魔法少女☆すずりと魔法妖精

狭倉朏

魔法少女☆すずりと魔法妖精

「ときめきミラクルステーショナリー!」

 すずり・・・の詠唱とともに手の平の魔法の硯が発光する。

「悪さをするモンスターはこのすずりが許さない!」

 すずりは魔法の硯を掴んだ手で丹念に下級モンスターの頭を潰していく。

 魔法少女ってこういうものだっけ。彼女の後ろで遮断フィールドを展開しながらぼくはため息をついた。


 ぼくは魔法妖精。名前はまだない。

 魔法界から人間界に逃げ出した人型モンスター討伐の任務を経て、ぼくらは名前をもらえる。

 

 ぼくが魔法界から人間界に来たのは一ヶ月前のことだった。


 朝の通学路はぼくの想像を遙かに超えて混雑していた。

 

 ぼくら魔法妖精はこの世界ではよそ者だ。モンスターを倒すには現地の人間を捕まえて魔法の使用を代行してもらう必要がある。

 通学路を見ていれば協力してくれる少女が見つかるかもしれない。

 そう思ってそこに行ったけれど、忙しく行き交う人々に話しかけるのはためらわれた。

 ぼくがそこでの魔法少女捜しを諦めようと通学路に背を向けたとき、登校中の彼女と目が合った。


 すずりはランドセルと書道鞄を握り締めてぼくの顔をじっと見た。

「……リス?」

「魔法妖精だよ!」

「まほーよーせー」

 すずりは言葉を変換できなかったのか抑揚なくぼくの言葉を繰り返した。

「うん! ぼくが見えるんだね!」

「う、うん……しゃべってる……」

 すずりはとても警戒していたけれど、ぼくは小躍りするほど嬉しかった。

 人間界の少女には稀にぼくらの姿が見える者がいる。

 その子たちは魔法少女の才能に溢れているのだ。

 さっそく大当たりの人材を見つけてしまった。

 ぼくは魔法妖精の天才かもしれない。

 ぼくはすっかり浮かれてしまった。

「君! 魔法少女にならない!?」

「魔法少女……そういうのは小学校低学年で卒業しました」

「えっ……」

 すずりの冷たい反応にぼくは一瞬固まってしまった。

「え、えーっとね。魔法少女は人間界を守るんだよ! 悪いモンスターがぼくらの世界から人間界に来るからそれをええっとね戦って守るんだ。ああ、あの魔法道具ってものがあってね!」

 ぼくはすっかりしどろもどろになりながらもなんとか説明を終えた。

 それは魔法界で思い描いていた立派な魔法妖精の姿にはほど遠かった。

 すずりから返ってきたのはこのリスは何を言っているのだといわんばかりの冷たい視線だった。

「あ、あのね、魔法少女になると魔法道具を選べるんだよ。何か使ってみたいアイテムはないかな?」


「硯」


「えっ?」

「今日書道あるのに干していた硯を忘れちゃったの。硯を出して」

「も、もうちょっとちゃんと考えようよ! ぼくのおすすめは王道を行くステッキとか古典的なホウキとか、あ、最新作のタブレットとかも……!」

「硯! このままじゃすずりが硯を忘れたとかはやし立てられちゃうの! 最悪! 学校生活の危機! モンスターから人間界を守る前にあたしを守ってよ! このままじゃ遅刻しちゃうし! 出してくれないなら魔法少女なんてならない!」

「わ、分かったよ……」

 ぼくはすずりの剣幕に押しきられてしまった。

 

 魔法の硯って何が出来るのだろう。そう迷いながら出したのがいけなかったのだと思う。

 すずりの手に渡った魔法の硯は魔法道具らしい機能が見つからなかった。

 墨が無限に出るわけでもない。本当にただの硯としか思えない。

 すずりはそれで書道の時間を乗り切った。

 とうてい魔法の道具とは思えない魔法の硯を使ってすずりは立派に魔法少女をやっている。魔法の硯を鈍器にモンスターの頭を潰して戦ってくれている。


 すずりの腰くらいの背丈の前屈ぎみの下級モンスターが今日は10匹ほど居た。彼らの頭をすべて潰し終えてすずりが額の汗を拭く。

「ふう。今日もいい汗かいたなあ」

「……お疲れ、すずり」

「お疲れ、変身解除!」

 すずりは魔法少女のコスチュームを解除しいつものランドセル姿に戻った。

「遮断フィールド解いて良いよ」

「うん」

 遮断フィールドを解除すると何の変哲もない通学路が現れる。

 この遮断フィールドは一般人が魔法少女の変身や戦闘を目撃したり巻き込まれたりしないために展開する。


 この遮断フィールド展開と魔法少女の任命に魔法道具の抽出、そしてテレパシー。それが魔法妖精に人間界で与えられた能力だ。


 魔法少女のコスチュームには耐久性があるけれど、やはり肝は魔法道具の能力だ。

 魔法の硯は魔法道具であるおかげかモンスターを殴って消し去る能力はある。しかし、ぼくは他に何の変哲もないこの硯でどこまで戦えるのかいつも不安に思っている。

「まあ、今のところモンスターは倒せてるんだから良いじゃない」

 すずりはぼくを肩に載せて尻尾を撫でながら暢気にそう言った。

「えへへ。あたしリスを飼うのが夢だったんだー。昔ね、野生のリスを撫でようとしたらママに病気がうつるでしょ! って怒られちゃった」

「ぼくは魔法妖精であってリスじゃないんだって……」

「まほーよーせー」

「魔法妖精!」


 本当のことを言えばぼくも先輩たちのようになりたかった。ステッキやコンパクトで戦う正統派魔法少女の魔法妖精になるのが夢だった。今でもその憧れはある。

 けれども頑張るすずりを見ていたらそんなことは口に出来ない。

 ゴキブリだって素手で殺せるすずりなら、どんなモンスターも倒せるかもしれない。

 ぼくは今ではそう思っている。

 

 そんなある日、事件は起こった。

「すずり! 大変だ! 中級モンスターの気配だ!」

「中級……!」

 今まですずりが倒してきたのは下級モンスターばかりだった。

 さすがのすずりにも緊張が走る。

「急ごう!」


 中級モンスターは大人の人間くらいの背丈をしていた。

 下級モンスターよりも大きい。

 しかしすずりは怯まなかった。

「ときめきミラクルステーショナリー!」

 すずりの詠唱とともに手の平の魔法の硯が発光する。

「悪さをするモンスターはこのすずりが許さない!」

 いつものようにすずりはモンスターに飛びかかる。

 低級モンスターが中級モンスターを守るように取り囲んでいる。

 すずりは低級モンスターを手早く殴り倒しながら中級モンスターめがけて突っ走る。


 中級モンスターがすずりに向かって腕を振った。

「きゃあっ!」

 すずりは魔法の硯でガードしようとする。しかし間に合わない。

 中級モンスターの腕はすずりの腹を的確に捉えた。

「くっ!」

 すずりは体をくの字に折り曲げながら魔法の硯を振りかぶる。しかしリーチが足りない。

 大人くらいの中級モンスターの頭に、小学4年生のすずりは魔法の硯をぶつけることができない。

 すずりが振り回す魔法の硯はせいぜい中級モンスターの腕に小さな傷をつける程度だ。

 

 そして中級モンスターの振り回す腕がすずりの顔に直撃した。

 顔から吹き飛ばされたすずりの鼻からは血がしたたり落ちた。

「すずり!」

「動いちゃ駄目だよ! 遮断フィールドを維持して!」

「でも!」

 ぼくに今ある能力は遮断フィールドの展開とテレパシーだ。

 魔法少女の任命と魔法道具の抽出はもう使い終わってしまった。

 出来ることなんて限られている。

 このまま殴られるすずりを見ていることしか出来ない。


 とうとう中級モンスターの腕がすずりに強く当たった。

 すずりの体は宙を舞う。

「うう……」

 ぼくのそばまで飛ばされたすずりがぼくに向かって右手を伸ばす。

「すずり……」

 ぼくもすずりに手を伸ばす。

 ぼくらの手は触れあうことなく、すずりはぼくの胴体を掴んだ。

「えっ?」

 すずりはそのままぼくの体のお尻の方を左手に持っていた魔法の硯に押しつけた。

「く、くすぐったい!」

 身をよじるぼくは硯に何か液体が入っていることに気付いた。

 粘度の高い、鉄の匂いがする、赤いそれはすずりの鼻血だった。

「ときめき……ミラクル……カリグラフィー!」

 ぼくの尻尾に鼻血をたっぷりつけたすずりは詠唱とともに空中に文字を書く。

『打』という漢字が空中で形を持つ。

 その漢字はそのまま空中を滑り、中級モンスターに激突した。

 爆発音とともに中級モンスターは消え去った。


「なるほど、魔法の硯で魔法を使うには墨汁と筆が必要だったんだね!」

 ティッシュを鼻に詰めた不格好な笑顔ですずりが笑った。

「墨汁が鼻血で……筆がぼくの尻尾……そんな魔法少女あり……? うう……血が落ちないよ……」

 ぼくは必死で前足で尻尾をこする。

 すずりの鼻血はすっかり尻尾にこびりついて落ちる気配がない。

「お家に帰ったらお風呂で洗ってあげるから元気出して!」

「うん……」

 ボロボロになりながらぼくらは家路についた。


「よし! 良いこと思いついた! 今日からリスの名前はフデね!」

「魔法妖精だってば!」


 ぼくは魔法妖精。名前はまだない。でも最近、相棒の魔法少女からはフデと呼ばれている。

 ぼくはそれを気に入っている。

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魔法少女☆すずりと魔法妖精 狭倉朏 @Hazakura_Mikaduki

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