言っていた全てのなりたいものや得たい能力を考え、それら全ての欲求
レベルが同じで、変換機がどの構成要素を作ろうか、わからなくなったんだと思う。
キメラみたいな合成獣とかも出来るんだけど、とにかく多すぎたんだよ。突然変異か知らないけどね。
原因は、全ての願望を等しく得ようとする君の脳味噌の渇望性異常、
もしくはパンクした脳味噌だね。」
最後まで言わせたくなかったが、一応聞いておいた。喋り終わったトカゲ医者に
1発ぶち込みたい気持ちを何とか抑える。残念だが、この体じゃ当分無理だ。色々聞いておきたい事もある。
「先生、ちょっといいですかぃ・・・」
俺は極力丁寧な口調で喋り始めた・・・
首の着地点は最高にベストだった。俺が先程、蜂の巣にした弓使いのエルフ、そいつの豊かな胸元だ。さらに幸運な事は、俺の放った弾丸は良い感じに、その胸辺りを細かく砕いてくれている。
その血混じりの甘い匂いが鼻腔をつく。走馬灯は消えかかっていた。俺は低く笑い、ゆっくり口を開く。ざらついた肌の感触が心地良い。まずは一口、ささくれだった肉片をひとつまみ、二つまみ。ゆっくりと咀嚼していく。
肉一切れを飲み込み頃には、俺の壊れた変換機が、その成分をエネルギーとして体の、
といっても首だけの部位全体に広めていく。
(もっとだ。もっと欲しい。)
俺の頭だけの体は、むさぼるように彼女の胸元に全体を沈めていく。
ようやく事の異変に気づいた昆虫マスクが、こちらに駆け寄ってくる。
その場で繰り広げられる凄惨な光景に、息をのむ敵の呼吸音が伝わってきた。
「貴様、一体何をして…」
始めて感情らしい声を出す昆虫マスクは、俺の頭を掴み、高々と掴み上げる。
好機到来、そのまま首を一回し、奴サンの指を装甲グローブの上から食いちぎる。
絶叫が上がり、放り投げられた着地点には、愛しき片割れ胴体があった。
子供時分に見たホラー映画の怪物を真似てみる。
歯を使って地面を噛み進み、胴体部に上手く辿り着く。舌で器用に方向転換し、首と体の接合部を上手にくっつける。痺れるような感覚が走り、体部分のカテーテルと首のカテーテルが再接続した事を感じた。
俺の感覚は首から両腕、続いて足下まで瞬時に動かせるよう機能していく。
ようやく全身を取り戻した俺はそのまま立ち上がる。
ややふらつく体を補うため、近くの地面に転がった、鱗だらけの腕を取り、骨まで喰らいつくす。
「ふうむ。なかなかの食感。堪能したぜ。」
下卑た笑い声を上げる俺を前に、昆虫マスクが後ずさる。戦意は完全に喪失したようだ。
「一体何なんだ?お前は?」
俺はそれに笑顔で答えながら、ゆっくりと距離を詰め始めた…
最後の走馬灯に映った地下室で、俺は生まれて初めての創作活動、いわゆる「2次創作」を行った。集めた死体をテーブルに一つずつ並べる。目を見張るような美少女、
屈強な兵士、固い毛で覆われた猛獣のような怪人。それら一つ一つを眺め、俺は解体用のレールナイフを構える。
トカゲ顔の医者から貰った変換機は既に体内に取り付け、カテーテルも体全体を通っている。全て自分一人でやった事だ。この方法も親切な医者から聞いた。ある意味では奴は
俺に重要なヒントを与えてくれた恩人だと思う。俺の脳味噌が変換機に感じた欲望を上手く伝達する事ができないと知ったとき、
他の方法を色々提案してみた。例えば脳自体を変換機に合わせて作り替えたり、
変換機の構造を調整するなどの方法を・・・答えは全てノー。現時点ではそれに関する研究は、誰もしていないとの事だし、時間がかかり過ぎるのも問題だった。
確かにあまり時間が無いのは事実だ。変換機の爆発的な普及における衝突は、連日のように起きていたし、事実、この後すぐに政府が崩壊し、戦争が起きた。
「ただ一点、思考や何かを見て描く視覚で、欲望を形成するのが、難しいというのなら、味覚というか、直接取り込む方法なら、あるいは上手くいくかもしれない。」
医者の思いつきは、ほんの冗談だったかもしれないが、俺には一つの答えが見えた気がした。それはとても邪悪な思いつきに直結していく。
続きを促された医者は自分でも確かめるように、その照らついた額を長い舌で舐めながら、話をする。
「つまり、君の欲望発生のプロセスは、視覚情報をそのまま欲望として感覚する特異体質らしいが、その情報優先度がどれも等しく同じで、なおかつ膨大。
だから変換機も構成要素が作れない。しかし、その構成要素の元を直接摂取できれば、
視覚に加えて味覚と意識によって、強力に裏付けされた情報優先度の高い欲望を変換機に
送れるかもしれない。
つまりトカゲの私を食べたら、君は自分がトカゲになるという強い意識を目と味で理解し、発生させる事が出来る。それが欲望に変わり、変換機の方で物質エネルギーにする。
そのまま体全体に送り込めばトカゲの姿に完成という訳さ。」
言っている内に自分の考えに酔ってきたらしい。
「この技術が開発できれば、もっと簡単に人々はその願望を叶える事が出来るようになる。要は変換機と腔内器官、もしくは消化器官に手を加えれば、いや変換機事態は脳に繋がっているから、味を、これはトカゲの味と感じただけで大丈夫か?
どっちにしろ世紀の大発見かもしれない。これは凄いぞ。」
なんて一人で喜んでやがった。だが、コイツは肝心な事を忘れている。俺がなりたいのはトカゲじゃないし、ましてや鳥でもない。
ヒーローやら魔法使いに変身するにはどうしたら良い?連中の映った写真を食うのか?
それとも、フィギュアを丸のみでもしてみろってのか?冗談じゃない。
紙とゴムの味しか、しないに決まっている。
つまり、そういった空想世界の連中になるためには、俺の体質から考えて・・・
とりあえず余計な事に気づく前に、科学とトカゲに愛を捧げる医者の頭蓋を苦労して、たたき割った後、機材一式と変換機を自前の地下室に持ち込んだ俺は準備を始め、
ここまできた。
メディア媒体の同人活動では自身のリスペクトした人物や作品などを元に創作する事を「2次創作」と言っていたらしい。なら、俺の行っている事も現代風の2次創作と言えるのかもしれない。
リスペクトした対象の肉片を喰らい、その姿や生き方を新しい自己表現とする。
この発想を試す価値は大いにある。躊躇っている暇は無い。取り付けた変換機と
カテーテルのおかげで、早くも俺の体はエネルギーを早急に欲している。
レールナイフで切り取った魔法少女風の肉片を一口咥えてみる。腐敗臭や、血の匂いは気にはなるが、これが彼女の味“魔法少女の味”なんだと意識する。腕を食べ始めて数分後、体中に著しい変化がみなぎってきた…
やけくそに光線を乱射する昆虫マスクの頭を掴み、もがく顔面に装填し直した散弾銃の散弾を叩き込む。ザクロ状に割れた頭部を掴み、中身をそのまま果物の汁を飲むように
吸い始める。刺激的な興奮が各部位の補強を始める。
俺の行った「2次創作」は、考えていたものと、だいぶ違ったものとなった。トカゲ頭の言う通り、変換機は無事機能し、俺は一瞬にして美少女のような容姿に姿を変えた。
これほど簡単に願望が叶うとは思わなかった喜びから、俺は他の「食材」も全て食してみた。これが間違いの元になった。
いくら、容姿や能力がヒーロー、魔法少女、甲冑騎士とジャンル分けされ、姿が変わっていても、中身は普通の人間だ。死体にしたって、生きているものにしたって、多少の新鮮さが残るだけで味や食感が変わる訳では無い。
欲望を叶える変換機は、本来の肉体の味までを変える事は出来なかった訳だ。
その結果、視覚の認識で違いがあっても、味は全て同じ味という矛盾が、俺の中の変換機を再び狂わせた。
だが、その狂気は俺にとって、ある意味最高の変化だったと言えるのかもしれない。
狂った変換機のおかげで俺の要望は幾度も不気味な変態を繰り返した。
皮膚は崩れ、体の形成事態も危うくなった。だが、その変化も、この食材、変換機によって欲望を現実化した連中を食べ続ける事によって維持する事ができるようになった。
そればかりか、たとえ絶命するに等しいダメージを負ったとしても、一定時間内に“食事”を行えば、すぐに体は再生し、事実状の不死身になる事ができるようにもなった。
俺に弱点があるとすれば、頭の変換機を破壊される事と、食材が尽きなければ死ぬ事はない。
幸い、そういった奴らは世界中にいて、なおかつ「同人イベント」という空間に「参加者」として集まっている。要は上手に変換器を壊さずに(壊せば、人間の姿に戻り、俺の栄養要素としての効能が半減する。)
俺は早速、「変換機を外し、食材にならない者」達と手を組み、
連中を始末する。俺なりの「同人活動」を始めたという訳だ…
血だらけの処刑台に続く階段を上りきる。目の前に立つアフリカンが悲鳴を上げる。
手にしたカラシ二コフ突撃銃を落とし、両手を挙げる。
「降伏だよ。兄弟。殺さないでくれ。」
俺はニヤリと笑う。餌にする前に色々聞く事がある。
「さっきの女・・・あれはどうやって作った?」
俺の質問にアフリカンはポカンとした表情を作り、瞬間的に何かを察したという表情か嫌な笑いを浮かべる。
「ああ、フックガールね。へへっ、あの作り方が知りたいのかよ?いいぜぇ、だから俺の命を」
そこまで言ったアフリカンの表情が驚愕で見開かれる。浅黒い首筋を皺だらけの腕が貫いている。その手には血で濡れた男の変換機が握られていた。
みるみる内に浅黒い肌が肌色に変わり、30代くらいの平凡な顔をした男性の死体が床に転がる。
俺は改めて前方を見据えた。そこには今作戦の目標である老僧と、
首に鎖を巻かれ這いつくばる先程のフックガール、少女の姿があった。
「お前さん、派手にやってくれたの。」
老僧が黄色い歯並びを見せ、しわがれた声を出す。俺は何も答えず。散弾銃を構える。
「先程、作り方を聞いておったアクセサリーの作り方だが・・・」
老僧が低く笑い、手にした鎖を引っ張る。無理矢理顔をあげさせられた少女の頬を掴み、自身の顔元に引き寄せる。彼女が嫌がるのも一向にお構いなしだ。
「死を欲望する参加者達の変換機、あれを擬似肢体に取り付けてみた。そうすると面白い事に、ちゃんと人間の感情を持つようになる。
最も、しっかりとした生身の体では無く、作り物の人形じゃからな。上手く動かせず、
苦しみ悶えるのじゃよ。それが、たまらなく可愛くてなぁ。」
説明の終わりと同時に散弾を老僧に撃ち込む。それだけ聞ければ充分。
思ってた通りの存在だ。見た時から沸くこの感情は食欲じゃない。
この感情は・・・頭を飛ばしたと思った老僧の体が大きく反り返る。そのままの姿勢で驚くべき変態というより、予測できた変身を遂げる。
あの処刑人が爆発や流れ弾ごときで死ぬとは思えない。
目標は最初から広場に姿を現していた。変換機を使わない姿が真の姿で、
欲望を現実化した姿が・・・ふいに感じた風は、そのまま質量を持った一撃として巨大な斧に姿を変え、俺の右手を切断する。
そのまま現れた巨大なエスパンタホに、俺は残った左手で自動拳銃の銃弾を叩き込む。
弾丸は巨体に吸い込まれるように命中する。
だが、怯む様子は一向にない。先程の一撃を万が一にでも、頭に喰らえば、ひとたまりもない。
拳銃の弾は早々と底をつき、弾倉を交換できない俺は、足下に転がるアフリカンの
カラ二コフを(こちらは男の変換器によって、作られたものでなく、本物のようだ。)
手にとり、攻撃を再開する。
だが、怪物は止まらない。ゆっくりと、だが確実に距離を詰めてくる。もう下がる場所も後わずかだ。俺は素早く少女の位置を確認する。
怪物の巨体に隠れて見えないが、恐らく後ろに置き去りにされている。敵の太い指にも
鎖は握られていない。銃を投げ捨て、レールナイフを咥える。銃撃が止み、
突進を始めるエスパンタホの足元に最後の手榴弾を放る。奴を殺傷するほどの威力はないが、体勢を崩すには充分な爆発が起きる。
その隙を見逃す訳にはいかない。奇声を上げながらエスパンタホの背中に飛びつき、
バランスを崩した怪物もろとも、処刑台から数十メートルの地面に落下する。
落ちる空中での数秒間!怪物の背中から首下に回り込み、もがき暴れる手をたくみに
かわして、レールナイフをその頭巾に隠された頭に高々と突き立てた。
腐ったリンゴにフォークを突き立てるが如く、深々と突き刺さったナイフを確認し、
躊躇する事なく、スイッチを押す。電磁波による高速振動を感じつつ、
俺は刃先を奴の頭の奥に、奥にと掘り進む。そして完全なる落下。地面に激突した
ショックが怪物の、目標の変換機を貫く決め手となる。
コイツの巨体もクッションの役割となった。多少の痛みはあるものの、何とか体は無事だ。俺はナイフを抜き去り、目標の死体を確認する。小山のような体はあっという間に縮み、
後には頭を潰された老人の死体だけが残った。その場で座り込み、腕の状態を確認する俺の前に影が差す。見上げれば先程のフックガールが俺の顔を心配そうに覗き込んでいる。
「大丈夫?」
本気で、こちらを心配してくれている感じの言葉に嬉しくなり、頷き返す。
どんなに洗練された美女でも、変換機を使ったその姿は、
俺にとって「食材」にしか映らないこの世界。
変換機を外した連中に女は勿論いるが、「元人間」を食う俺の姿は
恋人の対象になる筈もない。そんな中で唯一俺が心ときめく存在。それは擬似肢体のような人形や端末のような、映像の中で生きる二次媒体のみだ。
皮肉な事に欲望を現実に表現し、楽しむ事ができる、この時代の中で、
俺は以前の同人活動におけるオタク達と同じ非現実要素「二次元萌え」に恋焦がれているという訳だ。
だが、そいつも悪くないのかもしれない。俺は新しく生えた手で彼女の手をとる。
多少は驚いた表情をするものの、すぐに笑顔で俺の手をとる彼女。
次の戦場は恐らく、かつて、同人活動の聖地と言われた国際展示場跡地だ。
そこに集まる食材からもっと彼女を、本物の女性に磨き上げる技術をいただけるかもしれない。
期待に胸を膨らませ、俺達は並んで歩き出す。前方まっすぐ見据え、飛びっきりに澄んだ目の彼女を見て、俺は
「悪くねぇな・・・」
と満足気に呟き、その柔い肩に、ゆっくり手をかけ、そっと引き寄せた・・・(終)
「パンク・オブ・ユーフォリア」 低迷アクション @0516001a
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